Chapter 1 of 8
プロローグ
話し手の望月辛吉は、有名なジレッタントで、レコードの蒐集家の一人として知られた男でした。叔父の経営している会社の平社員で――望みさえすれば、専務にも支配人にもなれる七光りの背景を持っているのですが、望月辛吉に取っては下手な詩を作って、好きなレコードを集めて、外国の探偵小説を読んで、マドロス・パイプを磨いて、出世もしない代り、首にもならない今の地位が、譬えようもなく呑気で、そしてこの上もなく快適だったのです。
今夜の話し手は、こういった逸民的存在なる望月辛吉にお鉢が廻りました。尤も彼自身は、一とかど働く人間の積りで、自分を遊堕の民とは夢にも思っておりません。
「私は三四年前、非常に面白い事件を一つ解決いたしました。少くとも医学博士の北村万平先生にも、弁護士の佐瀬渉氏にも、若い実業家の森川森之助君にも解決の出来なかった一千万円の大秘密――そういうと安価な映画か大衆小説の標題のようですが、――兎にも角にも昔の金の相場で一千万円の秘密と、それに絡んで人間二人の命にも拘わる秘密を解決したのであります」
望月辛吉は頗る良い心持そうでした。聴き手にとっても、下手な自作の詩を朗読されるのと違って、これは案外面白いかもしれません。奇談クラブの会員達は、いとも神妙に耳を傾けております。