恐しいフーラー博士
昭和八年十二月三十一日、大晦日の夜も、博士と清君は遅くまで研究所に閉じこもっていた。
「おい、清、『最上』がすんだら、こんどは航空母艦『翔鶴』と潜水艦『富士』だぞ。この二隻が出来上ったら、米国海軍はお気の毒だが、もう日本に喧嘩を売らない方がいいね。」
武田博士は、机の上の設計図を睨みながら豪語した。
「そうですね。『富士』はすごいからなァ。こいつが出来たらきっと世界中の海軍が蒼くなりますよ。」
清君も頬を林檎のように赤くして興奮した。机の上には『極秘』の赤紙が貼られた怪潜水艦『富士』の青写真が、ものものしくひろげられている。
「『最上』なんかこいつにくらべたら、大したものじゃない。」
博士は唸るように低く叫んだ。
ああ潜水艦『富士』――それはどんなすばらしい戦闘力を持っているのだろうか。
「しかし、こいつをこしらえるのには一年かかる。その間に米国のフーラー博士が、黒鷲爆撃機を完成したらどうなるのだッ。――あの恐しい飛行機が出来たら、米国はきっと戦争をしかけて来るに違いないんだ。そしてわが海軍は大苦戦だぞ。――ああ、どうか一年間、戦争がないといいなァ、清。」
博士の顔には、くらい影がさした。
――米国には武田博士の好敵手フーラー博士がいる。昭和四年に東京でひらかれた世界工業大会で、二人は汽船の機関について大激論をやった。そして武田博士が勝ったのだ。
その時にフーラー博士は口惜しそうな顔をして、
「僕は今日かぎり造船学の研究はやめる。そして明日から航空学の研究をはじめるのだ。」
と宣言した。そして、
「汽船や軍艦はもう時代後だからね。これからは何といっても飛行機だよ。――」
と憎まれ口をたたいたのである。
そのフーラー博士が、最近、一通の手紙と、ものすごい爆撃機の設計図を送って来たのだ。
手紙には乱暴な走りがきでこんなことが書いてあった。
「おい武田君、君は相かわらずのろくさい巡洋艦の設計をやっているのかい? よせ、よせ、君のこしらえた巡洋艦なんか、僕の爆撃機にかかったら三分間でお陀仏だよ。
この設計図は僕が二年前に書いたものだ。もうこんなものは僕にとっては秘密でも何でもない反古紙同然だがね。君の国へ持って行ったら五百万円ぐらいには売れるだろう。どうだ、この僕の設計図を日本海軍へ売ってみないか。そしたら君は大金持だ。武田君、僕は君が痩我慢を捨てて、僕の軍門に下ることを祈る。僕が生きているかぎり、日本はとてもわが米国と戦争なんか出来っこないよ。」
傍若無人――無礼千万な言葉ではないか。
しかし、自慢するだけあって、フーラー博士の設計図は、実に恐しいものだった。
わが海軍航空本部の一流の技師が、くわしく調べてみて、みなゾッとして身ぶるいしたのだ。
「もし、こんな奴が本当に出て来るんだったら、『陸奥』『長門』だって危いぞッ。」
と、豪傑の名の高い横須賀航空廠の技術部長大迫大佐さえ、眼の色を変えたのである。
だが、武田博士は負けなかった。博士は返事を書いた。
「親愛なるフーラー博士よ。お手紙と設計図はたしかに拝見した。さすがにエジソン第二世とよばれるだけあって、君の腕前にはわが海軍もちょっと感心していたよ。しかし、あんなもので僕をおどそうとしたって、それは駄目だ。僕の研究はもっと深いところへ進んでいるよ。ああ君がもしも僕の潜水艦『富士』の戦闘力を知ったらどうするだろうか。――フーラー博士よ。僕は米国に忠告する。もしも君等が日本に挑戦したら、それこそひどい目にあうぞ。」と。