Chapter 1 of 6

「世の中には變つた野郎があるものですね、親分」

ガラツ八の八五郎は、又何やら變つた噂を持つて來た樣子です。

「大抵の人間は、自分は世間並より變つた人間だと思つて居るよ」

錢形平次は、相變らず、はなつから茶化してかゝります。

結構な冬日向、何が無くとも豆ねぢに出がらしの番茶、お靜は目立たぬやう、そつと滑らせてお勝手に引下がると、晝下がりの陽を膝に這はせて、八五郎の話は面白く彈むのです。

「深川入船町の鍵屋源兵衞――親分も御存じでせうね」

「大層な身上だつてね、生憎親類でも何んでも無いが、明暦の大火でうんと儲けて、江戸一番の材木屋になり、その上苗字帶刀を許されて、日光山の御用も勤めると聽いたが」

錢形平次もそれはよく知つて居ります。後の世の奈良茂、紀文と共に、百萬兩の富を積んだといふ、江戸暴富傳中の一人です。

「その伜が噂の種で、深川中で知らないものはありやしません――廣い江戸にも、あんな息子は二人とはあるまいと――」

「親孝行でもするのか」

「飛んでもない、金持の子に孝行息子なんかあるものですか、何しろ甘やかし放題に育てたのが、年頃になつて遊びを覺えたからたまりませんよ、辰巳藝者を總嘗めにして、此節は吉原まで荒し廻る」

「達者だな、名は何んといふんだ」

「万兩さんで通つてますよ、万兩分限の息子だから万兩息子、はつきりして居まさあ、尤も親のつけた名は、半次郎といふんで、人間が半端だから半次郎、これも理詰めで」

「話はそれつ切りか、金持の馬鹿息子が、馬鹿遊びをしたところで、俺は可笑しくも面白くもないよ」

平次は相變らず氣の乘らない樣子です。

「それが一と通りの女遊びぢや無いんで、係り合つた女といふ女、華魁も新造も、藝子も素人衆まで、一々二の腕に、自分の名を彫らせるといふから、大したものでせう」

「一人の客に名前を彫られちや、商賣人は上つたりだらう」

「そこが、それ金の有難味ですよ。身請をするほど金を積むと、大抵の女は、イヤとは言はないさうですよ、その彫つた後が落着くと、すぐ灸で燒切る」

「熱い商賣だな」

「あの世界には、女に小指を切らせる虐たらしい男だつてあるんだから、刺青なんか優しい心中立かも知れませんね」

「その万兩息子は、さぞ良い男だらうな」

「ウ、フ、お目にかけ度い位、冬瓜を水ぶくれにして、の袷を着せて、オホンとやらかすと、丁度あんな工合」

「手數のかゝつた色男だな」

「眉毛が薄くて、有るか無きかのお團子つ鼻で、二十歳の白雲頭で、青瓢箪で、赤眼で」

「まるで五色息子だ」

「その上五尺八寸といふのつぽで、足袋は十三文半甲高、鼻へ拔ける甘酢つぱい聲、大變な息子ですよ、――尤も力もあつて、腕も出來る」

「そんなのは友達にしたくないな」

「ところが費ひ切れないほど金があるから、何處へ行つても業平朝臣の御通りで御座いだ」

「たまらねえな」

「親分だつてさう思ふでせう、大抵なら見て見ぬ振りで、行儀の惡い野良犬だと思つて居れば濟むことですが、茲に一つ――」

「茲に一つと膝を立て直したね、勘辨ならねえことでもあつたのか」

「ありましたよ、女道樂が嵩じて變な野郎だけでは濟まないことになりましたよ」

「何をやらかしたんだ」

「心中ですよ」

「心中? 万兩息子が心中をしたといふのか?」

平次も膽をつぶしました。心中などといふものは、金持で薄情で、この世の榮華に未練のある人間のすることゝは思はれなかつたのです。

「ところが、やらかしたからお話になるでせう。万兩さんの半次郎が思ふには、女といふ女は、皆んなチヤホヤしてくれるが、どうも心の中は當てにならない。私に惚れてゐるのではなくて、バラ撒く金に惚れて居るとしたら、我慢がならないことだ――と」

「其處まで氣がつけば大したものだ」

「それを試して見るには、心中話を持ちかける外は無い。大變なことを考へたもので、差當り人身御供に上がつたのは、近頃熱くなつて通つて居る、深川の踊り子、辰巳で一番と言はれた、美乃屋のお小夜といふ妓ですよ」

「災難だな」

「こいつは良い女だ。少しピンシヤンするけれど、色白の素顏が自慢で、浮氣つぽいが、何んとも言へない情愛がある、――そのお小夜が、人もあらうに、万兩さんに心中の相談を持ちかけられた」

「斷わつたことだらうな」

「そんな馬鹿なこと、何が不足で死ぬ氣なんか起すんです、と訊くと、万兩さんの言ふことには――實は親の金を費ひ込んで、――などと世間並のわけを話したが、お小夜はまるつ切り本當にしない」

「當り前だ」

「――で本當の事を言ふが、氣に染まぬ嫁を貰へと、親の無理を斷わり兼ねて――と言ふと、その娘を貰ひなさいよ、願つたり叶つたりぢやありませんか、とお小夜はこれも本當にしない」

「で?」

「ところが、お小夜の方にも、軍師がついて居ましたよ、やくざの猪之松といふ男で、――万兩さんの半次郎の心中話は、皆んなお前の心底を試して見る狂言だ。川へ飛込めば下には船が待つて居て救ひあげてくれるし、往來の松の枝に首を吊ればそつと後ろから抱き上げてくれる黒衣が着いて居る。安心して心中の相談を引受けろ、その代り、死んでから後に借金も殘し度くないし、母親に苦勞もさせ度くないから、借金を拂つて母親の老後の小遣に、せめて五百兩は欲しいと言つて見ろ――と斯ういふ智惠をつけた」

「ありさうなことだな」

八五郎の話の馬鹿々々しくはあるが、常識を飛躍した面白さに、平次もツイ/\膝をすゝめました。

「さて、五百兩といふ金をせしめると、お小夜はお袋も借金もありやしません、早速万兩さんと心中の仕度をした。淨瑠璃の文句の通り、覺悟の經帷子、首には水晶の珠數をかけて、そのまゝ舞臺に押し出せさうな晴小袖、男の方もそれに劣らず、錢に飽かして死出の晴着だ」

「ト書きは細かいな」

「お約束は兩國か永代だが、それぢや橋から水肌まで高過ぎて危ないからと、飛込む場所は元柳橋と決めた、ところで心中にはお誂への出語りが無くちやと、出入りの太夫に言ひ含めて、藥研堀の埋立地に出張らせ、新内を一とくさり」

「冗談ぢや無いぜ、馬鹿々々しい。此寒空に河へ飛込んだのか」

「大丈夫、それは三月も前のことですよ。まだ寒いほどの時ではなく、その上米澤町のお茶屋に風呂が立つて居て、船へ這ひ上がるとすぐお茶屋に送り込まれ、濡れた裝束を脱いで、一と風呂温まり、賑やかに囃し乍ら改めて女夫の盃といふ寸法になつて居たんで」

「呆れたものだな」

「全く呆れましたよ。新内の合の手で、二人欄干の前に押し並び、南無阿彌陀佛か何んかで、ドボンと威勢よく飛込んだが――」

「まだ話があるのか」

「話はこれからが面白くなるんで、橋の下に船を入れて待ち構へた船頭が、すぐ万兩息子の半次郎を引あげましたが、どうしたことか、肝腎の心中相手のお小夜が見付からない」

「――」

「船の中にはこの心中狂言の作者猪之松と、船頭の爲五郎、救ひあげられた若旦那の半次郎の三人だけ、埋立地の出語りは、何んの役にも立たず、提灯が一つでは眞黒な水の中に落ちた、男と女を救ふ手が廻らなかつたのも無理はありません。大變な騷ぎになりました。その騷ぎに驚いて驅けつけた近所の人達も、灯が無くてはどうすることも出來ず、船頭の爲五郎が水の中に飛び込んで、船の下に吸ひ込まれて、船底に張りつくやうになつて居た女を救ひ上げたときは、宜い加減時が經つたので、可哀想にお小夜は綺麗な人形のやうになつて、死んでゐたといふのです」

「藝子が一人、元柳橋から身投げをして死んだと聽いたやうに思ふが、それはその心中の片割れだつたのか」

三月前、秋の初めの頃の話、平次も漸くその事件を思ひ出しました。

「これが表沙汰になれば、万兩息子の半次郎は、相對死の片割れで、日本橋の袂に三日晒された上、非人頭の手に引取られ、人別を拔かれることになります」

「――」

それは江戸の法規で、心中の流行に手を燒いた幕府は、心中崩れの男女に、念入りの醜體をさらさせることを考へたのです。

「ところが、鍵屋の伜半次郎が、日本橋に曝し物になつたとも、非人にされたとも聽かなかつたでせう――皆んな金ですよ、鍵屋の主人源兵衞が、千兩箱を持出して、思ふ存分の金をバラ撒き、お小夜が一人水死したといふことで市が榮えましたよ」

「それが本當なら隨分氣の毒なことだな。ところで、話はそれつ切りか」

「癪にさはるがそれつ切りですよ、尤も、お小夜が万兩さんから貰つた筈の五百兩は、それつ切り見當らず、本當に貰つたか貰はなかつたか、それとも、人に盜られたか、今では見當もつきません。五百兩は大金だが、死んだお小夜が六道錢の代りにあの世へ持つていつたかも知れませんね」

「馬鹿なことを」

八五郎の話に、平次は苦笑ひしましたが、事件はこれでは濟まなかつたのです。

Chapter 1 of 6