Chapter 1 of 4

1

自然における神の道は、摂理におけると同様に、われら人間の道と異なっている。また、われらの造る模型は、広大深玄であって測り知れない神の業にはとうていかなわない。まったく神の業はデモクリタスの井戸よりも深い。

ジョオゼフ・グランヴィル

私たちはそのとき峨々としてそびえ立つ岩の頂上にたどりついた。四、五分のあいだ老人はへとへとに疲れきって口もきけないようであった。

「まだそんなに古いことではありません」と、彼はとうとう話しだした。「そのころでしたら、末の息子と同じくらいにらくらくと、この道をご案内できたのですがね。それが三年ほど前に私は、どんな人間も遭ったことのないような――たとえ遭ったにしても、生き残ってそれを話すことなんぞはとてもできないような――恐ろしい目に遭って、そのときの六時間の死ぬような恐ろしさのために、体も心もすっかり参ってしまったものでしてね。あなたは私をずいぶん老人だと思っていらっしゃる――が、ほんとうはそうじゃないのですよ。たった一日もたたないうちに、真っ黒だった髪の毛がこんなに白くなり、手足の力もなくなって、神経が弱ってしまいました。だからいまでは、ほんのちょいとした仕事にも体がぶるぶる震え、ものの影にもおびえるような有様です。こんな小さい崖から見下ろしても眩暈がするんですからね」

その「小さい崖」の縁に、彼は体の重みの半分以上も突き出るくらい無頓着に身を投げだして休んでいて、ただ片肘をそのなめらかな崖ぎわにかけて落ちないようにしているだけなのであるが、――この「小さい崖」というのは、なんのさえぎるものもない、切り立った、黒く光っている岩の絶壁であって、私たちの下にある重なりあった岩の群れから、ざっと千五、六百フィートもそびえ立っているのである。どんなことがあろうと、私などはその崖の端から六ヤード以内のところへ入る気がしなかったろう。実際、私は同行者のこの危険この上ない姿勢にまったく度胆を抜かれてしまい、地上にぴったりと腹這いになって、身のまわりの灌木にしがみついたまま、上を向いて空を仰ぐ元気さえなかった。――また吹きすさぶ風のために山が根から崩れそうだという考えを振いおとそうと一所懸命に努めたが、それがなかなかできないのであった。どうにか考えなおして坐って遠くを眺めるだけの勇気を出すまでには、だいぶ時間がかかった。

「そんな弱い心持は、追っぱらってしまわねばなりませんね」と案内者が言った。「さっき申しましたあの出来事の場所全体がいちばんよく見渡せるようにと思って、あなたをここへお連れしてきたので――ちょうど眼の下にその場所を見ながら、一部始終のお話をしようというのですから」

「私たちはいま」と彼はその特徴である詳しい話しぶりで話をつづけた、――「私たちはいま、ノルウェーの海岸に接して――北緯六十八度――広大なノルドランド州の――淋しいロフォーデン地方にいるのです。いまそのてっぺんに坐っているこの山は、ヘルゼッゲン、雲の山です。さあ、もう少し伸びあがってください、――眩暈がするようでしたら草につかまって――そう、そんなふうに――そうして、帯のようになっている靄の向うの、海の方をご覧なさい」

私は眩暈がしそうになりながらも見た。すると広々した大洋が見える。その水の色はインクのように黒いので、私の頭にはすぐヌビアの地理学者の書いた Mare Tenebrarum(1)についての記述が思い出された。これ以上に痛ましくも荒寥とした展望は、どんな人間の想像でも決して思い浮べることができない。右を見ても左を見ても眼のとどくかぎり、恐ろしいくらいに黒い突き出た絶壁が、この世界の城壁のように長くつらなっている。その絶壁の陰鬱な感じは、永遠に咆哮し号叫しながら、それにぶつかって白いもの凄い波頭を高くあげている寄波のために、いっそう強くされているばかりであった。私たちがその頂上に坐っている岬にちょうど向きあって、五、六マイルほど離れた沖に、荒れ果てた小島が見えた。もっとはっきり言えば、果てしのない波濤の彼方に、それにとり囲まれてその位置が見分けられた。それから約二マイルばかり陸に近いところに、それより小さな島がもう一つあった。岩石で恐ろしくごつごつした不毛な島で、一群の黒い岩がその周囲に点々として散在している。

海の様子は、この遠い方の島と海岸とのあいだのところでは、なにかしらひどく並々でないところがあった。このとき疾風が非常に強く陸の方へ向って吹いていたので、遠くの沖合の二本マストの帆船が二つの縮帆部をちぢめた縦帆を張って停船(2)し、しかもなお、その全船体をしきりに波間に没入していたが、その島と海岸とのあいだだけは、規則的な波のうねりらしいものがぜんぜんなく、ただ、あらゆる方向に――風に向った方にもその他の方向と同じように――海水が短く、急速に、怒ったように、逆にほとばしっているだけであった。泡は岩のすぐ近いところのほかにはほとんど見えない。

「あの遠い方の島は」と老人はまた話しはじめた。「ノルウェー人がヴァルーと言っています。真ん中の島はモスケーです。それから一マイル北の方にあるのはアンバーレン。向うにあるのはイスレーゼン、ホットホルム、ケイルドヘルム、スアルヴェン、ブックホルム。もっと遠くの――モスケーとヴァルーとのあいだには――オッテルホルムとフリーメンとサンドフレーゼンと、ストックホルムとがあります。これはみんなほんとうの地名なんですが――いったいどうしてこういちいち名をつける必要があったのかということは、あなたにも私にもわからないことです。そら、なにか聞えませんか? 水の様子になにか変ったことがあるのがわかりませんか?」

私たちはヘルゼッゲンの頂上にもう十分ばかりいた。ここへ来るにはロフォーデンの奥の方からやってきたので、途中では海がちっとも見えなくて、絶頂に来て初めて海がぱっと眼の前に展開したのである。老人がそう言ったときに、私はアメリカの大草原における野牛の大群の咆哮のようなだんだんと高まってゆく騒々しい物音に気がついた。と同時にまた、眼の下に見えていた船乗りたちのいわゆる狂い波(3)が、急速に東の方へ流れる潮流に変りつつあることに気がついた。みるみるうちに、この潮流はすさまじく速くなった。刻一刻と速さを増し――せっかちな激しさを加えた。五分もたつと、ヴァルーまでの海は一面に抑えきれぬ狂瀾怒濤をまき上げた。が、怒濤のいちばんひどく猛り狂っているのはモスケーと海岸とのあいだであった。そこではひろびろとたたえている海水が、裂けて割れて無数の衝突しあう水路になったかと思うと、たちまち狂おしく痙攣し、――高まり、湧きたち、ざわめき、――巨大な無数の渦となって旋回し、まっさかさまに落下する急流のほかにはどこにも見られぬような速さで、渦巻きながら、突進しながら、東の方へ流れてゆく。

それからさらに四、五分たつと、この光景にまた一つの根本的な変化が起った。海面は一般にいくらか穏やかになり、渦巻は一つ一つ消えて、不思議な泡の縞がいままでなにもなかったところにあらわれるようになったのだ。この縞はしまいにはずっと遠くの方までひろがってゆき、互いに結びあって、いったん鎮まった渦巻の旋回運動をふたたび始め、さらに巨大な渦巻の萌芽を形づくろうとしているようであった。とつぜん――まったくとつぜんに――これがはっきり定まった形をとり、直径一マイル以上もある円をなした。その渦巻の縁は、白く光っている飛沫の幅の広い帯となっている。しかしその飛沫の一滴さえもこの恐ろしい漏斗の口のなかへ落ちこまない。その漏斗の内側は、眼のとどくかぎり、なめらかな、きらきら輝いている黒玉のように黒い水の壁であって、水平線にたいして約四十五度の角度で傾斜し、揺らぎながら恐ろしい速さで目まぐるしくぐるぐるまわり、なかば号叫し、なかば咆哮し、かのナイヤガラの大瀑布が天に向ってあげる苦悶の声さえかなわないような、すさまじい声を風に向ってあげているのだ。

山はその根からうち震え、岩は揺れた。私はぴったりとひれ伏して、神経の激動のあまり少しばかりの草にしがみついた。

「これこそ」と、私はやっと老人に言った、――「これこそ、あのメールストロム(4)の大渦巻なんですね」

「ときには、そうも言いますが」と彼は言った。「私どもノルウェー人は、あの真ん中にあるモスケー島の名をとって、モスケー・ストロムと言っております」

この渦巻についての普通の記述は、いま眼の前に見たこの光景にたいして、少しも私に前もって覚悟させてくれなかった。ヨナス・ラムス(5)の記述はおそらくどれよりもいちばん詳しいものではあろうが、この光景の雄大さ、あるいは恐ろしさ――あるいは見る者の度胆を抜くこの奇観の心を奪うような感じ――のちょっとした概念をも伝えることができない。私はこの著者がどんな地点から、またどんな時刻に、この渦巻を見たのかは知らない。が、それはヘルゼッゲンの頂上からでもなく、また嵐の吹いているあいだでもなかったにちがいない。しかし彼の記述のなかには、その光景の印象を伝えるにはたいへん効果は弱いが、その詳しい点で引用してもよい数節がある。

彼はこう書いている。「ロフォーデンとモスケーとのあいだにおいては、水深三十五尋ないし四十尋なり。されど他の側においては、ヴェル(ヴァルー)に向いてこの深さはしだいに減り、船舶の航行に不便にして、静穏な天候のおりにもしばしば岩礁のために難破するの危険あり。満潮時には潮流は猛烈なる速度をもってロフォーデンとモスケーとのあいだを陸に向って奔流す。されどその激烈なる退潮時の咆哮にいたりては、もっとも恐ろしき轟々たる大瀑布も及ぶところにあらず、――その響きは数リーグの遠きに達す。しかしてその渦巻すなわち凹みは広くかつ深くして、もし船舶にしてその吸引力圏内に入るときは、かならず吸いこまれ海底に運び去られて岩礁に打ちくだかれ、水力衰うるに及び、その破片ふたたび水面に投げ出されるなり。しかれども、かく平穏なる間隙は潮の干満の交代時に、しかも天候静穏の日に見るのみにして、十五分間継続するにすぎず、その猛威はふたたびしだいに加わる。潮流もっとも猛烈にして暴風によってさらにその狂暴を加うるときは、一ノルウェー・マイル以内に入ること危険なり。この圏内に入らざるうちにそれにたいして警戒するところなかりしため、端艇、快走船、船舶など多く海底に運び去られたり。同様に鯨群のこの潮流の近くに来たり、その激烈なる水勢に巻きこまるること少なからず、逃れんとするむなしき努力のなかに叫喚し、怒号するさまは筆の及ぶところにあらず。かつて一頭の熊ロフォーデンよりモスケーに泳ぎわたらんとして潮流に巻きこまれて押し流され、そのもの凄く咆哮する声は遠く岸にも聞えたるほどなりき。樅、松などの大なる幹、潮流に呑まれたるのちふたたび浮び上がるや、はなはだしく折れ砕けてあたかもそが上に剛毛を生ぜるがごとく見ゆ。こは明らかに、渦巻の底の峨々たる岩石より成り、そのあいだにこれらの木材のあちこちと旋転することを示すものなり。この潮流は海水の干満によりて支配せらる、――すなわち常に六時間ごとに高潮となり落潮となる。一六四五年、四旬斎前第二日曜の早朝、その怒号狂瀾ことにはげしく、ために海辺なる家屋の石材すら地に崩落せり」

水深については、どうして渦巻のすぐ近くでこういうことが確かめられたか私にはわからぬ。この「四十尋」というのは、モスケーかあるいはロフォーデンかどちらかの岸に近い、海峡の一部分にだけあてはまることにちがいない。モスケー・ストロムの中心の深さはもっと大したものにちがいなく、この事実のなによりの証拠は、ヘルゼッゲンの頂の岩上からこの渦巻の深淵をななめに一見するだけで十分である。この高峰から眼下の咆哮する phlegethon(6)を見下ろしながら、私は鯨や熊の話をさも信じがたい事がらのように書いているかの善良なヨナス・ラムス先生の単純さに微笑せずにはいられなかった。というのは、現存の最大の戦闘艦でさえ、この恐ろしい吸引力のおよぶ範囲内に来れば、一片の羽毛が台風に吹きまくられるようになんの抵抗もできずに、たちまちその姿をなくしてしまうことは、実にわかりきったことに思われたからである。

Chapter 1 of 4