Chapter 1 of 3

神聖だと云ふ事はいつたい何だらう? 彼女は、いつも、そんな場所に到ると、ふふんと、心の中で苦笑してゐた。金使ひが澁い癖に、藝者に對しては、まるで、犬猫同然にしか考へてゐない町長が、公のもよほしごとがあると、木石のやうな固さによそほうて、その式に參列し、きまつて、一場の訓辭をたれる。式が始まる前には、東方を向いて宮城禮拜があり、英靈に對して默祷がある。きまりきつた一つの型が、大眞面目で演じられる。誰一人として不思議がるものはない。美津江は、そんな場合に、立たされた時、きまつて、吐氣の來るやうな、憤りを感じないではゐられなかつた。

神聖とは殘忍なものだと思つた。

戰爭も神聖だと云はれてゐた。だけど、こんなに毎日が追ひたてられるやうな生活でゐて何が神聖なのだらうと、彼女は不思議で仕方がない。若い妻は、戰野に良人を送り、その良人の戰死を知つても、毎日の新聞は、涙一滴こぼさないこの勇婦たちをたゝへてゐる。

神聖な未亡人になつた以上、涙なぞ流しては人にわらはれるのである。戰爭は常に、神聖を強要した。

美津江はS町の藝者で、小さい時からの習慣でこの神聖と云ふ僞物を怖れてはゐなかつたけれども、その殘忍な效果には怖れをなしてゐた。一人の暖衣飽食も許さずと云ふおふれの建前から、藝者にも一課を與へようと云ふ論が起つて、美津江は五六人の同輩といつしよに、町の工場に通ひ、アルミ板の銹落しの女工になつて、神聖なる一課を受け持つたのであつた。針鼠のやうな、金屬性のブラシで、アルミニュウム板の銹を、一日ぢゆう、きいきいと音を立ててこする仕事だつた。同じ工場では、澤山の女學生も働いてゐた。みな、眞面目に働いてゐた。根つからの工員達がなまけてゐても、女學生だけは休みもしないでせつせと、工場の中をつばめのやうに行交うて働いてゐた。

女學生は、最も神聖さを好む人間だと、美津江は哀れみの思ひを持つて眺める場合がある。ねえ、めつたな口車には乘らないでね。必勝の信念で働けとか、戰場の勇士に負けぬやうにとか、全員火の玉とか、いくら、工場内にポスターを張りつけたつて、指令を出す上の役員が、夜は宴會つゞきで、あさましく、鯨飮馬食して涼しい顏をしてゐるのよ……

何も知らない、純眞な學生こそ氣の毒なものだと、美津江は、制服姿で働いてゐる女學生を呆んやりと眺める時があつた。

「この戰爭で、いまのところ、神聖な人間つて云ふのは、兵隊さんと、女學生きりだわ。ねえ、まアさん、さう思はない? 神聖なものはみじめよ。第一、馬鹿正直で、馬車馬みたいに走らされて、乘つかつてる人間は汗もかゝないつてことなのね……」

夜の座敷で、美津江は醉つて來ると、助役の眞木の膝をつゝいてはからみ始める。

「うん、美津も、醉つて、そんな理窟をこねなければ、俺の妾にしてやつてもいゝンだが、何しろ、お前は勝氣で困るんだよ」

湖上落月型と云ふ禿げかたをしてゐる、背のひくい助役の眞木は、好人物な笑ひ顏で、美津江の手をとつて握り締めてゐる。

十六の年から、さんざん東京で苦勞をした揚句、二十二の春、このS町にうつつて來た。今年は二十三、鼠の年ださうである。

すこうしばかり藪睨みで、左の眼の下に泣黒子がある。だから、美津江は、この泣黒子の爲に、一生不運なのだとあきらめてゐた。いままでに、好きな男の二人や三人はないではなかつたけれども、どの男にも、どうした事か縁がなかつた。

色白で、小さい顏のせゐか、子供々々してゐる。肉親と云へば、蝙蝠傘の修繕をしてゐる祖父が一人きり。驛の前の土産物屋の二階を借りさせて住はせてゐた。

三月九日の下町の空襲の時、淺草の松葉町で、すつてんてんに燒いてしまつて、文字通り命からがら、二人は知人を頼つてこの信州のS町にやつて來た。知人の世話で、接待婦と云ふ名目で、柳屋と云ふ家へ世話になつた。

美津江は東京がなつかしくて仕方がなかつた。美津江は、天井のひくい二階に、女達と寢起きしてゐるのだつたけれども、窓を開けると、戸隱とか、黒姫、高社の高い山々が見えて、五月頃になつても、眞白に雪をかぶつた山の姿が、美津江には淋しくてたまらなかつた。山には雪が白く光つてゐるのに、街道には簪のやうな櫻の花が咲き、麥畑がまつさをに陽に照らされてゐるのを見ると、美津江は、しみじみと田舍落ちして來たやうな氣がして、窓に凭れて、呆んやりと、その景色にみとれてゐる。何だか、ちぐはぐな景色だと思つた。そのくせ、夏は東京よりも暑く、冬が來ると、枕元に置いた飮みかけの茶さへ凍つて、手も足も出ない寒さになる。――一年たつたのか、一月たつたのか、考へに秩序がなくなつて、たゞ眼の前に見る人の顏や、景色だけが、水の流れのやうにすいすいと消えてゆく毎日であつた。

八月十五日、終戰のラジオを聽き、陛下のお聲に聲をしのんで泣いたくせに、美津江は、戰爭が濟んだ事に吻つとした。戰爭が濟んだと云ふ事が奇蹟のやうだつた。

S町では、終戰と同時に、娘を持つてゐる親達は、アメリカの兵隊が來ないうちに、もつと山の中へ隱さなければならないと、人知れず、山の中へ娘を連れて行つたものだつた。そのくせ、美津江達のやうな階級の女に對しては、平氣で、サアヴィスを頼むぞと云ふ氣配をみせて、露骨に、そんな慰安所をつくらうと計畫するむきもあつた。

美津江は厭な氣持ちだつた。

弱い者を何時も利用してゐる、町の有力者達のずるさがたまらなかつた。あれほど、人を見ることスパイの如く見てゐた人間達が、急に、根つからの自由主義者だつたのだと云はんばかりに、軍人の惡口を云ひ出し、果ては、戰死した將校の遺家族にさへも、辛くあたるやうな態度をみせはじめて來た。

夜の宴會はおほつぴらになり、いままではモンペを着て、座敷に出ると、そのモンペを買物籠にしまつてゐたものが、急に、自由時代になつたからと云つて、藝者は裾をひいて出るものだと知つたかぶりに通をふりまはす男も出て來たりした。

一應型通り、町長も助役も役を退いて、かつかうをつけたのだけれども、何時の間にか、勝手な輿論をつくつて、また、それぞれ、もとの役にもどつて知らん顏で、げらげら笑ひながら、役場の神棚を手荒くはづしてゐるのであつた。

形式的な神棚に反感を持つてゐた美津江も、今度は、かへつて、さうした手荒さではづされてゆく哀れな神棚に、ほろりとするものを感じてゐた。

美津江は、終戰になると、何時までも、かうした田舍にゐたくはなかつたけれども、急に行末の繁昌をみこして、手の裏を返すやうに、大切にしはじめたお神さんの口車に乘せられて、仲々東京に歸つてはゆけなかつた。

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