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外村繁
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번역 Pagera AI
원문 Public Domain
Chapter 10 of 16

10

ある夜、遅く帰って来たとく子が、部屋へ入るなり言った。

「今日はひどい目に会いましたわ」

同僚の財布が無くなり、警察署に連行され、取調を受けたという。

「休も調べられたの」

「ううん、帯を取っただけ」

しかしとく子の様子は少し普通でない。とく子は帯を解くと、いつになく荒荒しく押入の襖を開き、蒲団を敷き始める。私はそんなとく子を見上げて言う。

「どうしたんだ」

「寒いわ。寝ましょうよ」

いきなりとく子が電灯を消した。

床に入ると、とく子は体を私にすりよせて来る。

「どうしたんだい。裸にでもされたんじゃないの」

「そんなこと、どうでもよい。早う」

とく子は自分から腹帯を取り、ひどく昂奮している。こんなことは初めての経験である。とく子はしどろもどろに乱れながら自分から言い出した。

「腹帯がいけなかったの」

とく子は腹部の脹らみを怪しまれ、別室に連れて行かれて、腹帯を解かされ、更に匍匐して調べられたという。そうしてこの自虐的な告白が、更にとく子の性欲を刺戟したらしい。とく子は明らかに再三、オルガスムに達した。

しかし昂奮が鎮まると、私は急に腹が立って来た。そうして惨酷な感情が湧いた。私は電灯を点じ、とく子に同じ姿勢を取ることを強いる。とく子は肯じない。しかし私は承知しない。仕方なく、とく子は四つ這いになる。徴兵検査の時の屈辱感を思い出すまでもなく、再び私の性欲は猛烈に昂進する。私はとく子の着物を剥ぎ取り、仰向けにして、その体にしがみつき、自分の着物も捨てた。一瞬不思議なことに、ひどく神妙な気持が起った。静かな喜びを伴った幸福感とさえ言えなくもない。が、次ぎの瞬間、私は完全に自分を失ってしまう。従って、二人がどんな狂態を演じたか、私にはそれを省る余裕は全くない。

私はとく子を愛しただけである。それ以外には何の覚えもない。とく子も私の愛を許し、私を愛した以外には何の覚えもなかろう。しかし私達の結婚は許されない。私達は情夫であり、情婦であるより他はない。私は女給を情婦にしている学生である。とく子は学生を情夫に持っている女給である。その上、とく子は私生児を孕んでいる。全く条件は揃っている。警官から疑いを受けるのも当然のことかも知れない。

警官はとく子の腹部をさして言ったという。

「変なことをしてみろ。承知しないから」

情夫、情婦、私生児、窃盗嫌疑、堕胎疑懼等、凡そ善良な人間に関係のある言葉ではない。私がとく子を愛したばかりに、このように彼女を傷つけたことになる。とく子が私を愛したばかりに、このように彼女を辱めたことになる。しかも性懲りもなく、痴態の限りをつくしている。人間の愛とは、所詮、こんなものか。人に嘲られ、人に罵られるのも当然である。人が人を愛するということは、少くとも「出家とその弟子」のような甘美な世界のことではないことを知った。

後日、私は「歎異鈔」を再読した。が、最早、最初の時のような抵抗を感じない。むしろしみじみとした感情が湧いた。現実を直視する、厳しい言葉の背後に、例えば慈悲光とでもいったものが満ち溢れているのを感じた。そうして私はあの夜の、あの一瞬の不思議な感情を思い出した。

あの時、私は自分の醜行に呆れはてた。私はそんな自分の正体を自分の手であばこうと、自分の着物を脱ぎ捨てたのではないか。そうして人間の愛の愚かさを直視し、更にそれに徹することによって、あの不思議な幸福感が湧いたのではなかったか。勿論、あの時、そんなことを意識したわけではない。

「歎異鈔」を読み返して、初めてこんな風に解釈できなくもないかと思ったまでである。逆にいえば、自分の愚かさを思い知ったことによって、今まで「歎異鈔」に抵抗を感じさせていたものが、無力化したことは確かである。

五月、とく子の腹部は着物の上からも既にそれと判る。これ以上、カッフエに勤めさせておくわけには行かない。と言って、そんな腹をして、とく子の郷里へ帰せる義理のものではない。とく子は養女である。が、とく子は養家を嫌い、家出同様にして、東京へ出て来たのであるからである。

しかしとく子は郷里へ帰るという。それより他に方法がないからである。私は自分をいかにも卑怯だと思う。しかしやはり同意するより他はなかった。

五月の、風の強い日、とく子は帰郷することになった。私は途中まで送って行く。遠足に行く小学生のように、かなり愉しい。全くよい気なものである。

二子玉川で電車を降り、多摩川の長いコンクリートの橋を渡る。数年前までは舟で渡った、ととく子がいう。風が強いので、とく子は度度背を向けて、着物の乱れを直さねばならない。その度に、私の好色的な視線は、そんなとく子の姿を捉えることを忘れない。

多摩川の橋を渡ると、神奈川県の溝ノ口である。急に鄙びた風景が展けている。堤を下りると、一軒の茶店があり、その前の桑畑の横に、一台の馬車が轅を下して置いてある。とく子は一人で茶店の中へ入って行く。

「馬車は何時に出るの」

帰って来たとく子に、そう言った。とく子は微笑を浮かべて言う。

「それが、時間表もありませんのよ。田舎の人って暢気ですから、そんなもの、要らないのかも知れませんわ」

「すると、馬車はいつ出るか判らないんだね。呆れたね」

「まあ、そういうことになりますが、あそこで待っている人も、『そのうちに出るべ』って、平気なものですわ」

そう言えば、とく子も何を急ぐ身でもない。私はいかにも穏かな人の心に接したようで、私の心も自ら安らいで行く。が、とく子の故郷に近く、頻りに感慨の動くのを覚えた。

風を避け、堤下の草叢に足を投げ出していた私の耳に、ラッパの音が聞えて来たのは、それほど長い時間は経たなかったようである。

「あら、馬車のラッパですわ」

とく子はそう言って、立ち上った。私もその後に従った。既に馬車の轅には馬が入り、数人の乗客がそれぞれの荷物を提げて、立ち並んでいる。しかしその中には、とく子の顔見知りの人もいるかも知れない。私は足を停めて言った。

「それじゃ、体に気をつけて」

「あなたこそ、お大事にね」

とく子は一人で歩いて行き、乗客達の後に列んだ。やがて乗客達は順順に馬車に乗る。馬車の中は薄暗く、人の顔はよく見えない。最後に、とく子は私の方へ顔を向け、一揖してから馬車の中に消えた。

馭者が高くラッパを鳴らし、馬の背に一鞭当てた。馬車は極めて緩い速度で走り出した。一条の街道が通っている視野の中で、馬車が次第に小さくなって行くのを、私はぼんやりと見ていた。

七月末、男子出生の通知を受ける。それでもまだ父となった実感は湧かない。

八月、葉山海岸に叔母を訪ね、叔父が美貌の女中、八重と不義を犯したことを知らされる。全く意外に思う。八重の気持を解することができない。私は女というものの不思議さについて考える。

九月、とく子の郷里へ、とく子と嬰児を迎えに行った。とく子の腕に抱かれていた、色の白い赤ん坊を私の手に渡された瞬間、私は全身が真赤になるほどの羞恥を覚えた。赤ん坊の柔かい肉の感触が、夫と妻との、親と子との、肉と肉との繋りを実感させたからかも知れない。

しかし不思議である。こんなものがどうして生れて来たか。勿論、私達の性の行為の結果であることは知っている。しかし一回に射精する精子の数は約三億に達するという。その中の一つの私の精子が子宮に入り、一方卵巣より出て来たとく子の卵子と、卵巣膨大部で結合したのである。しかしそんなことを私もとく子もどうして知り得よう。私達はただ性の快楽に酔い痴れていただけである。実に無責任極まる話である。幸にも赤ん坊は不具者ではなかった。が、その将来にどんな運命が待っているか。

翌日、とく子はわが子を負い、私は襁褓の入った風呂敷包を提げ、とく子の郷里を去った。中谷孝雄のいる府下長崎に一戸を借り、私は妻と子を匿った。家賃は十二円五十銭である。出発の時、とく子の母がそっと私の手に握らせた封物の中の金で、私はそれを支払った。

十月、美保子が、あまり評判のよくない青年と、家出した報を受ける。母が名古屋の姉の許へ行っていた、留守中の出来事であったという。

八重に対しても、美保子に対しても、私は倫理的には少しも疚しさを感じない。私はいつも清潔な態度を持していたつもりである。しかし仏とか、神とかいう絶対者の前に立っても、果して同じことが言い切れるか。私は彼女等に好意を持っていたばかりではない。私は色情を懐かないで彼女等を見ることはできなかったのである。

しかし八重や、美保子に自暴的とも思われる行動を取らせたのは、必ずしも私の故だとは思っていない。とく子との経験からも察しられるように、女性の性欲は多くは受動的である。その代りというより、当然の結果として、男性に能動的に働きかけられた場合、その意志には関係なく、女性の性欲は受動的に昂進するのではないか。更に女性は屈辱的な立場におかれてさえ、却ってマゾヒズム的な快感に陥るもののようである。従って、女性の性欲には多少とも自暴的な要素を伴わないわけにはいかないのではないか。

男性の性欲は多くは能動的である。いかにも積極で、荒荒しいが、等しく自分の意志で左右できるものではない。つまり男にとっても、女にとっても、性欲は人倫の世界を超越して存在する。人間の分別の及ぶところではない。

ここまで考えて来ると、先に八重の気持が解せない、と私は思ったが、誰も判るものでないことが、やっと判った。勿論、八重や、美保子を責め得る者は一人もいない。無分別といえば、とく子もその例外とは言い得ない。私ととく子とは今も内縁関係を続けているのだから。

翌年、三月、私は卒業した。が、生活できる当は全くない。家業に従う決心をする。しかし私に文学を断念させた直接の原因は他にある。その頃はプロレタリヤ文学が漸く盛んになり、左傾する友人も少くなかった。その一月、「不同調」という雑誌に私は作品を発表したが、その流行に阿るような作品で、醜を曝したからである。

父の手前、私は店員達の寄宿舎の二階に起居していた。そうして時時、とく子の許へ帰った。従って、とく子に対しても、とく子の体に対しても、常に新鮮な感情と、感覚とを持ち続けることができた。

十一月、父が郷里の家で死去した。腎臓結石である。享年、数え年六十であった。私の二十六の時のことである。

翌年、一月、私は上京して、父業を継ぐ。日本橋の店の父の部屋に起居する。十月、二男が生れる。十二月、大川端に寓居を移し、初めて妻子と生活を共にする。平安な日日が続いた。

得意先が代理店をしている生命保険にとく子を入れることになり、医者と勧誘員を伴って、寓居へ帰った。とく子にその旨を告げると、一寸困った表情を浮かべたが、仕方なく医者の前に坐る。問診を終り、とく子は帯を解く。医者がその胸を開き、聴診器を当てる。とく子は背が低く、小柄であるが、その乳房は白く、豊かである。しかし既に二児を哺育した乳嘴は黒い。

とく子は着物を合わせ、医者の方に背を向ける。医者がその背中を裸にする。とく子は胸を着物で押え、目を伏せた。とく子はさして羞恥の表情を浮かべていない。むしろそんな表情を浮かべまいと、強いて堪えている感じである。私は却ってかなり好色的な興味を覚える。しかし私はとく子の肌を男達の視線に曝さして、嗜虐的な快感を感じたのではない。とく子のそんな姿に私自身が強い羞恥を覚えたのである。そうして私の性欲が女性的であることを、その時はっきり意識した。つまり私自身を女性の位置に転置することによって、私の性欲はより強い刺戟を受けるようである。

「はい、こちらをお向きになって」

とく子は着物を直し、医者の方を向く。医者は巻尺を持った手をとく子の背中に廻して、胸囲を計る。

「こう、踵を立てて下さい」

医者はそのとく子の腹部を開き、巻尺を当てた。更にとく子を仰臥させ、医者はその胸部を繰り返し打診した。

しかしこの診察の結果、とく子は心臓弁膜症であることが判り、保険に加入することはできなかった。

Chapter 10 of 16
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