一
六年生の加藤大作君が、人通りのない道を歩いてくると、キャラメルの箱が一つ落ちていた。
「あれ、キャラメ……」
大作君はかがんでそれをひろおうとした。しかし急にある考えがうかんで、ひろうのをやめた。人に空箱をひろわせてはずかしい思いをさせようという、だれかの意地わるないたずらかも知れない。どこかにかくれてみていて、それを大作君がひろうととたんに「わアい、いいものひろったなア。」とひやかすつもりかも知れない。そういえば、あたりがばかにひっそりしている。このひっそりしているのがくさいのである。
そこで大作君はキャラメルの箱を横眼でにらみながら通りすぎると、うしろからあんのじょう、「だいくん、だいくん。」とよんだ者がある。ふりかえったがだれもいなかった。
すると道ばたの、いま白い花をいっぱいにつけたくちなしのいけがきの一ところが、がさがさと動いて、「ここだよ、ここだよ。」とよんだ。
大作君はすこしもどって、すきまからのぞいてみた。黒い眼がまたたきながら笑っていた。なんだ、大頭の吉太郎君である。
だが、こいつは油断のならぬ奴だ、ぼくをわなにかけようとしたんだ、と大作君はすこし腹が立った。
大頭の吉太郎君は自分のしかけたわなが失敗したので、ご機嫌をとるようににこにこしながら、
「はいってこいよ、あそこの穴から。」
といった。
大作君は、うんといって、その穴から吉太郎君の家の屋敷にはいった。そこはお金持の吉太郎君の家の土蔵のうらで、みかんの木が五六本うわっていた。
「な、だいくん、あっこにキャラメルの箱が落ちてるだろう。」
と吉太郎君がひそひそ声でいった。こんなふうに、ひそひそ声で話しかけられると、つまらないことでも重大な意味があるように感じられるものだから、大作君はいけがきのすきまからあらためてキャラメルの箱をみた。そして眼をぱちくりやって、
「うん。」
と、やはり声をひそませて答えた。
「あいつをだれかがきっとひろうから、みてよかよ。貧乏なやつがきっとひろうぞ。」
大作君は、ついいましがた、自分がそれをひろおうとしたこと、そして自分がわなにかけられようとしているのに気づいて腹を立てたことをわすれてしまった。こんどはためす立場にかわったのだ。人をためすとなると、また一だんと興味がわくものである。
「うん。」
と大作君は、もう吉太郎君の味方になりながら、うなずいた。
ふたりは、くちなしの葉や花しべに顔をさわられながら、すきまから道の上の小さい箱を熱心にみつめ、はやく貧乏なやつがこないかと、道の左右をうかがっていた。
こうして、人に知られずに、人をためすということは、なんと胸のときめくことであろう。雀をとらえるために風呂桶のふたを庭に立てて、その下にもみをまいておき、雀がそこにだまされてくるのを、ものかげからみているときの、あのひそやかな歓びに似ている、と大作君は思った。
それにしても、道というものはなかなか人の通らぬものだ。そしてまた村というものは、ばかにひっそりかんとしたものである。黄金虫が一ぴき、はねを鳴らしてふたりの鼻先を通ったとき、ふたりはあやうくおどろきの声をあげるところであった。黄金虫がこんなべらぼうな翅音を立てるとは知らなかったのである。
と吉太郎君が、
「だれかくるぞ。」
こうささやいた。ほんとうに、だれかくるけはいがした。
大作君が冷たいいけがきの中へ顔をつっこんでみると、ちょうど、こういうことでためすには手ごろだと思われる初等科二三年の子どもが、何かぶつぶついいながらくるのがみえた。しかしどうも見覚えのある子どもだ、と大作君は思った。そのはずである、それは大作君の弟の幸助だった。
「なんだ、幸……」
しかし大作君はだまってしまった。もう幸助はすぐ近くにきていたのである。もうなりゆきにまかすばかりだった。
大作君は息の根がとまった。――幸助があれをひろうか、ひろわないか……
「はァん、はァん、ちゃッちゃッちゃッ。」
と幸助は、ひとりのときいつでもやるように、わけのわからぬことをうたいながら、片手でいけがきの葉をむしったりして近づいてきたが、急にだまってしまった。ついにキャラメルの箱を発見したのだ。
大作君は両眼をつむりたかったが、それはまた卑怯なことのような気がしたので、そのままみていることにした。
はたして幸助は、キャラメルの箱をひろった。そして中を改めてみて(むろん、からだった)ポケットにしまいこむと、またさっきのつづきを、
「はァん、はァん、ちゃッちゃッちゃッ。」
とうたいながら、いってしまった。
大作君ははずかしさで顔がほてった。その顔をみられるのがいやなので、いっそいつまでもいけがきにつっこんでいたかったほどである。
吉太郎君と顔を見合わせると、吉太郎君が、なんといっていいか困ったように顔をゆがめた。すると大作君は、うちは貧乏だ! という考えが頭からおっかぶさってきて、どう立っていていいかわからなかった。
そこで失敬もいわないで、しかられた猫のようにごそごそと、さっきの穴から外に出た。