Chapter 1 of 10

芝三島町の学寮の角で、土地の遊び人疾風の綱吉というのが殺されました。桜に早い三月の初め、死体は朝日に曝されて、道端の下水の中に転げ込んでいたのを、町内の人達が見付けて大騒ぎになったのでした。

傷というのは、伊達の素袷の背後から、牛の角突きに一箇所だけ、左の貝殻骨の下のあたり、狙ったように心臓へかけてやられたのですから、大の男でも一たまりもなかったでしょう。刺された拍子に転げ込んだものと見えて、下水の中は蘇芳を流したようになっております。

この辺の縄張は、柴井町の友次郎という御用聞、二足の草鞋を履いているという悪評もありますが、まず顔の通った四十男。早速駆けつけて、役人の検屍の前に、一と通り、急所急所に目を通しました。

「親分、ひどい事になったものですね」

「お、八五郎か。銭形の仕込みでたいそう鼻が良いな」

「からかっちゃいけません。まだこの死体を見付けてから、半刻(一時間)と経たないって言うじゃありませんか。いくら鼻がよくたって、神田から駆けつける暇なんかありゃしません」

「じゃ品川の帰りって寸法かい」

友次郎はどこまでからかい面だかわかりません。

「とんでもない、川崎の大師様へ日帰りのつもりで、宇田川町を通るとこの騒ぎでしょう」

「なるほどね。そこで、俺の間抜けなところを見て笑ってやろうという廻り合せになったんだね。まア、いいやな。この通りの始末だ。種も仕掛けもねえ、よく見てやってくんな」

友次郎の妙に絡んだ物言いが癪に障らないではありませんが、ガラッ八とは貫禄が違いますから、腹を立てたところで、喧嘩にも角力にもなるわけではありません。

「殺されたのは、疾風の綱吉だっていうじゃありませんか」

「そうだよ。可哀想に、後ろ傷で往生しちゃ綱の野郎も浮ばれめえ。何とか敵を討ってやらなくちゃ」

「刃物は」

と八五郎、何とか厭味なことを言われながらも、職業意識は独りで働きかけます。

「それが不思議なんだ。どうしても見えねえ。これだけ深傷を負わせたんだから、わざわざ引っこ抜きでもしなきゃア、死骸が刃物を背負っているはずだ」

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