Chapter 1 of 1

Chapter 1

ながい疾患のいたみも消えさり、

淺間の山の雪も消え、

みんなお客さまたちは都におかへり、

酒はせんすゐにふきあげ、

ちらちら緋鯉もおよぎそめしが、

私はひとりぽつちとなり、

なにか知らねど泣きたくなり、

せんちめんたるの夕ぐれとなり、

しくしくとものをおもへば、

仲よしの友だちうちつれきたり、

卵のごときもの、

菓子のごときもの、

林檎のごときものを捧げてまくらべにもたらせり、

ああ、けれども私はさびしく、

いまはひとりで旅に行く行く、

ながい病氣の巣からはなれて、

つばきの花咲く南の島へと行かねばならぬ、

つばめのやうに快活に、

とんでゆく、とんでゆく。

けふ利根川のほとりに來てみれば、

しだいに春のめぐみを感じ、

雪わり草のふくめるやうに、

つちはうららにもえあがり、

西も東も雪とけながれ、

めんめんとして山峽にながれ、

光り光れる山頂さへ、

ひろごる桑の畑さへ、

さびしい病人の涙をさそふよ、

しみじみとおもへば、

故郷の冬空はれ、寂しくて寂しくてたへざれば、

いまはいつさいのものと別れをつげ、

あしたはれいの背廣を着、

いつもの輕い靴をはき、

まだ見も知らぬ南の海へあそばうよ、

その心もちも快活に、

みなさんたちに別れをつげ、

きさらぎなかばのかしまだち、

小鳥ぴよぴよと空に鳴きつれ。

――二月一日――

●図書カード

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