Chapter 1 of 5

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女肉を料理する男

牧逸馬

人気が荒いので世界的に有名なロンドンの東端区に、ハンベリイ街という町がある。凸凹の激しい、円い石畳の間を粉のような馬糞の藁屑が埋めて、襤褸を着た裸足の子供たちが朝から晩まで往来で騒いでいる、代表的な貧民窟街景の一部である。両側は、アパアトメントをずっと下等にした、いわゆる貸間長屋というやつで、一様に同じ作りの、汚点だらけの古い煉瓦建てが、四六時中細民街に特有な、あの、物の饐えたような、甘酸っぱい湿った臭いを発散させて暗く押し黙って並んでいる。No. 29 の家もその一つで、円門のような正面の入口を潜ると、すぐ中庭へ出るようにできていた。この中庭から一つ建物に住んでいる多数の家族がめいめいの借部屋へ出入りする。だから、庭の周囲にいくつも戸口があって、直接往来にむかっているおもての扉は夜間も開け放しておくことになっていた。

この界隈は、労働者や各国の下級船員を相手にする、最下層の売春婦の巣窟だった。といっても、日本のように一地域を限ってそういう女が集まっているわけではなく、女自身が単独ですることだから、一見普通の町筋となんらの変わりもないのだが、いわば辻君の多く出没する場所で、女たちは、芝居や寄席のはじまる八時半ごろから、この付近の大通りや横町を遊弋して、街上に男を物色する。そして、相手が見つかると、たいがいそこらの物蔭で即座に取引してしまうのだが、契約次第では自室へもともなう。ハンベリイ街二九番の家には、当時この夜鷹がだいぶ間借りしていたので、それらが夜中に客をくわえ込む便宜のために、おもての戸は夜じゅう鍵をかけずにおくことになっていたのだ。つまり、中庭までだれでも自由に出入りできるわけである。

九月八日の深夜だった。

秋の初めで、ロンドンはよく通り雨が降る。その晩も夜中にばらばらと落ちてきたので、三階に住んでいる一人のおかみさんが、乾し忘れたままになっている洗濯物のことを思い出した。洗濯物は、イースト・エンドではどこでもそうやるのだが、窓から窓へ綱を張って、それへ乾すのだ。で、おかみさんは、雨の音を聞くとあわてて飛び起きて、中庭に面した窓を開けた。小雨が降っていたくらいだから真闇な晩だったが、庭へはいろうとする石段の上に、二つの人影がなにか争っているのを認めた。それはふざけ半分のものらしかった。女が低声で、笑いながら「いいえ、いけません。いやです」と言うのが聞えた。相手は男で、異様に長い外套を着ているのが見えた。が、前にも言うとおり、この辺は風儀の悪いところで、真夜中にこんな光景を見るのは珍らしいことではなかった。また、だれかこの家に部屋を借りている女が男を引っ張ってきて、帰る帰さないで、入口で言い争っているのだろう。こう思って、おかみさんはべつに気に留めなかった。しばらくして争いも止まった様子である。翌早朝、デェヴィスという男が、中庭の隅の共同石炭置場へ石炭を取りに行って、あの、二眼と見られない惨屍体を発見したのだった。

被害者はアニイ・チャプマン。二九番の止宿人ではなかったが、やはりハンベリイ街の売春婦で、ひと思いに咽頸部を掻き斬ってあった。よほどの腕力の熟練を併有する者の仕業らしく、ほとんど首が離れんばかりになっていて、肉を貫いた斬先の痕が頸の下の敷石に残っていた。が、これはたんなる致命傷にすぎない。屍体の下半身は、酸鼻とも残虐ともいいようのない、まるで猛獣が獲物の小動物を食い散らした跡のような、眼も当てられない暴状を呈していた。屍体の下腹部に被害者のスカートが掛けてあった。それを除去してみて、検屍の医師はじめ警官一同は慄然としたのである。陰部から下腹部へかけて柘榴のように切り開かれている。のみならず、鋭利な刃物で掬いとるように陰部を切りとって、陰毛を載せた一片の肉塊が、かたわらの壁の根に落ちていた。そればかりではない。切り開いた陰部から手を挿入して臓腑を引き出したものとみえて、まるで玩具箱をひっくりかえしたように、そこら一面、赤色と紫とその濃淡の諸器官がごっちゃに転がっていた、がただ一つ、子宮が紛失していた。

当時、自他ともに「斬り裂くジャック」と呼んで変幻きわまりなく、全ロンドンを恐怖の底に突き落としていた謎の殺人鬼があった。これが彼の、またもう一つの挑戦的犯行であることは、だれの眼にも一瞥してわかった。最近、つづけさまに三度、この近隣のイースト・エンドに、これと全然同型の惨殺事件があったあとである。被害者は常に街上の売笑婦、現場はいつも戸外、ちょっとした横町のくらやみか、またはこのハンベリイ街のような中庭で、夜中とはいえ、往来を通る人の靴音も聞えれば、比較的人眼にもかかりやすい場所で平然と行なわれる。致命傷はきまって咽喉の一刷き、つづいて、解剖のような暴虐が屍体の下部に加えられて、判で押したように、かならず子宮がなくなっている。同一人の連続的犯行であることは明白だ。人心は戦き、新聞はこの記事で充満し、話題はこれで持ちきり、警察を焦しとする素人探偵がそこに飛び出し、その筋は加速度にやっきになっている矢先――いうまでもなく九月八日の夜はもちろん、その以前から、イースト・エンド全体にわたって細緻な非常線が張られ、櫛の歯を梳くような大捜査が行なわれていた。その網の真ん中で、人獣「斬裂人のジャック」は級数的に活躍し、またまたこのハンベリイ街のアニイ・チャプマン殺しによって、もう一つその生血の満足を重ねたのである。およそ出没自在をきわめること、これほど玄妙なやつは前後に比を見ないといわれている。いわゆる無技巧の技巧、なんら策を弄さないために、かえって一つの手がかりすら残さなかった。

個々の犯行を列挙することは、いたずらに繁雑を招くばかりだから避ける。ただ、そのなかでなんらかの点で有名になった事件のみを摘出しても、いま言った九月八日ハンベリイ街のアニイ・チャプマン殺し、バックス・ロウ街事件、同月三十日にはバアナア街でエリザベス・ストライドを、その四十五分後にミルト広場でキャザリン・エドウスとを一夜に二人殺し、十一月九日にはドルセット街でケリイ一名ワッツを殺している。このほか同じような売春婦殺しがその間に挾まっているのだが、子宮の紛失、陰部を斬り取られていること、臓物を弄んで変態的に耽った証跡など、屍体の惨状と犯行の手段、残虐性はすべて同一である。

名にし負うロンドン警視庁は何をしていたか?

正直にいえば、まさに手も足も出なかった。そうとう手がかりがあるようで、じつは、なにひとつ信拠するにたる手がかりがないのだ。バアナア街の場合など、運送屋の下請けのようなことをしている男が小馬車を自宅の裏庭へ乗り入れて、そこに、血の池の中に仆れているエリザベス・ストライド――綽名を「のっぽのリック」といって背が高かった。あとから出てくるが、この女の死の直前に無意識に一つの重大な役割を演じている――の屍骸を発見したのだが、その時は犯行のすぐあとほんの数秒後のことで、屍体はまだ生血を噴いて、その血の流域がみるみるひろがりつつあったくらいだから、発見者の到着がいま一足早かったら彼はまちがいなく「解剖」の現場と犯人を目撃したことだろう。事実、ジャックが、近づく馬車の音にあわてて、屍体を離れ、最寄りの暗い壁へでも身を貼りつけたとたんに、発見者の馬車がはいってきたものに相違ない。異臭に驚いて急止した馬は、もう一歩で屍骸を踏みつけるところまで接近していた。この発見の光景を、犯人はかたわらで見ていたのである。そして、騒ぎになろうとするところで、闇黒にまぎれて静かに立ち去ったのだろうが、現場はバアナア街社会党支部の窓の直下で、兇行時刻には、支部には三、四十人の党員が集っていたにもかかわらず、だれ一人物音を聞いた者はなかった。これは無理もない。たださえ喧々囂々たる政党員のなかでも、ことに議論好きで声の大きい社会党員が三、四十人も寄りあっていたんだから耳のかたわらで爆弾が破裂しても、聞えるはずがない。あとでみんな悪口を言った。とにかく、こうして屍体にばかり気を取られていた発見者の横を、影のようにするりと抜け出たであろう「斬り裂くジャック」は、すぐその足でアルドゲイトのミルト広場へ立ちまわり、四十五分後には、また一人キャザリン・エドウスという辻君を殺害し、やはり陰部から下腹を斬り裂いて、子宮を取っている。このキャザリン・エドウスをはじめ多くの被害者が、いかに哀れに貧困な、下層の売春婦であったかは、キャザリン・エドウスが、炊事に汚れたエプロン姿で男――犯人――と他人の家の軒下で性行為を行ない、そのまま殺されていた一事でもわかる。犯人はこの前掛けの端をむしり取ってそれで手とナイフを拭いた。拭きながら歩いたものとみえる。さして遠くないグルストン街の角に、その、血を吸って重くなったエプロンの切布が落ちていた。そして、このグルストン街の角で、犯人はあの、有名な「殺人鬼ジャックの宣言」をそこの壁へ白墨で書いたのである。

The Jews are not the men to be blamed for nothing.

これは、考えようによって二様にとれる文句である。「ユダヤ人はただわけもなく糺弾される人間ではない」――糺弾されるには、糺弾されるだけの理由がある。とも、解釈すればできないことはないが、もちろんそうではない。「ただわけもなく糺弾されて引っ込んでいるもんか。このとおりだ」の意味で、味わえば味わうほど不気味な、変に堂々たる捨て科白である。

この楽書はじつに惜しいことをした。書いてまもなく、密行の巡査が発見して、驚いて拭き消してしまったのだ。付近にはユダヤ人が多い。反ユダヤの各国人も、英国人をはじめもちろん少なくない。この文句が公衆の眼に触れれば、場合が場合だけに群集が殺到してたちまち人種的市街戦がはじまる。実際そういう騒動は珍らしくないので、それを避けるために独断で消したのだという。気をきかしたつもりで莫迦なことをしたもので、あとから種々の点を綜合してみると、この壁の文字こそは、それこそ千載一遇の好材料だったのだ。これさえ消さずに科学的に研究したら、かならず犯人は捕まっていたといわれている。その出しゃばり巡査はおそらく罰俸でも食って郡部へまわされでもしたことだろうが、いうところによると、この楽書の書体は、これより以前、二回にわたってセントラル・ニュース社に郵送された、一通の手紙と一葉の葉書の文字に酷似していた。否、紛れもなく同一のものであるとのことである。

その、新聞社に宛てた手紙と葉書は、真偽両説、当時大問題を醸したもので、葉書のほうは、明らかに人血をもって認め、しかも、血の指紋がべたべた押してあった。両方とも「親愛なる親方よ」というアメリカふうの俗語を冒頭に、威嚇的言辞を用いて新しい犯行を揚言し、手紙には「売春婦でない婦人にはなんらの危害を加えないから、その点は安心していてもらいたい」という意味を付加して、ともに「斬裂人ジャック」と、署名してあった。あとからも続けてきたことをみても、たぶん実際の犯人が執筆投函したものかもしれない。が、どこの国にも度しがたい馬鹿がいる。この「斬り裂くジャック」が現下の視聴を集めているので、なにか素晴しい人気者かなんぞのように勘違いし、そうでないまでも、ひとつ面白いから騒がしてやれなんかという好奇な閑人があってかかる不届きな悪戯を組織的に始めないともかぎらない。おおいにありそうなことである。警視庁へも、これに類似の投書が山のように舞い込んでいた最中だ。したがって専門家は、このセントラル・ニュースの受信にもたいした信を置かずに、むしろ頭から一笑に付していた。しかし、グルストン街の壁の文字だけは、最初のそして最後の、純正な犯人の直筆である。この唯一の貴重な証拠が、心ない一巡査の手によって無に帰したのは、かえすがえすも遺憾の極であった。

一般には知られていないが、この時、警視庁は、ロシア政府から一つの情報を受け取って、それにある程度の重要性と希望をつないでいた。数年前、モスコーにこれと同じ事件が頻発して、やはり売春婦のみが排他的に殺され、切開手術のような暴虐が各屍体に追加してあったが、この犯人は捕縛されて、精神病者と判明し、同地の癲狂院に収容された。ところが、その春病院を脱走して、爾来ゆくえ不明になっているというのである。この狂人はもとそうとうな外科医で、英国に留学していたこともあるから、ことによると、逃走後ひそかにロンドンへ潜入したのかもしれない。人相書も付随しているので、一時警視庁は、それに該当する人物の探査に全力を傾注した。モスコーの犯人の動機は、宗教上の狂信的な妄執からだった。すなわち彼は、こういう方法で殺害されることによってのみ、この種の穢れた女は天国の門を潜り得ると信じ、つまり済度のために殺しまわったのだった。宗教的迷執云々は第二にしても、いまロンドンを震愕せしめている「斬裂人のジャック」が、かなり的確な解剖学的知識の所有主であり、また経験ある執刀家であることは疑いをいれない。彼は確実に子宮の位置を知り、かつ、いかにしてそれを傷つけずに摘出するか、その最善方法をも専門的に心得ていた。バックス・ロウ街の屍体からは左の腎臓がみごとに除かれてあったが、この器官を摘出することは、外科学上至難の業とみなされていて、それによほどの実際的手腕を必要とする。これらの諸点を帰結して、モスコーの犯人と同一であるか否かはともかく、この「ジャック」なる人物も狂医師の類ではあるまいかという当然の結論が生まれ、それが最高の権威をもって警視庁内外の専門家を風靡したのだが、その問題の腎臓は該事件の二日後、新聞紙で綺麗に包装して小包郵便で警視庁捜査課に配達された。付手紙はなく、ただ上包みの紙に例によって血の指紋が押してあるだけで、いささか注意する必要を感じたものか、署名もなかった。

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