Chapter 1 of 21

交換船

霧のなかで夜が明けかけていた。暗い船窓の外が真珠母色になり、十月中旬のおだやかな海が白い波頭をひるがえして後へ流れているのがぼんやり見えてきた。

北米、中南米、カナダなどから引揚げた邦人二千四百名を乗せた第二回交換船の帝亜丸は時雨のような舳波の音をたてながら遠州灘を走っていた。山内竜平の船室では、義父にあたる野崎孝助と二人の息子が暗いうちから起きて、真剣な顔で何度目かの持物整理をやっていた。

孝助は紐育で「フード・センター」という野菜果物の大きな店をやっていた成功者の一人で、五人の子供はみなアメリカで生れた。長男の孝吉、次男の勇二、長女の千鶴子の三人は第一回交換船の浅間丸で帰り、三男の克巳と四男の四朗がこの船で引揚げてきた。克巳も四朗も仕事の関係でときどき日本へ帰っていたのでたいして感激はないらしいが、孝助は三十年ぶりの帰国なので、さすがに気持が落着かぬらしく、手を休めては窓をのぞきに行った。

「お富士さんはだめか。この霧さえなけれァ、御前崎の地方のアヤぐらいは見えるんじゃがのうし」

額の皺を船窓のガラスに貼りつけるようにして、おなじことをくどくどとくりかえした。

四朗は下段のコット・バアスの上へスーツ・ケースを置き、書類や古手紙を選りわけながら、うむうむ、とうなずいていたが、

「日本の景色なら、間もなくいやというほど見られるんだ。窓ばかり見ていないで、もう一度しっかり鞄の中をしらべておくほうがいいよ。憲兵が乗りこんでいるから、横浜へ着く前に検査をやるかもしれないぞ」

船牀の端へ鞄を投げだして煙草を吸っていた克巳が、

「おい四朗、あまりビクビクすると、大切なときにしくじってしまうぞ。われわれの心境はガラスみたいに透明なんだから、脅えることなんかない。ねえ、竜さん、四朗はすこし神経質になっていると思いませんか」

と上段の船牀を見あげながらいった。山内竜平は枕に肱を立てて、

「ふむ」と笑ってみせた。

四朗が神経質になるのも、克巳がわざとらしく落着いているのも、常態を失っている点では、たいしたちがいはない。山内自身もまわりを刺戟しないようにつとめて冷静にかまえているが、心のうちは笑うどころの騒ぎではなかった。

孝助は四朗のそばへ大鞄をひろげ、今更らしくゴソゴソやっていたが、

「これはどう。やはり破ってしまうほうがいいかしらん」

と思案顔で古写真を山内のほうへ伸べてよこした。

どこかの家の庭で、孝助がアメリカ人の家族と並んで写っている。

「これはローリーさんの記念の写真で、俺がアメリカへ行った最初の年の写真やはけ、これだけは残して置きたいと思うのやが」

「こんなものは大丈夫だとは思うが、これは誰で、どんな関係のアメリカ人だなんかと突っつきまわされるとうるさいね。なにを考えているかわからないような非常識な連中なんだから」

四朗がひきとっていった。

「それァ破いてしまったほうがいい。アメリカ人の写真を大切に持っているのは、それだけでも立派な親米だ」

孝助は晴れきらぬ顔で考えていたが、

「そうしようかの。よう破れんから、じゃァ、お前やってくれ」

と未練らしく四朗に写真をわたした。四朗は受けとってめちゃめちゃにひき裂くと、神経質に破片を拾い集めて船窓のほうへ行った。

「竜さん、なにか捨てるものはないかね。あるならいっしょに捨ててあげます」

「おれのほうはすんだよ」

「それならいいけど」

窓を開けると、冷たい海風といっしょに霧が煙のように船室に流れこんできた。

「ローリーさん、悪く思うな。こんな国へ来たんだから」

写真の破片は向い風にあおられて空へ吹きあがり、群れ蝶のようにヒラヒラ飛びちがいながらつぎつぎに波の間へ吸いこまれていった。

丸い船窓のなかで鋼鉄色の波がヌッと高まってはまたすぐ落ちこむように下っていく。日本近海の小刻みなうねりに揺られていると、ひと波ごとに内地が近寄ってくるのが感じられる。帰りたい帰りたいと、夢に見るほど憧れていたのに、内地が近くなるにつれて気持がだんだん暗くなってくる。おそらくもう二度と渡りかえすことのない海の広さを思い、なんともつかぬ愁いに沈んだ。

十五年の夏、「ロイター通信」のコックスという特派員がスパイ容疑で逮捕され、九段の東京憲兵隊本部で取調べを受けている最中、四階の窓から飛降り自殺をしたことがあった。アメリカのジャアナリズムは「日本憲兵の野蛮性」という大標題で一斉にこの事件をとりあげ、「コックスは自殺したのではなく、投げ落されるか、飛び降りを強要されたのだ」と断定し、推論の根拠として、それより一年ほど前、やはりスパイ容疑で取調べを受けた一通信員が東京で手に入れた「帝国憲兵要務綱領」といったようなものの内容を公開した。

それは、目的、意図、対象、監察、尾行、家宅捜査、拘引、訊問、留置、その他二十二の項目に分れ、「消滅」という項には、釈放したくない対象や、拷問されて死んだ容疑者の死体を消滅する方法まで綿密に考えている。「訊問」の項はこんなふうなものだった。

訊問一、鞭打チニヨル(訊問予備) 「ナゼオ前ハ逮捕サレタカ」と質問スル。「知ラヌ」ト答エタモノニ鞭打チ(五十回ヨリ二百回)ヲ与エル 鞭ノ種類。イ、懲治棒(又ハ木刀)ロ、籐(又ハ弓ノ折レ)ハ、金属ノ錘ノツイタ革鞭、ニ、鉄ノ鈎(六個ヨリ八個)ノツイタ革鞭 (「ハ」、「ニ」ヲ使用スル場合ハ、手向イヲセヌヨウ、柱ニ縛リツケルカ、両手錠ヲ施ス)二、指間ニ棒ヲ挾ム 各指間ニ直径八ミリ位ノ棒ヲ挾ミ、両手ニ固ク繃帯ヲ施スカ、繩ニテ巻キ締メ、四日ヨリ六日ノ間放置ス三、「ヨーチン」ノ塗布 頭ヲ剃リ、十個以上ノ創傷ヲツクッテ「ヨーチン」ヲ塗ル。男ハ亀頭ニ、女ハ乳嘴ニ施ス四、平板ノ抑圧ニヨル 床ニ仰臥セシメ、幅三尺、長サ五尺ノ平板ヲソノ胸ニ平ラニ置キ、三人又ハ五人ガ板ノ上ニ乗ッテ足踏ミスル五、「濡衣」ニヨル 「紀州ネル」ノ襦袢ヲ着セ、二時間毎ニ水ヲ浴セ、冷暗ナル場所ノ壁ニ背ヲ接シ、二十四時間ヨリ百時間マデ直立セシム六、灌水ニヨル 日本手拭ヲ顔ニカブセ、「バケツ」ニテ水注グ。水ガ口ヨリ鼻腔ニ及ビ、完全ニ窒息スルトコロニテ止ム。コノ方法ハ五、六回、連続反覆スル七、電流(一一〇ボルト)ニヨル 男ノ場合ハ電極ヲ腕又ハ鼻隔ニ、女ノ場合ハ乳嘴ニ接続スル八、鋼線ニヨル ギターノE線ヲ示シ、コレガ心臓ノ心室ニ達スレバ心臓麻痺ニテ致死スベキコトヲ予メ説明シテ置キ、四肢ヲ緊縛シテ床ニ平臥セシメ、鋼線ヲ胸郭ノ心部ニ徐々ニ刺シ通シ、「針金ハ皮下ヲ通ッタカ」「筋肉質ニ達シタカ」ト質問シ、逐次、返答セシム

以上二十六号まで、拷問の方法、器具、用法を精細に規定したものだった。

ところがそれから間もなく、待ってでもいたように国防保安法「法律第四十九号」が、議会を通過した。アメリカのジャアナリズムは、コックスのスパイ容疑は国防保安法を通過させるための対内的な宣伝で、コックスはその犠牲者だったのだと断定した。邦人の常識のあるいくらかは、日本の軍部は法案を強行通過させるために、無辜の外国人を謀殺するようなこともするのかと、いいようのない感情を味わった。

だがそういうことは誰もおぼえていなかった。故国へ帰るという当面の事情に陶酔してみな浮き浮きしていたが、帝亜丸が星港へ寄港したとき、B新聞の支局長がインタビュウにきて、第一回交換船の浅間丸で帰った千四百八十名の引揚者のうち、約三百名が監視を受け、約五十名が行動制限、約三十名が「危険」というレッテルを貼られて、山梨とか信州とかの奥で矯正労働をさせられているということをそれとなく仄めかした。

「外地にいて内地の事情にうとくなっていられる方は、戦時体制というものをよく理解できないかもしれませんが、内地の戦時生活に不自由を感じても、絶対に批判がましい口吻を洩らさないように。参謀本部などは、英米の引揚者を受入れるのは国内へ第五列を入れるようなものだといって、のっけから敵性国人の取扱いをしているらしい。ともかく横浜警察の査問は相当なものだということを覚悟していてください」

故意か偶然か、帝亜丸の図書室に「軍事警察雑誌」が五部ばかり備えつけてあって、それに「米英の引揚者の受入れに対する軍事警察の考課は、信用、許可、黙認、注意、不快、危険、の六階、云々」と書いてあった。なんのことかと思っていたが、ようやくそれが示唆する意味を理解することができた。

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