Chapter 1 of 11

わたくしは殆ど活動写真を見に行ったことがない。

おぼろ気な記憶をたどれば、明治三十年頃でもあろう。神田錦町に在った貸席錦輝館で、サンフランシスコ市街の光景を写したものを見たことがあった。活動写真という言葉のできたのも恐らくはその時分からであろう。それから四十余年を過ぎた今日では、活動という語は既にすたれて他のものに代られているらしいが、初めて耳にしたものの方が口馴れて言いやすいから、わたくしは依然としてむかしの廃語をここに用いる。

震災の後、わたくしの家に遊びに来た青年作家の一人が、時勢におくれるからと言って、無理やりにわたくしを赤坂溜池の活動小屋に連れて行ったことがある。何でも其頃非常に評判の好いものであったというが、見ればモオパッサンの短篇小説を脚色したものであったので、わたくしはあれなら写真を看るにも及ばない。原作をよめばいい。その方がもっと面白いと言ったことがあった。

然し活動写真は老弱の別なく、今の人の喜んでこれを見て、日常の話柄にしているものであるから、せめてわたくしも、人が何の話をしているのかと云うくらいの事は分るようにして置きたいと思って、活動小屋の前を通りかかる時には看板の画と名題とには勉めて目を向けるように心がけている。看板を一瞥すれば写真を見ずとも脚色の梗概も想像がつくし、どういう場面が喜ばれているかと云う事も会得せられる。

活動写真の看板を一度に最多く一瞥する事のできるのは浅草公園である。ここへ来ればあらゆる種類のものを一ト目に眺めて、おのずから其巧拙をも比較することができる。わたくしは下谷浅草の方面へ出掛ける時には必ず思出して公園に入り杖を池の縁に曳く。

夕風も追々寒くなくなって来た或日のことである。一軒々々入口の看板を見尽して公園のはずれから千束町へ出たので。右の方は言問橋左の方は入谷町、いずれの方へ行こうかと思案しながら歩いて行くと、四十前後の古洋服を着た男がいきなり横合から現れ出て、

「檀那、御紹介しましょう。いかがです。」と言う。

「イヤありがとう。」と云って、わたくしは少し歩調を早めると、

「絶好のチャンスですぜ。猟奇的ですぜ。檀那。」と云って尾いて来る。

「いらない。吉原へ行くんだ。」

ぽん引と云うのか、源氏というのかよく知らぬが、とにかく怪し気な勧誘者を追払うために、わたくしは口から出まかせに吉原へ行くと言ったのであるが、行先の定らない散歩の方向は、却てこれがために決定せられた。歩いて行く中わたくしは土手下の裏町に古本屋を一軒知っていることを思出した。

古本屋の店は、山谷堀の流が地下の暗渠に接続するあたりから、大門前日本堤橋のたもとへ出ようとする薄暗い裏通に在る。裏通は山谷堀の水に沿うた片側町で、対岸は石垣の上に立続く人家の背面に限られ、此方は土管、地瓦、川土、材木などの問屋が人家の間に稍広い店口を示しているが、堀の幅の狭くなるにつれて次第に貧気な小家がちになって、夜は堀にかけられた正法寺橋、山谷橋、地方橋、髪洗橋などいう橋の灯がわずかに道を照すばかり。堀もつき橋もなくなると、人通りも共に途絶えてしまう。この辺で夜も割合におそくまで灯をつけている家は、かの古本屋と煙草を売る荒物屋ぐらいのものであろう。

わたくしは古本屋の名は知らないが、店に積んである品物は大抵知っている。創刊当時の文芸倶楽部か古いやまと新聞の講談附録でもあれば、意外の掘出物だと思わなければならない。然しわたくしがわざわざ廻り道までして、この店をたずねるのは古本の為ではなく、古本を鬻ぐ亭主の人柄と、廓外の裏町という情味との為である。

主人は頭を綺麗に剃った小柄の老人。年は無論六十を越している。その顔立、物腰、言葉使から着物の着様に至るまで、東京の下町生粋の風俗を、そのまま崩さずに残しているのが、わたくしの眼には稀覯の古書よりも寧ろ尊くまた懐しく見える。震災のころまでは芝居や寄席の楽屋に行くと一人や二人、こういう江戸下町の年寄に逢うことができた――たとえば音羽屋の男衆の留爺やだの、高嶋屋の使っていた市蔵などいう年寄達であるが、今はいずれもあの世へ行ってしまった。

古本屋の亭主は、わたくしが店先の硝子戸をあける時には、いつでもきまって、中仕切の障子際にきちんと坐り、円い背を少し斜に外の方へ向け、鼻の先へ落ちかかる眼鏡をたよりに、何か読んでいる。わたくしの来る時間も大抵夜の七八時ときまっているが、その度毎に見る老人の坐り場所も其の形も殆どきまっている。戸の明く音に、折かがんだまま、首だけひょいと此方へ向け、「おや、入らっしゃいまし。」と眼鏡をはずし、中腰になって坐布団の塵をぽんと叩き、匐うような腰付で、それを敷きのべながら、さて丁寧に挨拶をする。其言葉も様子もまた型通りに変りがない。

「相変らず何も御在ません。お目にかけるようなものは。そうそうたしか芳譚雑誌がありました。揃っちゃ居りませんが。」

「為永春江の雑誌だろう。」

「へえ。初号がついて居りますから、まアお目にかけられます。おや、どこへ置いたかな。」と壁際に積重ねた古本の間から合本五六冊を取出し、両手でぱたぱた塵をはたいて差出すのを、わたくしは受取って、

「明治十二年御届としてあるね。この時分の雑誌をよむと、生命が延るような気がするね。魯文珍報も全部揃ったのがあったら欲しいと思っているんだが。」

「時々出るにゃ出ますが、大抵ばらばらで御在ましてな。檀那、花月新誌はお持合せでいらっしゃいますか。」

「持っています。」

硝子戸の明く音がしたので、わたくしは亭主と共に見返ると、これも六十あまり。頬のこけた禿頭の貧相な男が汚れた縞の風呂敷包を店先に並べた古本の上へ卸しながら、

「つくづく自動車はいやだ。今日はすんでの事に殺されるところさ。」

「便利で安くってそれで間違いがないなんて、そんなものは滅多にないよ。それでも、お前さん。怪我アしなさらなかったか。」

「お守が割れたおかげで無事だった。衝突したなア先へ行くバスと円タクだが、思出してもぞっとするね。実は今日鳩ヶ谷の市へ行ったんだがね、妙な物を買った。昔の物はいいね。さし当り捌口はないんだが見るとつい道楽がしたくなる奴さ。」

禿頭は風呂敷包を解き、女物らしい小紋の単衣と胴抜の長襦袢を出して見せた。小紋は鼠地の小浜ちりめん、胴抜の袖にした友禅染も一寸変ったものではあるが、いずれも維新前後のものらしく特に古代という程の品ではない。

然し浮世絵肉筆物の表装とか、近頃はやる手文庫の中張りとか、又草双紙の帙などに用いたら案外いいかも知れないと思ったので、其場の出来心からわたくしは古雑誌の勘定をするついでに胴抜の長襦袢一枚を買取り、坊主頭の亭主が芳譚雑誌の合本と共に紙包にしてくれるのを抱えて外へ出た。

日本堤を往復する乗合自動車に乗るつもりで、わたくしは暫く大門前の停留場に立っていたが、流しの円タクに声をかけられるのが煩いので、もと来た裏通へ曲り、電車と円タクの通らない薄暗い横町を択み択み歩いて行くと、忽ち樹の間から言問橋の灯が見えるあたりへ出た。川端の公園は物騒だと聞いていたので、川の岸までは行かず、電燈の明るい小径に沿うて、鎖の引廻してある其上に腰をかけた。

実は此方への来がけに、途中で食麺麭と鑵詰とを買い、風呂敷へ包んでいたので、わたくしは古雑誌と古着とを一つに包み直して見たが、風呂敷がすこし小さいばかりか、堅い物と柔いものとはどうも一緒にはうまく包めない。結局鑵詰だけは外套のかくしに収め、残の物を一つにした方が持ちよいかと考えて、芝生の上に風呂敷を平にひろげ、頻に塩梅を見ていると、いきなり後の木蔭から、「おい、何をしているんだ。」と云いさま、サアベルの音と共に、巡査が現れ、猿臂を伸してわたくしの肩を押えた。

わたくしは返事をせず、静に風呂敷の結目を直して立上ると、それさえ待どしいと云わぬばかり、巡査は後からわたくしの肱を突き、「其方へ行け。」

公園の小径をすぐさま言問橋の際に出ると、巡査は広い道路の向側に在る派出所へ連れて行き立番の巡査にわたくしを引渡したまま、急しそうにまた何処へか行ってしまった。

派出所の巡査は入口に立ったまま、「今時分、何処から来たんだ。」と尋問に取りかかった。

「向の方から来た。」

「向の方とは何方の方だ。」

「堀の方からだ。」

「堀とはどこだ。」

「真土山の麓の山谷堀という川だ。」

「名は何と云う。」

「大江匡。」と答えた時、巡査は手帳を出したので、「匡は匚に王の字をかきます。一タビ天下ヲ匡スと論語にある字です。」

巡査はだまれと言わぬばかり、わたくしの顔を睨み、手を伸していきなりわたくしの外套の釦をはずし、裏を返して見て、

「記号はついていないな。」つづいて上着の裏を見ようとする。

「記章とはどう云う記章です。」とわたくしは風呂敷包を下に置いて、上着と胴着の胸を一度にひろげて見せた。

「住所は。」

「麻布区御箪笥町一丁目六番地。」

「職業は。」

「何にもしていません。」

「無職業か。年はいくつだ。」

「己の卯です。」

「いくつだよ。」

「明治十二年己の卯の年。」それきり黙っていようかと思ったが、後がこわいので、「五十八。」

「いやに若いな。」

「へへへへ。」

「名前は何と云ったね。」

「今言いましたよ。大江匡。」

「家族はいくたりだ。」

「三人。」と答えた。実は独身であるが、今日までの経験で、事実を云うと、いよいよ怪しまれる傾があるので、三人と答えたのである。

「三人と云うのは奥さんと誰だ。」巡査の方がいい様に解釈してくれる。

「嚊アとばばア。」

「奥さんはいくつだ。」

一寸窮ったが、四五年前まで姑く関係のあった女の事を思出して、「三十一。明治三十九年七月十四日生丙午……。」

若し名前をきかれたら、自作の小説中にある女の名を言おうと思ったが、巡査は何にも云わず、外套や背広のかくしを上から押え、

「これは何だ。」

「パイプに眼鏡。」

「うむ。これは。」

「鑵詰。」

「これは、紙入だね。鳥渡出して見せたまえ。」

「金がはいって居ますよ。」

「いくら這入っている。」

「サア二三十円もありましょうかな。」

巡査は紙入を抜き出したが中は改めずに電話機の下に据えた卓子の上に置き、「その包は何だ。こっちへ這入ってほどいて見せたまえ。」

風呂敷包を解くと紙につつんだ麺麭と古雑誌まではよかったが、胴抜の艶しい長襦袢の片袖がだらりと下るや否や、巡査の態度と語調とは忽一変して、

「おい、妙なものを持っているな。」

「いや、ははははは。」とわたくしは笑い出した。

「これア女のきるもんだな。」巡査は長襦袢を指先に摘み上げて、燈火にかざしながら、わたくしの顔を睨み返して、「どこから持って来た。」

「古着屋から持って来た。」

「どうして持って来た。」

「金を出して買った。」

「それはどこだ。」

「吉原の大門前。」

「いくらで買った。」

「三円七十銭。」

巡査は長襦袢を卓子の上に投捨てたなり黙ってわたくしの顔を見ているので、大方警察署へ連れて行って豚箱へ投込むのだろうと、初のようにからかう勇気がなくなり、此方も巡査の様子を見詰めていると、巡査はやはりだまったままわたくしの紙入を調べ出した。紙入には入れ忘れたまま折目の破れた火災保険の仮証書と、何かの時に入用であった戸籍抄本に印鑑証明書と実印とが這入っていたのを、巡査は一枚々々静にのべひろげ、それから実印を取って篆刻した文字を燈火にかざして見たりしている。大分暇がかかるので、わたくしは入口に立ったまま道路の方へ目を移した。

道路は交番の前で斜に二筋に分れ、その一筋は南千住、一筋は白髯橋の方へ走り、それと交叉して浅草公園裏の大通が言問橋を渡るので、交通は夜になってもなかなか頻繁であるが、どういうことか、わたくしの尋問されるのを怪しんで立止る通行人は一人もない。向側の角のシャツ屋では女房らしい女と小僧とがこっちを見ていながら更に怪しむ様子もなく、そろそろ店をしまいかけた。

「おい。もういいからしまいたまえ。」

「別に入用なものでもありませんから……。」呟きながらわたくしは紙入をしまい風呂敷包をもとのように結んだ。

「もう用はありませんか。」

「ない。」

「御苦労さまでしたな。」わたくしは巻煙草も金口のウエストミンスターにマッチの火をつけ、薫だけでもかいで置けと云わぬばかり、烟を交番の中へ吹き散して足の向くまま言問橋の方へ歩いて行った。後で考えると、戸籍抄本と印鑑証明書とがなかったなら、大方その夜は豚箱へ入れられたに相違ない。一体古着は気味のわるいものだ。古着の長襦袢が祟りそこねたのである。

Chapter 1 of 11