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此の中學へ轉任してからもう五年になる。子供が三人出來た。三人共男ばかりである。此の外には自分に何の變化も無い。依然として理化學の實驗を反覆して居る。自分は一體褊狹な人間なのであらう、同僚ともそんなに往復はない。田舍の教師抔といふものはてんでみじめな情ない人間が聚合して居るに過ぎない。俸給の不足だとか同僚に對する嫉妬の惡評だとかいふことを能く口にしたがる。それを聞くのが自分には厭なのだ。然し生徒は好きだ。自分は邊福を飾らない。髮は三分刈と極めて置く。髭なんぞは立てたことがない。それで生徒も最初のうちは自分の風采が揚らないので少しづゝ輕蔑しかけたものもあつたが現在ではみんなが能く服從してくれる。教授上に忠實を心掛けて居るのが自分の唯一の誇りである。中學の教師は比較的時間の餘裕を有して居るのだが、それでもやりやうによつて仲々忙しい。暇を拵へては釣竿擔いで出懸ける同僚もあるんだが、そんな餘計なことはしなくてもいゝだらうと思つて居る。斯ういふ連中は能く泣き出さないばかりに生徒に苛められる。それといふのもみんな自分が惡いのだ。中學の教師は又よく更迭する。此所では大分新陳代謝が行はれた。然し彼等に對する自分の記憶は甑のやうなものだ。殘つて居るものは味噌でいつたら滓ばかりだ。だが唯佐治君ばかりはいつ迄經つたとて到底自分の腦裡を去らぬであらうと思ふ。どうかすると長身痩躯の佐治君が涙を落しながら椅子に倚つて居る容子があり/\と見える。何の力が自分にかういふ強い印象を止めたのであらうか凝然と考へてゞも見ようと思ふと却て解らなく成る。佐治君は哲學科出身の文學士である。社會學を專攻したのだといつた。佐治君は何時でも底深く沈んで居るやうな態度で其長い體をぐつたりと二つに折つて椅子に倚つて居る。さうして目を瞑つて居る。佐治君の髮はどんな時でも能く櫛が入れられてある。洋服でもすつかり體にくつゝいて居る。固より其周圍は極めて清潔で且つ整頓されてあつた。佐治君はそれで獨身の生活をして居たのである。自分には彼の凡てが能くさうされたものだと不審に思はれる位であつた。だが佐治君には毫もハイカラな分子は交らない。自分の性格は全く佐治君とは相反して居た。どうしてか自分は放任的でテーブルの上でもごつちやである。教室でもよく試驗管を壞すので會計の方でぐづ/\いひたがる。書記の今井君は別段懇意だから小言が餘計に出る。内へ歸つてもさうだ。惡戲者ばかりだから障子は何時も穴だらけだ。自分は近頃寫眞といふ道樂を覺えた。少しの餘裕があると器械を擔いで出掛ける。寫眞をはじめてから滅切忙しくなつた。學校の方を疎略にすることは自分の主義に反して居るからだ。道樂といふと語弊があつていかぬが自分が寫眞を始めたのは理化學の應用といふことに興味を持つたからである。自分は不器用だから碌なものは出來ない積ではじめたのだが近來は少しは美的思想も發達して來たやうに感ぜられる。世上に發表された有らゆる印畫がどうも自分の製作を越えて居るものが少いやうに思はれて來た。自分は近傍一二里の間はどんな小徑でも跋渉して見た。能く散歩に出た同僚が又かといつた樣な眼で自分を見るのに出會つた。だが途中で佐治君に一囘でも逢つたことがない。佐治君は滅多に外出しないのである。下宿の婆さんがいふのに教頭が時々訪ねて行く。其時は屹度碁を打つ。碁を打たなければ讀書をする。さうしては机へ肘を懸けて唯ぢつとして何だか考へてばかり居る。それは優しい人だがちつとも打解けないので氣が置けるといふことであつた。自分は訪問が嫌だから二三遍佐治君と往復したに過ぎぬ。下宿屋の婆さんは自分が嘗て妻を喚び寄せる間暫く居たことがあるので途中で遭つても婆さんは話しかける。自分には碁を打つやうなそんな悠長なことはとても我慢がしきれぬ。自分は疎放な人間である。だが此でも教育者の義務といふことを知つて居る點に於て誰にも劣らないといふ自信を有して居る。卒業生の貧乏な者の爲めには有力者に説いて學資を出させて置くのがある。五年居るうちには地方の父兄に知人も出來てる。それで自分は教育者の義務を果すのには一所に長く在る事が第一の條件だと思つて居る。此だけは佐治君に愧ぢない積である。佐治君は在職一年で九州へ去つてしまつた。其短い一年間自分は一緒に生徒の監督をした。それで相互に意見を交換する必要と機會とがあつたのだ。其短い間に必要から尤も相接近したので佐治君に就いての觀察も怠らなかつたのである。佐治君の瞑想に耽つて見えるのは哲學を研究して居る者に通有な状態だと思ふから格別不審にも思はなかつた。だけれども下宿屋の婆さんがいつたやうに何處かに狎れ難い處があつた。無頓着な方の自分にさへさうだから他の同僚の多くは日々の辭令の外に隻語をも交さなかつた。佐治君は生徒に讀者の多い中學世界へ青年訓といつたやうなものを始終書いて居た。書く事は眞面目だが内容は自分を甚だ感服せしむるに足るものがなかつた。佐治君はまだ大學を出たばかりである。生徒としての經驗はあつても教師としての觀察はまだ淺い。自分のやうに十年實際に臨んで居るものゝ眼からは徹底しない處があつた。或時雜誌の方から自分へも寄稿を依囑して來て報酬のことまで書き添へてあつた。それで筆を執れば原稿料を得られるのだといふことも知つて居た。佐治君は其報酬によつて收入の幾分を増して居るのだといふことも勢ひ想像された。佐治君は他の類似の雜誌へも寄稿して居たのである。報酬を欲するのだらうといふ想像が微かに佐治君の人格を疑はしめた。自分はどうかすると酷く此の疑を深めて佐治君に對して輕侮の念を起すこともあつたが、面前に其沈んだ姿を見る時はすべてが消散してしまつた。佐治君は迚ても憎むべき人でなかつた。佐治君の人格を疑つた自分の不明は後に至つて深く悔いた。佐治君は他人の談笑することがどんな心理状態に在るのか解釋の出來ない即ち光明の方面には寸時も其心を任せしむることの不可能な人なのである。
其頃同僚の一部に惡戲が流行した。特色のある連中は大抵犧牲に供せられた。惡戲の發頭人は自分と書記の今井君とである。自分は到底活動せずには居られない人間なのである。今木君といふのは尊大なので同僚の冷笑を買つて居た。生徒の父兄が面會にでも來ると反身に成つて控室を出る。それが滑稽なので時々擔いでやる。今井君は器用な性質なので父兄の文字をそつくり眞似して名刺を拵へる。それを小使に持たせてやる。さうすると今木君は例の如く出て來てはそこらを彷徨ついて極り惡る相にしてもどつてしまふ。其容子を見たいばかりの惡戲なのだ。今木君は怒るかと思ふと怒りもしない。といふのは今木君は酷く生徒に苛められる仲間なので免職になつたら明日から糊口にも窮するやうな肩身の狹い人間だからだ。さう思ふとそんな惡戲をするのは罪なことなのだが其頃はそれが行はれた。そんなことは今では止んだが其頃は暫く續いた。書記室へ行くものは自分が居たら書記の今井君と二人で冷かさずには措かなかつた。だが佐治君に對しては今井君も一言を發することも出來なかつた。佐治君が其弱々しい痩躯を靜に運んで來ると今井君の態度が急に改まつて畢ふ。側から見て居ると滑稽な位であつた。自分はこんな巫山戲たことをしても責任は全うするに足るべく十分の勉強を繼續して居た。佐治君は英語を擔當した。英語は生徒に甚だ趣味あるものではない。それで佐治君に就いて生徒は所謂鹽加減を見はじめた。佐治君は生徒を威壓する樣な人ではない。生徒は與し易いやうに思つて居たらしかつた。丁度二學期の初に就職したのであつた。天長節の式場で佐治君は演説した。其聲は低かつたが徹底して自ら人をして傾聽せしめた。生徒は感に打たれた。自分も演説の上手なのに喫驚した。能く聞いて見るとそれも其筈で佐治君は熱心な基督教の信者である。日曜日の演壇に立つたことも數次であつたのだ。
時候は漸く寒くなつた。ガラス窓の外には櫻の枯木が空つ風に搖られて居る。ベース・ボールの選手が乾燥したグラウンドに各自その膂力を振つて居る外屋外に人を見ることが少なくなつた。ストーヴの側には何時でも數人づゝ職員の或者が雜談して居る。ストーヴは慥に佐治君と自分とを接近せしめた。自分は教育上に就いて佐治君と語つた。さうして意見が能く一致した。自分は同僚の大部分が教育に就いて何も考へて居ないことが癪に障つて居たけれど佐治君に遭ふまでは沈默を守つて居た。自分は教師といふものは換言すれば畑の南瓜位なものだと思つて居る。悧巧なものは餘り無いものである。此の二三年間には大分更迭があつた。去つたものは成熟した南瓜がもぎとられた樣なもので後任者は蔓の先へ膨れた青い南瓜だ。どうも段々教師の値打が下落して行くのだから仕方がない。免職になつた奴はてんで腐つて落ちた南瓜なのだ。自分はこゝで忌憚なく所信を發表すれば校長無用論を唱道する。大きな一室を占領して毎日何をして居るのか聞いて見たくなる。それで南瓜の熟したか熟しないかも分らずに居る。自分は百姓の家に生れたから能く知つて居る。西瓜にした處で庖丁で裂いて見なくつたつて指の先で彈いて見れば出來たか出來ないか屹度知れる。校長は箸へして喰はせて見なけりや南瓜の味が分らないのだから困る。其が證據には校長會議などゝ大袈裟な場所へ出て何を齎したか。旅費日當の遣ひ殘りで細君の土産を買つたつて教育上の成績には成るまいぢやないか。金錢が欲しけりや寧ろ教育者を止めてお店の番頭になるがいゝ。前垂掛けた方が餘程増だ、とかういふ風に横道へ外れて自分は遠慮もなく饒舌つた。いつも佐治君は能く聞いて呉れるので自分は思はず興に乘じてしまふことがあつた。佐治君の沈んだ低い聲は自分に壓せられて畢つて自分のいふが儘に聞いて居なくては成らなかつた。自分の罵倒が劇しい時佐治君は少し困るやうであつた。さうして自分が金錢が欲しけりや商人になれといふ時にはどういふものか佐治君は顏を赤くするやうに見えた。ぐつたりとした體が更に俯向くやうに思はれた。自分は異樣に何物かゞ佐治君の心裡に伏在して居るのぢやないかとも思つた。或は金錢を談ずることの野卑なのを羞ぢるのではないかと思つたので、それからは金錢に就いては餘りいはぬやうにして居た。
西風が總ての梢を吹き拂つて、更に木の葉が地上の一隅に聚合して居るのを見出しては執念く掻き亂して居る。子鳥や鶸が木の葉の如く西風に吹き飛ばされんとしつゝある。自分は此種の渡り鳥が殘酷なかういふ風に吹かれる爲めに何を求めて態々此地に來たであらうかと疑ひたくなる。裸になつた樹木は各特有の姿態を現はして廣濶な平地に人目につき易く突つ立つて居る。寫眞道樂の自分には絶好の季節である。滿地の緑が目に美しい時は寫眞道樂の冬である。寫眞には色彩が出ない。光線が我々の眼底に落つるのと乾板の上にレンズを透す時とは其現象が違ふ。乾板は餘りに鋭敏で又遲鈍である。明暗の度が強過ぎる。それでどうも現在の寫眞術に於ては我々は冬の木立が撮り易いのである。寫眞狂の連中は寫眞を繪畫と拮抗させる。美術の範圍に進めると力ンで居る。又寫眞は到底駄目だと排斥して居るものもある。自分にはどうでもいゝ。自分が面白く感じて居ればそれで滿足なのだ。缺點は幾らもある。除き去るべき必要はある。又早晩除き去られねばならぬのは勿論である。それは自分等の責任でもなければ義務でもない。自分等は唯器械を擔いて歩いて居ればそれでいゝのである。冬は一切の動物が萎縮する。同僚にも散歩するものを見なくなつた。佐治君には固より逢はない。自分は一枚でも滿足な種板が欲しいので短い時間を節約して冬と甚だ親密に成つた。街道を挾んで赤楊の枯木がすく/\と立ちならんで居る。街道の傍に一區域をなして菜畑がある。周圍に青いものは其畑だけである。青菜は軟かに見えるけれどそれがどうしてもさびた冬の色である。荷馬車が悠長に赤楊の間を過ぎて行く。自分はかういふ處へ出ると原板に映ぜしむべき形體の外に色彩の美といふことを感ぜずには居られない。佐治君は恐らくこんな處を見たことはないのだらうと思つた。佐治君は強ひてゞも散歩の趣味を養つたならば虚弱な身體を健康に向はしむることが出來るだらうと思つた。自分は勤めて見たが佐治君は默して頷くのみである。