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一 露伴と神仙道

『東と西』の問題は、人類にとって、最大の課題といわれる。東洋人としての立場からこの問題を考える場合、中国における古代の神仙思想というものが、どうしても逸することの出来ない要素のように、この頃思われてきた。齢のせいかもしれない。

直接の誘因は、露伴先生の神仙ものを、少しばかり読んだところにある。そのなかでも『仙書参同契』にひどく心を惹かれたので、その紹介を主として、自分の古代東洋への郷愁を綴ってみる気になった。もっとも『仙書参同契』自身が、魏伯陽の『周易参同契』の解説であって、解説のまた解説をするのも妙な話である。中国思想の専門学者の眼にふれたら、笑止と一言に片付けられるであろうが、中学校の漢文も碌々教えて貰えなかった若い人たちには、ちょっと珍しい読み物になるであろう。

中国における広義の神仙道を理解しようとする場合に、見逃すことの出来ないものは、丹道である。露伴先生は、中国の神仙道一般に興味をもっておられたが、とくに丹道には、深い関心をもたれたようである。先生の丹道並に中国の神仙道一般についての研究のうちで、一番詳細をきわめたものが、今挙げた『仙書参同契』である。この論文は、昭和十六年、即ち先生の晩年に書かれたもので、ほぼ百頁に及ぶ大部のものであり、また非常な労作でもある。

『仙書参同契』は、一言でいえば、後漢の魏伯陽の著書『周易参同契』を、考証及び解説したものである。この『周易参同契』の出来たのは、はぼ西紀一四五年頃と推定されている。日本でいえば、女王卑弥呼の時代よりも、なお数十年も昔のことである。即ち日本人が、まだ未開人の生活をしていたと確認される時代よりも、まだ数十年も昔に出来た本である。そういう旧い時代の書であり、しかも後代に到って、中国神仙道の本統である丹道の書の祖となったものである。従ってその内容は、まことに難解をきわめ、現代人の頭脳では、ほとんど理解を絶した難物である。

一体そういう旧い時代の本が、今日まで最初の完全な形で残っているはずはない。事実、原書はつとに亡びているので、現存の参同契諸本中の最古のものは、五代の彭暁註『参同契』である。これとても魏伯陽よりは八百年もおくれている。そういう本を頼りにして、後漢時代にまで遡って考証を進め、その解説をしようというのであるから、非常な労作になるのは当然である。それを露伴先生は、実に美事になしとげておられる。そして単に『周易参同契』の解説ばかりでなく、丹道の背景をなすところの中国古代の神仙思想一般にわたって、広く論及してある。

中国の古画を見ると、山水の場合ならば、ほとんど全部、仙人か高士かを配してある。人物画にも、仙人または仙人風のものが非常に多い。神仙の思想は、中国では、すべての階級に広く浸み込んでいるので、これを無視しては、古代中国人の思想を論ずることは出来ない。

この中国独特の神仙道は、遠く春秋戦国の時代に芽生えた老子の思想から発展し、それに荘子の学が加わったものである。この思想の中の例えば「谷神不死」というような言葉が、秦の始皇帝や漢の武帝の時代に、方士たちの手によって歪曲され、神仙怪異を主とした道術として燃え立ったのである。そして非常に長い年代の末に、それらの神変幻術が、遂に内省的な丹道に落付いたわけである。

この間の経緯は、複雑多岐をきわめ、また適当な手頃の文献を欠いている。ところがわれわれは、露伴先生の労作の御蔭で、この古代中国人の怪奇にしてかつ特異な神仙思想の発展史を、比較的容易に知ることが出来るのである。

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