Chapter 1 of 7

「泥棒の肩を持つのは穏かではないな」

唐船男爵は、心持その上品な顔をひそめて、やや胡麻塩になりかけた髭に、葉巻の煙を這わせました。

日曜の午後二時、男爵邸の小客間に集った青年達は、男爵を中心に、無駄話の花を咲かせて、長閑な春の日の午後を過して居ります。

「肩を持つという訳ではありませんが、あの『判官三郎』と名乗る泥棒ばかりは憎めませんよ。第一あれは驚くべきスポーツマンで……」

というのは、会社員の黒津武、運動家らしいキリリとした身体、勤柄で真面目な紺の背広は着て居りますが、上着一枚脱げば、何時でもラケットを握る用意が出来て居ようという、気のきいた男前です。

「というと、君自身が覘われた事でもありそうだが」

これは宮尾敬一郎という、金持の坊ちゃんです。映画とスポーツと音楽の通で知らないものは、月給を取る方法と金を儲ける方法だけといった、典型的の有閑青年。

「僕じゃない、僕の伯父がやられたんだ」

「君の伯父さん? ……成る程、君の伯父さんというと、富豪の筒井氏だネ、何んでも避雷針を伝わって空気抜から入って、抵当に預った曲玉や管玉や、素晴らしい古代の宝玉を苦もなく奪われたというではないか」

「それだよ、伯父の悪口をいっちゃすまないが、世間から『地獄の筒井』といわれる位だから、伯父のやり口も充分悪かった」

「あの古代の宝玉というのは、有名な蒐集家の遺族から預って、金を返す期限が二三日遅れたというので、涙を流して頼みこむ預け主へ、どうしても返さずに居た品物だというじゃないか」

「その通り、残念乍ら僕も伯父の弁護だけは出来ないよ、義賊気取りの判官三郎に覘われたのも無理は無いさ」

「マア黒津さん、そんなに伯父さんの悪口を仰しゃるものじゃありませんワ」

後ろの方から、洗練された美しい声、振り返って見ると、次の間に通ずる扉を背にして、オパール色の洋服を着た、目の覚めるような美しい娘が立って居ります。

「オ、栄子さん、丁度いいところへ」

青年達は、腰を浮かして、この美しい人を迎えました。唐船男爵の一粒種で、才色兼備の見本のような令嬢、毎月変った姿態の写真が、二枚や三枚は、婦人雑誌へ出ない事が無いという、一代の人気を背負って立ったような令嬢です。

「黒津君が伯父さんの悪口をいうのは、存分にお小遣が貰えないからなんですよ……」

「マア」

「コラ何を人聞の悪い事をいう、君のようなノラクラ者と違って、これでも独立独歩の月給取だぞ、お小遣に困るようなサモしいんじゃない」

「ハッハッハッ、まあ怒るな。ところで英子さん、今ここで、判官三郎の噂をして居たんですが、あなたはどうお思いになります?」

「まあ素的ネ」

「判官三郎を憎んだものだろうか、それとも讃美したものだろうかと言うのです」

「憎むところなんかありませんワ。判官三郎は神出鬼没の怪盗ですけれど、意地の悪いことや、残酷なことは決してしません。反って悪い者を懲しめて、弱い者を助けるというじゃありませんか。丁度アルセーヌ・ルパンのようネ、身軽で、冒険好きで、快活で、大胆で、第一義侠的なところがいいワ」

「これこれ何をいうのじゃ、泥棒崇拝は少し慎しんだがよかろう、深山君、君はこの問題をどう思うネ?」

「…………」

男爵に声をかけられて、僅に顔を上げたのは、一人離れて、長椅子の上に陣取った、深山茂という若い大学教授です。今まで読み耽って居た、外国語の分厚な本から離した眼は、深い瞑想に沈んで、今しがた何を問いかけられたかさえ解らないよう、もう一度促すように、静かに男爵の顔を見上げて、その黒耀石のような眼をまたたくのでした。

「判官三郎という、巨盗を君は知って居るかな」

「イヤ、一向……矢張り石川五右衛門といったような」

「プッ」

とうとう皆な吹出してしまいました。

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