五
実験は実に危険に満ち、ついに飛行機がふらついてきた。上昇が緩やかだ。たぶん大気が薄くなったせいか。しばらく三人は口を開かなかった。何かが呼吸を圧迫しているようだ。ほとんど上昇を感じなかった。ただ浮いてくれさえすればいい。
エルドレッドが言った。
「素晴らしい光でしたよ、研究所で見たのは。でもなぜ何百個も用意しなかったんですか」
ハックネス先生がさえぎって、
「簡単な理由さ。ロンドン中で、俺の友人が貸してくれた電球がたった一個しかなかったからだよ。それに作動電圧も危険だし」
上昇している。飛行機の翼がかすかにガサガサ音を立てている。グリンファン卿が深呼吸した。
「空気が、空気が新鮮だ。気がついたか」
おいしい冷気が三人の肺に満ちた。突然の変わりように皆興奮した。強烈に笑い叫びたくなり、歌が飛び出した。
そのあと次第に、三人を乗せた亡霊のような飛行機は得体のしれないものから抜け出した。お互いがはっきりと見え、急上昇を感じた。脱出中、煙幕がまとわりつくさまは、さながら生きた縄のよう。数分も経つと、霧の彼方にいた。
お互いを見て笑いあった。三人とも黒く汚れて油まみれ、頭から足まで脂っぽい煤にまみれている。ひどい悪人顔の三人など想像しがたい。この醜態はよく考えればロンドン中同じだ。
上空は明るく、日光が広範に照らし、丸い太陽が登り、キラキラ輝く霧が東にあった。三人とも燦々と輝く陽光の中で大喜びした。下には厚い霧の層が横たわり、誰かが追っ払わないかぎり、本物の覆いのままだ。
エルドレッドが即座に言った。
「いま町の上空三百メートルです。ケーブルを百五十メートル繰り出してください」
ワイヤ先端のフックに、ハックネス先生が高性能大型爆弾をつけた。フックの穴にもう一本別なワイヤ、つまり電線もつけた。これらを慎重におろし、ケーブル全長を垂らした。心配そうに二人がじっと見ていた。グリンファン卿は電線につないだ光沢スイッチを無造作に持っている。だが手が震えていた。
エルドレッドが頭をこくり。無言でそのときを知らせた。
グリンファン卿の人差し指が光沢ボタンを押すと、カチッと音がして、ほぼ同時に轟音と空圧が押し寄せ、飛行機を激しく揺さぶった。周りの雲が回転し、下方の霧塊がねじれて引き裂かれた時、巨大な塊の煙幕が爆風で吹き飛ばされた。
ハックネス先生が叫んだ。
「見て、あれを見て」
下を指差した。爆発力でまさに分厚い霧のカーテンに穴が開いた。白日のまばゆい光がロンドンに到達し、巨大天窓から差し込むようだった。
この様子を見てびっくり仰天したのがロンドン中心部の住人、家から飛び出し、地震の揺れは何だろうと思った。効果は摩訶不思議で強力、決して忘れられない。
セントポールの半径八百メートル、ロンドン市内が陽光にあふれた。人々は目をこすり、突然のまばゆさに顔を向けることができなかった。狂気して、ぞくぞくっとしたのは新鮮でうまい空気の柱塊がどっと真空地帯を満たした時だ。まだ理由は何も分からない。
まばゆい光線が妙なものを照らした。どの歩道もインクのように黒く、家々の正面も松ヤニをぬったよう。道路は脂の煤で真っ黒。
ラドゲートヒルには何十台という馬車があるが、馬がいない。おびただしい自動車も持ち主がいないようだ。スリが溝に座り込み、体に高価な小間物を身につけ、宝石が泥の中で光っている。品物をスッたあと霧が猛烈に広がった。いまや盗人にとって貴重品は猫に小判のようなものだ。
五分後再び幕が下りた。逃亡中のスリが動揺してまた座り込み、呪いにおののいた。
だが、ロンドンはもう心配ない。飛行機の機影がちらと見え、大衆は事の成り行きを知った。すぐに次の爆発がハムステッド上空の煙幕を切り裂き、続く二時間で爆発が次々起こった。霧が解けるたびにすさまじい大歓声があがった。
やがて一筋の光が差し込んできた。時折、眼前の両手を見ることができた。霧壁の上では雲塊が集まり、飛行機はギタギタの油滴に覆われた。
一時間前に頭上は完全に晴れた。その後、雨が本格的に降りだした。連続爆発によって呼び起こされ、引き起こされた雨は、大砲を連続発射した昔日のボーア戦争のようであった。
土砂降りの雨で機中の三人はずぶ濡れ。だが気にならない。新鮮でかぐわしい空気の精気が血液に満ち、爆弾を次々処理し、ついに最後の一個を使い果たした。
そして雨がロンドン中に降り注いだ。煙幕に穴が開いた所から雨が落ち、黒墨のように濃く、外観を台無しにした。都市全体が喪服を着た。
エルドレッドが叫んだ。
「雲が流れて行きます。セントポールの頭が見えます」
確かに十字架が天を突くように見える。少しずつロンドンの全景がゆっくり姿を現し始めた。煤が絶えず降るけれども、次第にきれいになり、一刻ごとに新鮮になり、通りに人々があふれ、うっとり飛行機を眺めている。
歓喜の声が上空まで届いた。先見の明と科学知識に対する賛辞であり、ロンドン救出が証明された。
実のところ、高所での爆発は無数の命を救う単なる間接手段でしかない。土砂降り雨という魔法の手品こそが真の救済だ。霧を濃縮し、煤を流水にして地上に叩きつける。
重苦しくて、泥だらけで、うっとうしくて、これをロンドン市民はぶつぶつ不満を言いつつ恩恵に浴し、いまや文句を垂れるものはいない。聖なる日光が回帰して、再び何か純粋な空気を肺に吸い込み、ただ生きている喜びをかみしめた。
誰も雨など気にしないし、全く気づかないけれど、世の中で最も汚れた煙突掃除人よりもさらに汚れ、もっと埃まみれだ。みんなそうだから、それがどうした。
三人が機上から下を見ると、ロンドンは狂ったようになり、雨の中でお堅い人物が乱舞する有様は学童が初雪に出会ったようだ。
グリンファン卿が口を開いた。
「降りた方がよさそうだ。そうしないと大歓迎される。個人的には朝飯を食べたい。こんなに気流が穏やかなら、リージェント公園の着陸は難しくない」
弁を開くと、飛行機が閃光鳥のように降下。通りに殺到する人々が見え、いまや連中の足音が聞こえる。遂に降りた所で見た群衆はホッテントット族が狂って叫んでいるかのようだった。