돌아가기
スプリングコート
Table of Contents
スプリングコート
牧野信一
Reading Settings
글꼴 크기
18px
테마
라이트
다크
세피아
눈 보호
줄 간격
읽기 모드
번역 Pagera AI
원문 Public Domain
Chapter 2 of 5

二

食膳を縁側へ持ち出させて、彼は晩酌をやつてゐた。晩酌なんていふ柄ではなかつたが、此方へ移つてからは毎晩細君ばかしを相手にして、ひどい時には夜中の二時三時頃まで出たらめを喋舌つた。喋舌り疲れて、泥酔しないうちは寝なかつた。

「女中だつてあなたの云ふことなんて諾きはしない。」

伴れて来た女中を自分が帰してしまつた癖に、少しでも自分の動く度数の多さを感ずる毎に、彼女は不平を滾した。若い女中で、往々彼が必要以外に親切な言葉を掛けるのを悟つて、別な口実で細君が追ひ帰してしまつた。

「妾、あのことを考へると口惜しくつて堪らない!」

細君は、ひとりでビールを飲み始めてゐた。あのことゝ云ふのは彼の親父のことだ。此間彼女が帰つた時、酔ひもしないのに口を極めて父が彼の悪口をさん/″\喋舌つたといふのだ。

「あんな女に引ツ懸けられて、お父さんはもう気が少しどうかなつて了つたのよ。前とすつかり変つてしまつたぢやありませんか。前には決して道楽なんてしなかつたんですつてね。……」

「うん、さうだよ。」

彼は、さうは思はなかつたが、好いお父さんが女の為に悪くなつたといふことで、細君を残念がらしてやりたかつた。

「外国に十何年も居る間だつて、それはそれは潔癖だつたんですつてね。始終あなたとお母さんを思ふ手紙ばかし寄越してゐたといふぢやありませんか。」

「まアそんなわけかね……」

彼は皮肉な気がしたが一体それは誰に向けるべき皮肉か、ちよつと考へに迷つた。後に小憎らしい父親の顔が髣髴としてきた。

「あなたが『熱海へ』とかといふ小説みたいなものを書いたでせう?」

「お前読んだのか?」彼は、ギクリとして問ひ返した。

「妾は、とつくに読んだわ。妾が読んだのは好いとして、それをお父さんが読んだんですつて!」

「ヤツ!」と彼は、思はず叫んだ。そしてテレ臭さの余り誰に云ふともなく、

「馬鹿だなア!」と呟いた。

「それもね、たゞ読んだのぢやなくつて、杉村さんがその雑誌を持つて来てお父さんの前でペラペラと読みあげたんですツて……」

『熱海へ』といふのは彼の最も新しい創作だつた。事柄は実際の彼の家庭の空気をスケッチ風に書いたのだ。尤も彼は、その小説の主人公である自分だけは「私」としてはきまりが悪いもので「彼は――」「彼は――」といふ風に出来るだけ客観的に書いたが、彼の父や母や細君になると、さうはしなかつた。五十二歳にもなつた父親が遊蕩を始め、妾のあることを母に発見されて悶着が起つたり、そして彼等の長男である即ち「彼が――」その間で自分の両親を軽蔑しきつてゐる話を書いたのだつた。彼自身、そんなものが家の者の眼に触れようなどとは夢にも思つてゐなかつたのだ。

「あれぢや怒るのも無理はない。」と細君は、呟いたが自分も腹ではあまり好かない彼の父や母のことを、普段はオクビにも出さない彼が、小説の場合になるとさん/″\にやツつけてゐるので、一寸好い気持になつたらしく、自分のやられてゐることも忘れて、苦笑した。

彼はどうすることも出来ず怖ろしく六ヶ敷い顔をして切りに盃を重ねてゐたが、やがて斯んなことを喋舌り出した。

「創作と実生活とを混同するやうな手合は、素晴しい芸術品であるべき裸体の彫刻を見て淫らな聯想をするのと同じだ。言語道断な連中だ。さういふ奴等が近親に在ることは不幸の至りだ。第一お前が俺の小説を読むなんて失敬だ。うす汚い感じがする……」

無論彼の言葉は、横腹に穴があいてゐて何の力もなかつた。云ふまでもないことだが、彼自らが今自分で細君を非難した文句に当るべき程の男なのだ。これも余計だが、実際彼は裸体の彫刻を見ると、先づ恥づべき個所に注目するのだつた。

「そんな手前勝手は通りませんよ。自分が云ひ度い放題なことを云つてゐて、創作もないもんだ。それにあゝいふことを書くなんて、まつたく外聞が悪いわ。親の恥を天下に……」

「黙れツ!」と彼は叱つた。

「何さ、その顔は! 小説なら小説らしくちやんとしたものを書きなさい。あんなものを書いてゐるうちは何時までたつたつて有名になんてなりツこない。それが証拠にはあなたのものは一遍だつて誉められたことなんてありやしないぢやありませんか。」

「よくそんなことが解るね。」

努めて白々しく呟いたが彼は一寸気が挫けた。小説家志望なんて一日も早く断念した方が好ささうな気がした。それさへ止めれば斯うまで親達に馬鹿にされもせずに、何とか済むだらう……などとも思つた。

「いくら妾だつて新聞の批評位ゐ、読みますわよ。」

「新聞の批評なんて駄目だ。」

「だつてあれを書く人は、皆なあなたよりは偉い人ばかしでせう。――それにしても妾一遍もあなたの小説が誉められてゐるのを見たことありませんよ。」

「中戸川吉二と柏村次郎には相当誉められてるよ。」

「お友達ぢや駄目だわ。」

「俺は友達の批評が一番好きなんだ。」

「それは負け惜み――」

「もう小説の話は止さう。」と彼は、静かに呟いた。その彼の様子が如何にもしをらしかつたので、細君の心はいきなり父の方へ向つた。

「ほんとうに此間は妾、口惜しかつたのよ。」

「もう幾度も聞かされて、よく解つたよ。俺だつて口惜しいと思つてるさ。親父があんな馬鹿な真似さへしてゐなけりや、俺だつて斯んな処になんて住ひ度くはないんだ。」

さう云ふと同時に彼は、気恥しくなつて、海の方へ眼を反らした。……友達などには、長篇小説を書く為に来てゐるんだとか、東京に飽きて小田原に引ツ込んだが、其処も嫌になつたから、思ひ切つて斯んな遠くに移つて見たとか……などと如何にも体裁よく意味ありげな吹聴をしてゐるが、内実と来たら、良人が無能の為に細君が姑に苦しい思ひをしたり、父の不行蹟の為に家庭が収まらず、親の争ひを倅が見るに忍びなかつたり、「彼が家に居る間は、断じて帰らない。顔を見るのも嫌だ。」などと父が彼を罵つたといふことを聞いたり……そんなわけで這々の態で彼は、春以来熱海へ逃げ延びたのだ。彼だけは、一度も小田原へ帰らなかつた。だがいろ/\な風聞が伝はつた。彼が居なくなつてからは割合に多く父が帰宅するとか、帰れば必ず一度は激しい夫婦争ひをするとか――。

「どつちもどつちで、滑稽な憐むべき人物だ。」

彼は、両親をそんな風に断定して、愚かな観察を享楽するのだつた。本を読むでもなし、また小説なんて書く気持は毛頭起らなかつた。それにしても此方へ来て以来の退屈さ加減は夥しかつた。温泉に浸つたつて逆上せるばかしだし、風景を見て慰められる質でもなし、散歩は嫌ひだし、また独り芸術的な思索に耽るなんていふ落つきは生れつき持ち合はせなかつたし、まつたく彼は、日々その身を持てあますばかしだ。実家に居てあの苦しみに忍ぶことゝ、此方でこの退屈と戦ふことゝ、どつちが苦しいか比べて見れば、あつちの方は相手が人間であるだけ兎も角賑やかで面白かつた位にさへ、思はれるのだつた。

「でも妾は、お母さんと一処に暮すことも御免だわ。」

「そりやア、さうだらう。」と彼は、易々と点頭いた。彼は、細君の場合とは別な意味からでも、いろ/\母の嫌な性質を、それはもう幼少の頃から秘かに認めてゐた。時々彼は、父が外国へなど行つた原因は母にあるんぢやないか知ら? と思つたり、また変に武士の娘を気取つて堪らない切り口上で亭主を説伏させやうとしたりする様などを眺めると、彼はゾツゾツと寒けを覚えて「これぢや親父の奴もさぞやりきれねエだらう。」と父に同情する場合もあつた。

「お父さんがよくお母さんのことを、学校先生なんてしたから変になつちやつたんだとか、先生根生で意固地だとかつて云ふけれど、まつたく変に優しいところと、妙に意地悪のところと別々なのね。」

「うむ、さうだ。」

彼が余り易々と受け容れたので、細君は一寸バツが悪くなつて、

「けど、十何年も留守居をさせられては誰だつて変にもなるわね。小学校なんかに務めて気を紛らせてゐたのね。」などと呟いた。

「どうだか俺は知らんよ。――だが、つまり生れつきあゝいふ性質なんだらうさ。」と彼は、相当の思想を持つてゐる者のやうな尤もらしい表情をした。

「あなた、妾をどう思ふ。」

突然細君が、さう訊ねた。彼は、一寸返答に迷つたが、強ひて考へて見ると煩さゝの方が余計だつたので、

「近頃、やりきれなくなつた。」と明らさまに答へた。

「ぢや、どうするの。お金さへあればお父さんのやうなことを始める?」

彼は、にや/\して返答しなかつた。一寸親父が羨しい気もした。若し金があつても、彼にはそんな運には出会へさうもない気がした。

「そりやア妾への厭がらせでせう、ちやんと解つてる。」

「今、俺は少しもふざけてはゐないよ。」と彼は、きつぱり断つた。

「それは別として、これから家のことを小説に書くだけは止めなさいね。お父さんの怒り方はそれはそれは素晴しいわよ。今度若しあなたが出会へば、屹度一つ位ゐ……」と彼女は拳固を示して「やられるわよ。」と云つた。

細君にそんなことを、くどく聞かされてゐるうちに彼の心はだん/\変つてきた。まさかと高を括つてゐた小説を読まれて、何より辟易してゐた気持が、皮肉なかたちでほぐれ始めた。彼は、父の憤怒の姿を想像して、快感を覚えた。……余りこの俺を馬鹿にしたり、年甲斐もなく女などの事件で家庭に風波を起させたり……親爺よ、みんなお主が不量見なんだ、俺の小説を読んで、どうだい、驚いたらう、斯ういふ因果な倅を持つて、さぞ/\白昼往来を歩くのがきまりが悪いだらうよ、態ア見やがれ――彼は、さう云つてやりたかつた。――それにしても小説なんていふ手温く下等な手段でなくて、もつと皮肉で痛快な厭がらせをやつてやりたいものだ――と彼は思つた。

いつの間にか細君は、独りでビールを一本平げてしまつて、顔をほてらせてゐた。こんなことは珍らしかつた。彼は、自分で勝手もとから一升壜を持ち出して来て、頻りに酒を飲み続けた。

「妾、ちつとも酔はないわ、何だかもつと飲んで見たいからそれを飲ませて頂戴な。」

彼女は、酔つてゐるかどうかを考へてゐるらしく眼を瞑つて、ちよきんと脊骨を延して坐つた。若し普段なら一撃の許に彼は退けてしまつたが、彼も妙に気持が浮の空になつて、その上陰気でならなかつた為か、少しも細君に逆はなかつた。

一時間の後、彼はぐでん/\に酔つぱらつてしまつた。尤も細君の方は、酒の酔なんて経験したこともなかつたから、表面はイヤに固くしやちこ張つてゐた。

「どうだい、何か素晴しく面白いことはないかね。」

彼は、酔つて来るといつでも斯んなことを云つたが、自分も酔つてゐるので細君もそんな気になつて、初めて、

「さうね。」と徒らな思案をめぐらせた。

「海岸にカフェーが出来たね。あそこに東京者らしいハイカラな女が居るぜ。行つて見やうか。」

「行きませうか。」

「いや、田舎ツペの青年が来て居るだらうから不愉快だな。」

「ぢや、たゞ海へ降りて見ませうか。」

「そんなこと真平だ。飲む事か、喰ふ事か……何しろ賑やかなことでなければ御免だ。」

「妾、折角夏服を拵へたんだから一遍着て見たいわ、斯んな晩でなければとても実行出来ないからね。」

「あゝ、それは好い。」と彼は気附いたやうに云つた。そんなものを拵へたのが彼に知れゝば、酷く彼が怒るのは解り切つてゐたので今日まで細君は秘してゐたのだ。彼女は斯ういふ機会に、斯う高飛車に云へばその儘、通つてしまふ彼の欠点を知つてゐた。だが、それにしても今日は良人がイヤに機嫌が好いので一寸薄気味悪くもあつた。

「そしてこれから自働車を呼んで、ホテルへ行かう。」と彼は云つた。森を三つばかり越えた嶮崖の一端に西洋風のホテルがあつた。斯んな所には珍らしく明るい家だつた。

「でも今月このお金を費つてしまへば、もう貰へないわよ。」

「関ふもんか、今日はひとつウンと贅沢をして、あそこへ泊つてしまはう。金なんて心配するねエ……おふくろがケチケチ云へば友達に借りるよ。」と彼は、大変な威勢を示した。

彼は、腕組をして細君の仕度を眺めてゐた。彼女は、怪し気な足取りで、だが、きつと彼の留守の時に幾度も着てでもみたんだらう、割合に手ツ取り早く着こなした。

「ふゝん、仲々好く似合ふね。洋装の日本婦人は大概顔の拙い奴が多いが、そしてお前もその仲間だが、体の格好は仲々見あげたよ。」

彼は、白々しくそんなお世辞を振りまいた。――そして、いざ出かける時になつて、

「それぢや寒くはないかね。俺のこのコートを貸してやらうか。」と云つた。

「馬鹿々々しい、そんな汚い、男のコートなんて。」と細君は耳も借さなかつた。……彼はゾツと身ぶるひした。冷汗が流れた。「此奴は余ツ程どうかしてゐやアがる。まるで芝居でもしてゐる気だ。馬鹿が/\。」と自分を顧みて、彼はもう一歩も外へ出るのは嫌になつた。

彼は、酔ひ潰れて畳に転がつてゐた。……いくらか眠つて、どうも夢を見たらしい……と彼は口のうちで呟きながら、死んだやうな熟睡に堕ちた。――それぎり細君から洋服の話を聞かないから、或は彼の想像通り夢だつたのかも知れない。

Chapter 2 of 5
|
광고
서평 한 편이 포인트가 됩니다
신청은 3초, 1,000포인트부터 현금으로 출금합니다. 출판사 102곳이 함께하고 있습니다.
펍스테이션 둘러보기