Chapter 1 of 7

「やい、ガラッ八」

「ガラッ八は人聞きが悪いなア、後生だから、八とか、八公とか言っておくんなさいな」

「つまらねエ見得を張りやがるな、側に美しい新造でも居る時は、八さんとか、八兄哥とか言ってやるよ、平常使いはガラッ八で沢山だ。贅沢を言うな」

「情けねえ綽名を取っちゃったものさね。せめて、銭形の平次親分の片腕で、小判形の八五郎とか何とか言や――」

「馬鹿野郎、人様が見て笑ってるぜ、往来で見得なんか切りやがって」

「ヘエ」

捕物の名人、銭形の平次と、その子分ガラッ八は、そんな無駄を言いながら、浜町河岸を両国の方へ歩いておりました。

逢えばつまらない無駄ばかり言っておりますが、二人は妙に気の合った親分子分で、平次のような頭の良い岡っ引にとっては、少し脳味噌の少ない、その代り正直者で骨惜しみをしないガラッ八ぐらいのところが、ちょうど手頃な助手でもあったのでしょう。

「ところで、八」

「へッ、有難えことに、今度はガラ抜きと来たね、何です親分」

「今日の行先を知っているだろうな」

「知りませんよ、いきなり親分が、サア行こう、サア行こう――て言うから跟いて来たんで、時分が時分だから、大方、“百尺”でも奢って下さるんでしょう」

「馬鹿だね、相変らず奢らせる事ばかり考えてやがる――今日のはそんな気のきいたんじゃねえ」

「ヘエ――そうすると、いつかみたいに、食わず飲まずで、人間は何里歩けるか、お前に試させるんだ、てな事になりゃしませんか」

「いや、そんな罪の深いのじゃないが――変な事を聞くようだが、手前、身体を汚したことがあるかい」

「身体を汚す?」

「文身があるかということだよ、――実は今日両国の『種村』に“文身自慢の会”というのがあるんだ」

「ヘエ――」

「これから覗いてみようと思うんだが、蚤が螫したほどでもいいから、身体に文身のない者は入れないことになっている」

「それなら大丈夫で」

「あるかい」

「あるかいは情けねえ、この通り」

袷の裾を捲って見せると、なるほど、ガラッ八の左の足の踝に筋彫で小さく桃の実を彫ったのがあります。

「ウ、フ、――その文身の方が情けねえ」

「そう言ったって、これでも蚤の螫した跡よりはでっかいでしょう。――いったいそんな事を言う親分こそ身体を汚したことがありますかい」

「真似をしちゃいけねえ」

「何べんも親分の背中を流してあげたが、ついぞ文身のあるのに気が付いたことがねえが――」

「そりゃア、手前がドジだからだ、文身は確かにある」

「ちょいと見せておくんなさい」

「往来で裸になれるかい、折助やがえんじゃあるまいし」

「見ておかねえと、どうも安心がならねえ、向うへ行って木戸でも衝かれると、銭形の親分ばかりじゃねえ、この八五郎の恥だ」

「余計な心配だ」

無駄を言ううちに、両国の橋詰、大弓場の裏の一郭の料理屋のうち、一番構えの大きい「種村」の入口に着きました。

「入らっしゃいまし」

「銭形の親分がお出でだよ」

「シッ」

大きい声で奥へ通すのを、平次は半分目顔で押えました。「種村」の前には世話人が四五人、怪し気な羽織などを引っ掛けて、いちいち出入りの人の身体を検べて、手形代りに文身の有無を見ておりますが、平次は顔が売れているせいか、不作法な肌を脱ぐまでもなく、そのまま木戸を通されて、奥へ案内されたのです。

川に面した広間を三つ四つ打っこ抜いて、いかにも文身自慢らしいのが、もう五六十人も集まっておりますが、平次は別段その中から人の顔を物色するでもなく、

「親分、石原のが来ていますぜ」

と袖を引くガラッ八を目で叱って、隅っこの方へ神妙に差し控えました。

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