Chapter 1 of 13
はしがき
社会現象の過程は、全体性においてのみ完全に理解することができるので、それを部分的に、局所的に理解することは不可能である。だから、昭和四年の文壇に起こった現象の過程も、他の社会現象との連関において、また、少なくも最近数年間の過程との連関においてのみ、はじめて理解することを許されるであろう。だが、ここではそういう企図ははじめから放擲せねばならぬ。私はただ若干の特徴的な事実を列挙し、それに対する簡単な解説を加えることだけで満足し、それ以上の仕事は読者自身に一任しておこうと思う。
それに私はいま正確な資料を前においてこの文章を起草しているのではなくて、思い出すままに筆をとっているのであるから、記憶の不正確をおそれて、具体的な記述に入ることはなるべく避けようと思う。また、ここに許された程度の紙面では、具体的記述にわたることは、実際にそうしようと思ってもできるものでない。
なるべく公平に見てゆこうと思うのだが、これも畢竟私の眼で見た公平にすぎないので、すべての人が私と同じ眼をもっていない以上不可能なことであろう。