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女大学評論
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女大学評論
福沢諭吉
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Chapter 3 of 6

3

婦人に主君なしと言う。此主君とは抑も何者なるや。記者は封建時代の人にして、何事に就ても都て其時代の有様を見て立論することなれば、君臣主従は即ち藩主と士族との関係にして、其士族たる男子には藩の公務あれども、妻女は唯家の内に居るが故に婦人に主君なしと放言したることならんか。若しも然るときは百姓町人は男子にても藩務に関係なければ男女共に主君なしと言わざるを得ず。左りとは不都合なる可し。或は百姓が年貢を納め町人が税を払うは、即ち国君国主の為めにするものなれば、自ら主君ありと言わんか。然らば即ち其年貢の米なり税金なり、百姓町人の男女共に働きたるものなれば、此公用を勤めたる婦人は家来に非ず領民に非ずと言うも不都合ならん。詰る所婦人に主君なしとの立言は、封建流儀より割出しても無稽なりと言うの外なし。此辺は枝葉の議論として姑く擱き、扨婦人が夫に対して之を軽しめ侮る可らずとは至極の事にして婦人の守る可き所なれども、今の男女の間柄に於て弊害の甚しきものを矯正せんとならば、我輩は寧ろ此教訓を借用して逆に夫の方を警めんと欲する者なり。顔色言語の慇懃にして和順なるは特に男子の方に向てこそ望ましけれ。元来婦人の性質は穎敏にして物に感ずること男子よりも甚しきの常なれば、夫たる者の無礼無作法粗野暴言、やゝもすれば人を驚かして家庭の調和を破ること多し。之を慎しむは男子第一の務なる可し。又夫の教訓あらば其命に背く可らず、疑わしきことは夫に問うて其下知に従う可し、夫若し怒るときは恐れて之に従い、諍うて其心に逆う可らずと言う。夫の智徳円満にして教訓することならば固より之に従い、疑わしき事も質問す可きなれども、是等は元来人物の如何に由る可し。単に夫なればとて訳けも分らぬ無法の事を下知せられて之に盲従するは妻たる者の道に非ず。況して其夫が立腹癇癪などを起して乱暴するときに於てをや。妻も一処に怒りて争うは宜しからず、一時発作の病と視做し一時これを慰めて後に大に戒しむるは止むを得ざる処置なれども、其立腹の理非をも問わず唯恐れて順えとは、婦人は唯是れ男子の奴隷たるに過ぎず、感服す可らざるのみか、末段に女は夫を以て天とす云々に至りては、殆ど評論の言葉もある可らず。妻が夫を天とすれば、夫は妻を以て神とす可し。夫に逆いて天罰を受く可らずと言えば、妻を虐待して神罰を被る勿れと、我輩は言わんと欲する者なり。

一 兄公女公は夫の兄弟なれば敬ふ可し。夫の親類に謗られ憎るれば舅姑の心に背て我身の為には宜からず。睦敷すればの心にも協う。又を親み睦敷すべし。殊更夫の兄嫂は厚敬ふべし。我昆姉と同じくすべし。

兄公女公に敬礼を尽して舅姑の感情を傷わず、と睦じくして夫の兄嫂に厚くするは、家族親類に交わるの義務にして左もある可きことなれども、夫の兄と嫂とは元来骨肉の縁なきものなるに、之を自分の実の昆姉同様にせよとは請取り難し。一通り中好くして睦じく奇麗に附合うは宜し。我輩も勉めて勧告する所なれども、真実親愛の情に至て彼れと此れと果して同様なるを得べきや否や。我輩は人間の天性に訴えて叶わぬことゝ断言するものなり。

一 嫉妬の心努発すべからず。男婬乱なれば諫べし。怒怨べからず。妬甚しければ其気色言葉も恐敷冷して、却て夫に疏れ見限らるゝ物なり。若し夫不義過あらば我色を和らげ声を雅にして諫べし。諫を聴ずして怒らば先づ暫く止めて、後に夫の心和ぎたる時又諫べし。必ず気色を暴し声をいらゝげて夫に逆い叛ことなかれ。

此一章は専ら嫉妬心を警しむるの趣意なれば、我輩は先ず其嫉妬なる文字の字義を明にせんに、凡そ他人の為す所にして我身の利害に関係なきことを羨み、怨み憎らしく思い、甚しきは根もなきことに立腹して他の不幸を祈り他を害せんとす、之を嫉妬と言う。例えば隣家は頻りに繁昌して財産も豊なるに、我家は貧乏の上に不仕合のみ打続く、羨ましきことなり憎らしきことなり、隣翁が何々の方角に土蔵を建てゝ鬼瓦を上げたるは我家を睨み倒さんとするの意なり、彼の土蔵が火事に焼けたらば面白からん、否な人の見ぬ間に火を附けて呉れんなど、世にもあられぬことを思うて独り煩悶するが如き、嫉妬の甚しきものにして、斯る嫉妬心は努発す可らず、我輩の堅く警しむる所なれども、本文に言う嫉妬の心云々とは果して此種の嫉妬なるや否や、篤と吟味す可き所のものなり。書中、男婬乱ならば諫む可しとあり。左れば夫の婬乱不品行は実証既に明白にして、此事果して妻たる者の身に関係なくして、隣の富家翁が財産を蓄え土蔵を建築したるの類に比較す可きや否や。隣家の貧富は我家の利害に関係なしと雖も、夫の婬乱不品行は直接に妻の権利を害するものにして、固より同日の論に非ず。抑も一夫一婦家に居て偕老同穴は結婚の契約なるに、其夫婦の一方が契約を無視し敢て婬乱不品行を恣にし他の一方を疏外するが如きは、即ち之を虐待し之を侮辱することにして、破約加害の大なるものなれば、被害者たる婦人が正々堂々の議論以て其罪を責むるは、契約の権利を護るの法にして、固より嫉妬の痴情に駆らるゝものに非ず。但し其これを議論するに声色を温雅にするは上流社会の態度に於て自然に然る可し。我輩に於ても固より其野鄙粗暴を好まず、女性の当然なりと雖も、実際不品行の罪は一毫も恕す可らず、一毫も用捨す可らず。之が為めに男子の怒ることあるも恐るゝに足らず、心を金石の如くにして争うこそ婦人の本分なれ。女大学記者は是等の正論を目して嫉妬と言うか。我輩は之を婦人の正当防禦と認め、其気力の慥かならんことを勧告する者なり。記者は前節婦人七去の条に、婬乱なれば去ると記し、婦人が不品行を犯せば其罪直に放逐と宣告しながら、今こゝには打て替り、男子が同一様の罪を犯すときは、婦人は之を怒りもせず怨みもせず、気色言葉を雅にして、却て其犯罪者に見限られぬように注意せよと言う。其偏頗不公平唯驚くに堪えたり。畢竟記者は婚姻契約の重きを知らず、随て婦人の権利を知らず、恰も之を男子手中の物として、要は唯服従の一事なるが故に、其服従の極、男子の婬乱獣行をも軽々に看過せしめんとして、苟も婦人の権利を主張せんとするものあれば、忽ち嫉妬の二字を持出して之を威嚇し之を制止せんとす。之を喩えば青天白日、人に物を盗まれて、証拠既に充分なるに、盗賊を捕えて詮議せんとすれば則ち貪慾の二字を持出し、貪慾の心は努発す可らず、物を盗む人あらば言語を雅にして之を止む可し、怒り怨む可らず、尚お其盗人が物を返さずして怒ることあらば、暫く中止して復た後にす可しと教うるが如し。婦人の権利を無視して其人を蔑如するも甚しと言う可し。或は婦人が漫に男子の挙動を疑い、根もなき事に立腹して平地に波を起すが如き軽率もあらんか、是れぞ所謂嫉妬心なれども、今の男子社会の有様は辛苦して其微を窺うに及ばず、公然の秘密と言うよりも寧ろ公然の公けとして醜体を露す者こそ多けれ。家に遺伝の遺産ある者、又高運にして新に家を成したる者、政府の官吏、会社の役人、学者も医者も寺の和尚も、衣食既に足りて其以上に何等の所望と尋ぬれば、至急の急は則ち性慾を恣にするの一事にして、其方法に陰あり陽あり、幽微なるあり顕明なるあり、所謂浮気者は人目も憚らずして遊廓に狂い芸妓に戯れ、醜体百出人面獣行、曾て愧るを知らずして平気なる者あり。是れより以上醜行の稍や念入にして陰気なるは、召使又は側室など称し、自家の内に妾を飼うて厚かましくも妻と雑居せしむるか、又は別宅を設けて之を養い一夫数妾得々自から居る者あり。正しく五母鶏、二母の実を演ずるものにして、之を評して獣行と言うより他に穏当の語はなかる可し。鶏とは真実鳥獣なるが故に、五母二母孰れか妻にして孰れか妾なるや其区別もなく、又その間に嫉妬心も見えず権利論も起らざるが如くなれども、万物の霊たる人間は則ち然らず、人倫の大本として夫婦婚姻を契約したる其婦人が、配偶者の狂乱破約を見て不平なからんと欲するも得べからず。其不平の意を明にして破約者の非を改めしむるは婦人の権利なり。漫に嫉妬なる文字を濫用して巧に之を説き、又しても例の婦人の嫉妬など唱えて以て世間を瞞着せんとするも、人生の権利は到底無視す可らざるものなり。

然るに男尊女卑の習慣は其由来久しく、習慣漸く人の性を成して、今日の婦人中動もすれば自から其権利を忘れて自から屈辱を甘んじ、自から屈辱を忍んで終に自から苦しむ者多し。唯憐む可きのみ。其然る所以は何ぞや。幼少の時より家庭の教訓に教えられ又世間一般の習慣に圧制せられて次第に萎縮し、男子の不品行を咎むるは嫉妬なり、嫉妬は婦人の慎しむべき悪徳なり、之を口に発し色に現わすも恥辱なりと信じて、却て他の狂乱を許して次第に増長せしむるが故なり。畢竟するに婦人が婚姻の契約を等閑に附し去り、却て自から其権利を棄てゝ自から鬱憂の淵に沈み、習慣の苦界に苦しむものと言う可し。啻に自身の不利のみならず、男子の醜行より生ずる直接間接の影響は、延て子孫の不幸を醸し一家滅亡の禍根にこそあれば、家の主婦たる責任ある者は、自身の為め自家の為め、飽くまでも権利を主張して配偶者の乱暴狼藉を制止せざる可らず。吾々の勧告する所なり。

人或は言わん、右に論ずる所、道理は則ち道理なれども、一方より見れば今日女権の拡張は恰も社会の秩序を紊乱するものにして遽に賛成するを得ずとて、躊躇する者もあらんかなれども、凡そ時弊を矯正するには社会に多少の波瀾なきを得ず。其波瀾を掛念とならば、黙して弊事の中に安んずるの外なし。近くは三十年前の王政維新は、徳川政府の門閥圧制を厭うて其悪弊を矯めんとし、天下に大波瀾を起して其結果遂に目出度く新日本を見たることなり。当時若し社会の秩序云々に躊躇したらんには、吾々日本国民は今日尚お門閥の下に匍匐することならん。左れば今婦人をして婦人に至当なる権利を主張せしめ、以て男女対等の秩序を成すは、旧幕府の門閥制度を廃して立憲政体の明治政府を作りたるが如し。政治に於て此大事を断行しながら人事には断行す可らざるか、我輩は其理由を見るに苦しむものなり。況して其人事に就ては既に法典を発行して、男女婚姻等の秩序は親族篇にも明文あり。唯この上は女子社会の奮発勉強と文明学士の応援とを以て反正の道に進む可きのみ。事は新発明新工夫に非ず。成功の時機正に熟するものなり。

一 言葉を慎みて多すべからず。仮にも人を誹り偽を言べからず。人の謗を聞ことあらば心に納て人に伝へ語べからず。譏を言伝ふるより、親類とも間悪敷なり、家の内治らず。

言語を慎みて多くす可らずとは、寡黙を守れとの意味ならん。諺に言葉多きは科少なしと言い、西洋にも空樽を叩けば声高しとの語あり。愚者の多言固より厭う可し。況して婦人は静にして奥ゆかしきこそ頼母しけれ。所謂おてんばは我輩の最も賤しむ所なれども、唯一概に寡黙を守れとのみ教うるときは、自から亦弊害なきに非ず。婦人の既に年頃に達したる者が、人に接して用談は扨置き、寒暖の挨拶さえ分明ならずして、低声グツ/\、人を困却せしむるは珍らしからず。殊に病気の時など医師に対して自から自身の容態を述ぶるの法を知らず、其尋問に答うるにも羞ずるが如く恐るゝが如くにして、病症発作の前後を錯雑し、寒温痛痒の軽重を明言する能わずして、無益に診察の時を費すのみか、其医師は遂に要領を得ずして処方に当惑することありと言う。言語を慎み寡黙を守ると言う、其寡黙も次第に之に慣るゝときは、人生に必要なる弁舌の能力を枯らして、実用に差支を生ずるに至る可し。我輩とても敢て多弁を好むに非ざれども、唯徒に婦人の口を噤して能事終るとは思わず。在昔大名の奥に奉公する婦人などが、手紙も見事に書き弁舌も爽にして、然かも其起居挙動の野鄙ならざりしは人の知る所なり。参考の価ある可し。左れば今の女子を教うるに純然たる昔の御殿風を以てす可らざるは言うまでもなきことなれども、幼少の時より国字の手習、文章手紙の稽古は勿論、其外一切の教育法を文明日進の方針に仕向けて、物理、地理、歴史等の大概を学び、又家の事情の許す限りは外国の語学をも勉強して、一通りは内外の時勢に通じ、学者の談話を聞ても其意味を解し、自から談話しても、其意味の深浅は兎も角も、弁ずる所の首尾全うして他人の嘲を避ける位の心掛けは、婦人の身になくて叶わぬ事なり。然るに此女大学の全編、曾て一語も女子智育の要に論及したることなきは遺憾と言う可し。扨又本章中、人を誹り偽を言う可らず、人の謗を伝え語る可らず云々は、固より当然のことにして、特に婦人に限らず男子に向ても警しむ可き所のものなれば、評論を略す。

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