Chapter 1 of 7

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三人の相馬大作

直木三十五

「何うも早や――いや早や、さて早や、おさて早や、早野勘平、早駕で、早や差しかかる御城口――」

お終いの方は、義太夫節の口調になって、首を振りながら

「何うも、早や、奥州の食物の拙いのには参るて」

赤湯へ入ろうとする街道筋であったが、人通りが少かった。侍は、こう独り言をいいながら

「早や、暮れかかる入相の」

と、口吟んで、もう一度、首を振ってみたが、村の入口に、人々の――旅の、客引女らしいのが立っているのを見ると、侍らしくなって歩き出した。

少し、襟垢がついていて、旅疲れを思わせる着物であるが、平島羽二重の濃紫紺、黒縮緬の羽織に、絹の脚絆をつけていた。

「お泊りなら、すずかなお離れが、空いてるよう」

「お武家衆様、泊るなら、こっちへ」

女が口々に呼びながら、小走りに、近づいたが、さすがに、商人にするように、袖を掴まなかった。

「ええ、お娘子を取りもつで。江戸のお武家衆や」

侍は笑って

「江戸と、何うして、判るか」

「ええ、身なりがに――さ、寄って、泊って行かっせ」

勇敢な一人が、羽織をつかんだ。

「お湯も、けれえだから」

「よし、泊ってつかわそう」

「そりゃまあ」

女は、先に立って

「泊りだよう」

と、叫んだ。番頭が上り口へ手を突いて、お叩頭をした。

「厄介になるぞ、何程かの」

「へい、二十五文が、定ぎめで御座ります」

「よかろう」

「手前は、浪花講で御座ります、へい、おすすぎーッ」

「ひゃあーッ」

浪宿の慣らわしとして、三人の相客があった。侍は、床の間を背にして、固い褞衣の中から、白い手を出して、煙草を喫いつつ

「南町奉行附、直参、じゃが、ちと、望みがあっての」

「南町奉行附と申しますと――え、何かお召捕用で?」

「ま、そんなところだの」

廊下に、足音が聞えると、障子が、開いて十二、三の女の子が、三人

おばあ子、来るかやあと

鎮守の外んずれまで

出てみたば

と、叫んで、踊りながら、入ってきた。

「うるさい。もうええ」

客の一人が手を振った。

おばこ来もせで相馬の大作なんぞいかめ面。

「出てくれ」

と、一人が、一文銭を、抛出した。女の子は、次の部屋へ唄って行った。

「ほほう、相馬大作なんぞ、この辺で、唄になっているのかのう」

「ええ、えらい人気で、御座りましてな」

「何時時分に、何の辺に、おろうな、聞かんかの」

「一向に」

「わしは、その大作を追うているが――」

「貴下様が――へえ、そいつは、うっかり、踏込めませんぜ。宿で、泊めないなんてことが御座いますからの」

「何故」

「いえ、大作様を、生神様のように思っている奴がおりましてな」

「なるほど」

「それで、あんな唄まで、出来ましたが、旦那様、うっかりなさらんように――」

「忝ない」

侍は、腕組をした。

「何れ、もう、一風呂浴びてきて、寝ましょうかの」

一人が立上った。侍は、頷いただけであった。

「遅う御座いますな」

「遅い」

二人の潜んでいる草叢の草は、二人の頭を隠すくらいに茂っていた。そして、その上には陽の光さえ、洩らさないような梢と、葉とが、おおいかぶさっていたし、二人の周囲には、そうした大木が、一杯に並んでいた。

二人の横には、木の株を枕にして、大砲が置かれていた。筒口は、下を向いていて、その筒口の見当には、街道が、白く走っていた。

(この一発が、天下の眠りを醒ますのだ。ただ、南部の為に、津軽を討つというのではない。一つは、その為だが、二つには、領民のために、三つには、武士道のために――奢っている天下の人心を醒まして、ここに、真個の武士あることを知らせるのだ)

関良輔は、そう考えて

「吃驚しましょうな」

「ふむ」

と、大作は、答えて、火薬の油紙包を、掌の上で、いじっていた。

「供侍のみでなく、天下が――」

「さあ――」

「先生も、お喜びなされましょう」

大作は、答えなかった。良輔も、黙ってしまった。

街道には、時々、人が通った。葉の間、枝の間から、ちらちらと、見えていた。

「先触れも、通りませんな」

「少々、遅いが――」

人の影が見えると、二人は、津軽の行列の中の一人では無いかと、じっと、すかして眺めていた。

「外の道を、もしかしたなら――」

「そんなことは出来ん。無届で、参覲交代の道を変えることは、重い咎めになる」

「え、――降りて、見て参りましょうか」

「明日にでも、延びたか――」

「そんなことも――」

大作は、大砲へ頬を当てて、もう一度、照準をきめてみた。半ヶ月前、半沢山から青面金剛堂を、打破ったので、大砲の偉力は十分に信じることができたし、自分の火術にも、十分以上の自信がもてる。

大砲は、紙製であったが、良質の紙を重ね合せた固さは、鉄と同じくらいの固さをもっていた。大作は静かに、大砲の肌を撫でながら

「陽が、傾きかけたのう」

と呟いた。

「その辺まで出て、様子を、見てまいりましょう。このまま――」

「よし、大急ぎで」

良輔が、立上って、草の深い中を、手で分けつつ、走り出した。

「気をつけよ」

良輔は、頷いたまま、すぐ木の中へ、草の中へ、見えなくなってしまった。

「先生っ、言語道断」

良輔が、叫んだ。

「何んとした?」

「道を変えて、逃げ走りました」

大作は、草の中へ、立上った。

「道を変えたか」

「裏道へ」

「裏へ」

「何んとも申しようの無い卑怯者。何うして、これが洩れましたか、それにしても侍共が、まだここへまいらんのは、幸で御座りますが、早く立退きませんと、いつ、何時まいるかと――」

「そうか」

大作は、火薬の包を、大砲へ、抛出すように置いて

「矢張り、裏切者がいたか?」

「百姓らで、御座りましょう」

「それは判らんが――」

「先生、もし、役人が、来ましては」

「もう、追っつけ暮れるであろう。周章てることは無い」

「折角の大砲が――」

「大砲は、また造れる。当節は、いろいろと苦心して造っても、学んでも、役に立たんことが多い。学んで、役に立つのは、流行唄ぐらいのものだ。是非も無い」

「大砲は?――このままで――」

「真逆、背負って歩く訳にも行かぬ、又、誰か、心ある者でも、発見したなら、工夫の役に立つこともあろう」

「よく出来ましたに、惜しゅう御座いますな」

「惜しゅうて、役に立たんのが、ずい分いる。平山先生の如き――」

「全く」

と良輔が頷いた。

「参ろう」

大作は、残した物の無いのを確めてから、草の中を、静かに歩き出した。

「残念だ。津軽め、命冥加な」

良輔が呟きつつ、ついて行った。

「併し、わしも、命冥加だぞ」

大作が、振向いて、笑った。

「一足ちがいだった。残念な」

女狩右源太は、大声で、叫んだ。人々が、振向いた。

「警固、御苦労に存じます」

右源太は、役人に挨拶した。

「いや」

役人も、軽く頭を下げた。

「江戸から、大作を追うておりまして、ようよう手蔓を握ったかとおもうと、取逃しまして――」

「ほほう、江戸から――」

役人と、役人の周囲にいる木樵、百姓が、一時に、女狩の顔をみた。

「拙者は、南町奉行附同心、女狩右源太と申します。役目によって大作の手に倒れました兄の仇討なり、又二つには、役の表によって――」

右源太が、話している内に、役人も、あたりの人も、幾度も頷いた。

「大作を、召捕ろうと――それが、半日ちがいで、取逃すとは――」

「御尤も――」

右源太は、役人の脚元を覗いて

「それが、大砲で御座りますか」

「いかにも――」

右源太は、脚下へ、しゃがんで、大砲を叩いてみて

「紙?」

と、見上げた。

「紙らしく見受けますな」

「はははは、手遊びの――これは、嚇かしで、昔の楠公の――」

「めっそうな、お武家様。あんた、これで、この先一里余りの所にある御堂をめちゃめちゃに打ちこわしましてな」

「馬鹿らしい。それは、買冠りじゃ。余り、大作を恐れすぎている」

「いいえ、本当に――」

「その時は、青銅製で、嚇かしておいて、これで又、嚇かそうと、――元来、彼、相馬大作の先生、平山行蔵なる代物が、いかさま学者で、奇を売物にしているのだからのう」

と、いった時

「退け退け」

と、いう声がして、供を先に、後に、裏金陣笠の侍が、草の中から胸を出して、近づいてきた。

(埓も無い)

と、右源太は、山を降りながら、思った。

(相馬大作、相馬大作と、豪傑のように――来てみれば、左程でも無し、富士の山だ。紙の大筒など、子供欺しをしおって――万事、平山のやり方は、山師だ。玄関先に、堂々と、いかなる身分の者、いかなる用件といえども、紹介する者無しには、面謁せぬと。頼山陽先生さえ、断ったというが――たわけた沙汰だ。大作も、その弟子だから、見えすいた術策を弄して――紙の大筒――よし、今日まで、世間の噂、びくびくしていたが、正面からの太刀打は――まず、出来んとしても、欺し討ちなら、大丈夫だ。天下のお尋ね者を討取り、重ねて兄の仇を討ったと――まず、安うて二百石。二百石になると、新吉原へ行っても太夫所が買える。芸者なら、櫓下――)

右源太は、にやにや笑いながら、曲り、折れる急坂を、とことこ小走りに、降りて行った。

(早く、討取って、早く戻って――何んしろ、食物の拙いのには、恐入る。食物は、江戸に限るて――)

右源太は、江戸のことを思いながら、足は、大作の去ったと思う、津軽領の方へ、急いでいる。

「米沢街道に、白菊植えて

何さ、聞く聞く

便りきく

米沢街道に、松の木植えて

何を、まつまつ

主を待つ

とこ、すっとこ、ぴいとことん、か」

右源太は、唄いながら

「おっとっと」

と、独言をいって、細い、急な坂道を、どんどん降りて行った。行手に、道が白く延びていて、田畑か、川が、家の屋根が、見えていた。

二人の侍が、ずかずかと、茶店の中へ入ってきて

「只今、津軽越中守様が、御通行に相成る。許しのあるまで、ここから出んよう」

茶店の亭主が、膝まで手をおろして

「はいはい」

と、つづけさまに、お叩頭をした。役人は去ってしまった。

「厳しいのう」

一人が、隣りの男へ、小声でいった。

「大砲以来、とても、とても――へっ、昼寝でもしてこまそか」

「然し、相馬大作って、人は、大きい声でいえねえが、えらい人だの。一人で、南部を背負って立って、津軽の睾丸を、縮み上らせているのだから――」

「越中さんも、ここまでくりゃ、然し、一安心だ。川を越えりゃ、自領だからのう」

「へい、へい」

表で、忙がしい返事がして、一人の旅商人が、一人の役人に襟首をつかまれながら、小走りに、押されて茶屋の中へ入ってきた。

「うろうろするな、野良犬めっ」

役人は、商人を突放しておいて、去ってしまった。

「何うもはや――」

商人は、襟を直し、髪を撫でて

「御免なされて、どうも、うかうか歩きもできん」

「何うしましたえ」

「何にね、その村から、近道しようと、畦を出てきたら、こらっと、やられて、猫の子みたいに、首筋を掴まれて――何うも、相馬大作も、いろいろたたりをしますわい。しかし、川筋の取締りが、大変で御座りますよ。津軽領には、二百人から出張ってで御座りますな。ずらっと、堤の上に――」

女狩右源太は、人々の話を聞いていたが

「そうも、恐ろしいかのう」

と、呟いた。人々は、一斉に、右源太を見て

「ええ、檜山領の百姓には、生神様のように思われて――」

「大砲を何しろ作って」

「見たか、その大砲を」

「いいえ」

「わしは見た。紙じゃ」

「紙? 張りこの?」

「そうじゃ。余り、びくびくすると、張りこが、鉄に見える。世間が泰平じゃと、話が、面白可笑しく尾に鰭をつけていかん。大作など、人気とりの山師にすぎん」

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