一
「親分、退屈だね」
ガラッ八の八五郎は、鼻の穴で天文を観るような恰好を取りました。
「呆れた野郎だ。小半日空を眺めて欠伸をしていりゃ、猫の子だって退屈になるよ。庭へ降りて来て手伝いな。跣足になると、土が冷やりとして、とんだいい心持だぜ」
平次はそう言いながら、せっせと植木鉢の世話をしております。
青葉と初鰹と時鳥で象徴される江戸の五月は天気さえよければ、全く悪くない心持でした。いきなり飛出して、母なる大地の膚に、跣足で触れる快さは、人間のもつ一番原始的な素朴な望みだったかもわかりません。
だが、八五郎は違います。
「そいつはあんまり粋な恰好じゃないぜ、親分」
若い親分平次の、尻を端折った後ろ姿を眺めて、八五郎はニヤリニヤリと笑っているのでした。
「粋事で植木の世話をする奴があるものか。日向へ寝そべって、お先煙草を一と玉煙にする野郎だって、大した粋じゃあるめえ。煙草は構わねえが、縁側を焼跡だらけにするのだけは遠慮するがいい。店賃がキチンキチンと入ってないから、大家へ気の毒でならねえ」
「ヘエ、――親分でも店賃を溜めるんで? ヘエ――」
「何を感服仕るんだ。岡っ引が店賃を溜めりゃ、お上から御褒美でも出るって言うのかい」
「ヘエ、――驚いたね。二三百両持って来てやりてえが、あっしも、今月はやり繰りが付かねえ」
「馬鹿野郎、人の店賃の世話より、手前の小借りでも返す工夫をしやがれ。二三百両ありゃ、角の酒屋の借りぐらいは返せるだろう」
「ありゃ、一貫六百で、親分」
「六百でも一貫でも借りは借りだ。十手なんか突っ張らかして半端な借りを拵えると、町内の鼻ッつまみになるぞ」
「ヘエ――」
ガラッ八は、まさに一言もありません。
「まア、そんな事を、人様が聞くと笑いますよ」
女房のお静は濡れた手を拭きながら、顔を出しました。その後ろから、ニコニコした顔を覗かせたのは、石原の利助の娘――娘御用聞――といわれたお品です。お静とあまり年は違いませんが、いつまで経っても世帯擦れのしない、初々しいお静の女房振りに比べて、出戻りで理智的で、確り者らしいお品は、美しさに変りはなくとも、二つ三つ老けて見えるのも是非のないことでした。
「あ、お品さんか、――お品さんなら有るも無いも承知だ。極り悪がることがあるものか」
「まア」
お静とお品は、顔を見合せて隔てもなく笑いました。
「ところで父さんは元気かい、近頃すっかり御無沙汰したが」
お品の様子が何となく冴えないのを、平次は見のがすはずもありません。
「ツイこの間も天霊様のことで、さんざん親分にお骨折りをかけたんですから、今度は父さんが自分で手掛けて目鼻をつけたいって言うんですが――」
お品は本当に言い難そうです。昔は平次と張り合って、さんざんいやな事もした父親の利助が中風の気味で引籠ってからは、平次の並々ならぬ助勢でわずかに十手捕縄を守り通して来たことを考えると、この上平次の親切に甘える気もなくなるのでした。
「そいつはつまらねえ遠慮だぜ、お品さん、この二三日はろくな仕事もなく、俺は植木ばかりいじっているし、八の野郎は臍から煙の出るほど煙草を吸って、退屈様の百万遍だ、――俺と八で間に合うことなら、なんでもそう言って来るがいい、とんだ人助けだぜ」
平次は手を洗って端折った尻をおろすと、世話甲斐もない植木鉢の行列を、しみじみと眺めやるのです。
「それじゃ、聞いて下さい、親分」
お品は話し始めました。