Chapter 1 of 5

一、日光より檜枝岐へ

黒岩山は鬼怒川峽谷の川俣温泉を根據地として黒澤を遡れば達せられるだらうといふ事は、當然誰にも豫想されるし、又時間の上から云つても最も便利な順路に違ひないが、實川の谷から取付くといふ事が數年來の私の希望であつた。其れには檜枝岐村を發足地とするの他はないが、其の奧深き里までは日光―川俣温泉―引馬峠―と結び付けるのが捷徑である。

大正九年の十月二十八日午後十一時といふに、上野から北行の列車に乘り込む。豪く混むので一睡も出來ず、此頃は常も連になる岩永良三君、名越徹君と退屈をカードにまぎらす。宇都宮で下車、曉の六時迄四時間といふものは時ならぬ無料宿泊である。

漸く日光へ、其れから電車を利用して馬返へ來ると、其の邊の紅葉が眞盛なので、山奧へ行つて林間酒を暖める體の風流はあきらめる。不動坂は通過する毎に氣樂になつて、氣さくな遊客の愚問にも別に苦しまない。劒が峰、五郎兵茶屋などで手間を取つたので、中宮祠で鱒の天丼を平らげたのは午後一時の頃であつた。天幕、毛布、防寒具の類を、三つのルックザックに分けて負うたのだが、かなりの重さで中々こたへる。晴れてゐた白根が曇る頃ほひ、龍頭瀧で休んで赤沼ッ原へ、そして三本松から例の嫌な砂ぼこ道を光徳沼に向ふ。午後三時を二十分も過ぎて山王峠に差しかゝると、むら/\と面倒臭さがこみあげて、電信柱の切開を一直線にひた登りに登つた。峠の上の草原で名越君がウヰスキーを煽ると私達も相伴して、暮近き男體、太郎、大眞名子、山王帽子の山々をゆくりなくも見渡す。其れから西澤金山迄はと思つて出掛けた足は鉛を結びつけられた如く、最早闇の道を鐵索の邊りから大りに下りて行く。以前此處に來た時は宿屋めいたものが出來てゐたが、不景氣故か姿は失せて、路傍に佇んだ女は一飯一粒をさへ旅人へ分ける事が難しいといふ。事務所の規定として人口一人當りの食糧を制限してあるのださうだが、其れでもその内儀さんは深切を盡して私達を家に導き、汁を暖めたりして呉れた。私達は腹も出來たので禮を述べて午後八時近く此の家を出る。十八夜の月は皎々と照り輝いて山腹の大道を辿る三人の姿を夢の樣に浮べ出す。太郎山の怪異な半面も其の時は聖者の如く尊まれるのであつた。斯くて川俣温泉に着いたのは十時を過ぐる事五分の後であつた。遲い夜食は、前日捕れたといふ牝鹿の汁、てうまの燒肉で美味しく味ひ、午前零時十五分に就寢。

三十日。一夜の安眠は慣れぬ疲勞をも悉く癒して呉れた。其れでも出發は矢張り遲れて午前九時になる。草鞋の紐を結ぶと宿から盤梯餅を馳走されて、其の日の午後から一泊の豫定で鬼怒沼探勝に出掛けられる筈の大町桂月先生とお別れする。温泉の東隣なる三軒家には新しい官舍が一つ建てられた。其れから澤を一つ渡つて峽谷の道と別れかゝると、下には温泉宿と冷い流があり、西の空には鬼怒沼の平附近が望まれる。も少し上つて茅戸の平に出ると後へに女貌、帝釋、大眞名子、太郎の山々がずらりと列ぶ。殊に女貌の美しさは表から見た比ではない。椈、楢の闊葉はとくに落ちて、血潮の樣に赤い殘の楓のみがちらほら眼に付く。夏ならば暑い登りだが秋の旅には別れの水も呑まうとはせず、笹の間から、左にナギの見える山添ひの道を登つて、平五郎山を過ぎると早や身は針葉樹林に沒し、高低も餘り目立たなくなる。正午近く鳥屋場の小屋着。此れは平五郎山から十町許り進んだ所の鞍部で、雪が積んだら錆澤を來る方が早いといふ。小屋の持主の老婆、手傳ひに來た中年の女と其の娘が火を燃しては私達に馳走するとて小鳥を燒いて呉れる。見晴らしは女貌から男體迄の主なる部分と、温泉が岳の附近が見える。女貌の布引瀑も白く光つて見える。最近此の附近には雨が降つたさうで、今晩も雪らしいと女達は告げた。

午後一時十分出發して一つ坂を上ると、向ふから丁髷の爺さんが來る。之もホーロク平(一八九二米の一帶を云ふ)の先の鳥屋場を持つてゐる者で隣の鳥屋場へ遊びに行く所だといふ。私達が女達は川俣へ歸る所だといふと、踵をめぐらして三人の先に立つ。そしていゝといふのに名越君の荷を持つてすたすたと進んだ。ホーロク平の下りから北方を望むと臺倉高山(檜枝岐ではダイグラとのみ云ふ)の黒い頂が二つ見えた。老人の小屋は無砂谷の水源の澤から黒澤へ乘越す樣な處にある。此處なら前の小屋程水に不自由する事は無いらしい。小屋から向ふの鳥屋場へ出て見ると、其處の高みから引馬峠第一の眺望が得られる。日光諸山を屏風の如くめぐらし、其れから燕巣、物見山、鬼怒沼山を經て黒岩山に續く山脈もあらかた黒裝束の一組である。黒岩の頂は惜しくも雲に隱されたが、其の尨大な山容と、見下ろす黒澤の谷はひし/\と身に迫る樣な深い趣があつた。私は三度目にこの峠にやつて來たが、夏はいつでも雨に崇られて此處の眺望を見逃した。山を見てゐると無砂谷からばら/\ッと飛んで來たの一群は苦もなく鳥網に引懸つてしまふ。老人はそれを一々首をねぢつて歩くのだが、少し可哀さうであつた。

凡そ一時間も遊んでゐると冷い霧雨が颯と降つて來る。そこで出發したのが二時四十分。雨は直きに上がる。最早大した上りはなく、道の跡もよく分つて、十五分の後には引馬峠の頂上に着く。此れ迄全く長い上りだ。そして來て見ると箆棒に廣い頂上だ。其處に最近出來たものと見えて、左へ行く道があつて、「左は宮川歩道、右は檜枝岐道」と立木を削つて記してある。然し其の外に之と反對の意外に取れるまぎらはしいものもあつて一寸困るが、要するに右すれば峠道、左すれば宮川歩道(實川歩道の誤?)で、後者は孫兵衞山を通過して實川上流の硫黄澤赤倉澤落合の附近迄下りてゐる事を後に知つた。峠道を少し行つた處に新しい小屋掛けの跡もある。以前あつた高山植物採集禁制札も影を失つた。既に三時過で到底日のある内に村迄下れない。けれども一二〇七米と記された馬坂澤の合流點迄は行かれる事と信じて下つて行くと、四時十五分に漸く谷の最奧の橋を渡る。其れから數町進んで又川を渡る。畑小屋へ出る迄其の邊ともう二三箇所迷ひさうな所があつた。一番困つたのは燒澤の落合に近い所で、右手の本流には名のありさうな瀑が懸つてゐる。其の縁の岩の上を渡つて行くのだが、暗くなつてしまつたので道が上にありさうな氣がしたりして大分手間取つた。殘飯を平らげて提灯を頼りに進んで行くと、今宵も星はぴか/\輝き、軈て畑小屋を通過してしまふと、前面に駒が岳の明月に照らさるゝを仰いで、もう檜枝岐に程近いと友に知らせる。檜枝岐の丸屋旅舍に入つたのは午後八時四十分であつた。

Chapter 1 of 5