Chapter 1 of 1

Chapter 1

餅とは何と鋤き返された幼い南の郊外の野の思い出のように甘いものだろう!高岡のひとりぼっちの叩き廻っても後の沼地一ぱいがらんどうな響きしかはね返してこぬ豚箱の中で僕はしみじみと生のうどんの皮をひっぺかしながらそう思ったそれは青い蚊帖が雨上りの甘酸っぱい臭いをたてながら差入れの風鈴と一しよにゆさ/\揺れていた時だった!

背の低い長髪のいつも怒ったような顔をしたそれでいて人なつこい三十を越えたばかりの生粋の民農出の労働者日本化学労働組合員、全国会議全農高知県聯の草分け(激励と共に、これは彼から来た)―――同志、林延造君!彼は争議が不利になり引きぬかれた百舌の巣のように組織がめちゃ/\にふみあらされた時も沮喪せぬ組合常任であることができ嵐と、土砂ぶりの天候の下でまつかさのように散らばった部落々々の貧農の信頼された相談相手であることができ不当逮捕監禁×(1)問と弾圧下のデモのまっただなかで傷だらけの額を硬ばらせながらひきさかれた服とむしられた頭髪の間から昂然と地主に逆襲する土地と××(2)歌の乱唱の音頭をとり生活がどんなに重く彼の上にのしかゝろうと常に愉快なピオニールの餅屋であることができたピオニールが彼の餅屋を愛する以上に彼は少年らのはつらつさと、彼等の伸びようとする意力と文化とを愛した風のように彼はもうちょっとばかし大きいピオニールたちの豚箱から豚箱に現われたにっこりと手をあげる間もなく………!僕はうなづきうなづき―――投げこまれた餅の袋の一きれ一きれをごっくりごっくり咽を鳴らしながら飲みこんだ―――餅とはめったにこんなにうまいものではないのだ!

しつような土地取上げとさんたんたる小作争議とが出来たばかりの組合の仕事にせわしい同志林を豚箱の昔の部屋えひんぱんに追いこんだとき重い鳶色の鉄扉が外の同志と共にぶつぎれにどこからともなく元気なたよりを吹き送ってくる餅屋のおやぢを僕と幾重にも仕切ったとき――この国にひとりの赤ん坊が生れた!満州製の罐詰の底で寒そうに鳴る息子らの骨とかけがえのない娘たちの肉にまでかえて料った赤土まじりの草と、きびとひえの飯まで食わされる百姓と最大の安全をもつ黒字資本をおろした、吹きっさらしの監獄部屋のあるこのツアー国家に顔中うみ汁と吹き出ものだらけの赤ん坊が生まれた!

これが資本家どもの政変と陰謀的祝賀と僕らの次の餅のエピソードとの起源となったのだ―――八人に一人づゝ囚人労働の短縮を申しわたされ「祝」と書いた餅が僕らに二つづゝ配られた裾綿のちぎれた赤い筒袖を羽織りながら、みんなはツアーの「恩典」を話し合った―――八ヶ月………受けるか?と看守が粉まみれの餅を穴のあいた手套の上え転がしながら尋ねた寒空のちぎれ目にもっとうまそうな青い雲の餅を睨みつけながら僕は答えた―――無条件、絶対に! それとも突っ返そうか!監守はきっと唇を曲げ後え組んだ腕の間で指をぼき/\鳴らしで結局減刑布告と一しょに残された餅は監房の窓にそして佩剣はひとまわりして遠ざかって行った

僕は餅をひねりまわし僕らの労働のはしっくれが、顔中吹き出ものだらけの赤ん坊の名で、有難く却下されてきたのを苦い顔で凝視した瞬間―――紅白の上に顔と一しょに同志林の愛想のいゝふて/″\しさが立ち上がってきたそれは何物がどんなに重く彼の上にのしかゝろうと常に愉快なピオニールの餅屋であることのできた、あいかわらずの全農の、同志林だった同志林――それはいかつい少しの欠点をたえず克服してきた、精悍な多くの美点とを持つ土地を知り土地にねばりつく指導的農業労働者の一つの美くしい型だったのだ!

僕は久しぶりで砂利だらけの餅を嚥み下しただが、吹き出ものだらけの赤ん坊同様こんなものは食えるものではないのだ!搾り上げられた胃の腑がすぐと米粕を突き上げてきたツアーの「恩典」は単なる僕ら自身の一握りの汗の変形としての食糧をさえ、僕らの消化細胞から拒否し去った自由と、組合と、細胞と、近づいてくる戸外の早春との離別………そして不健康………うみ汁と吹き出ものだらけの赤ん坊は幼い南の郊外の野の思い出を混濁し何とすべてのものを食えなくすることだろうおゝ、餅とはめったにこんなにまずいものではないのだ!

(一〇四行)―一九三五・八・三一―

(1)拷 (2)革命

●図書カード

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