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東京万花鏡
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正岡容
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번역 Pagera AI
원문 Public Domain
Chapter 4 of 4

吉原の話

去歳五月、未だ外崎恵美子君が新宿の赤風車座(ムーランルージュ)に出勤してゐたころ、私は已に巣鴨花街の僑居を焼かれ、偶々外崎君の代々木の家のすぐちかくの伊藤嘉奈子刀自のところへ避難してゐたので、ある朝訪れると、彼女は何かの話の末に偶々この春の戦火に壊滅した吉原の復興一部いまや成れりと前置して、

「いえ、じつはムーランのわかい道具方が、この間、さも嬉しさうな顔をして、私をつかまへて、外崎さん外崎さんやつと吉原が始まりましたよ、とかういふんですよ」

といふ、この話はそのときの外崎君の話法もじつに大道具青年の嬉々たる口吻をよくつたへてゐて巧緻だつたが、何より戦時下、惨めにも痛め付け、虐め付けられ過ぎて来てゐた当時の芝居者の若人の、如何に一と月一回か二回の吉原遊行を、唯一の魂の安息所にしてあはれ楽しみにしてゐたかが分つて、妙に私はいぢらしく忘れられないのである。

でも、この話を聞いてかへつたその晩、外崎君の家は焼け、私の避難先たりし伊藤嘉奈子刀自の家も亦焼かれた。ムーランで吉原がよひを楽しんでゐたそのわかものも、恐らくや界隈の山の手暮らしだつたらうから、同じ晩の爆火に焼かれてしまつたことだらう。それにしても終戦後の吉原は、登楼費そも何ほど位のものなのだらう。嘗ての吉原、もちろん小見世だらう、Kと云ふ奇人を以而鳴る落語家は、一円半の遊興費もて登楼、直ちに花魁の肩を揉み、戸棚の揮発油探しいだして同じくその敵娼の長襦袢の襟を拭ひ勤労是れ務めた揚句が、花魁すまないがそれをお呉れと所持の紙数帖を貰ひ、さらに五十銭の小づかひまで貰つて、

「又来るよ花魁」

とかへりしなに云つたら、

「もういいよお前さんは来ないでも」

と言下に花魁から断られた由、成程このやうな客に二ど三どとやつて来られたら、高尾が薄雲ならぬその花魁の、忽ちにして所持金、烏有になつてしまふだらうから「もういいよお前さんは来ないでも」もまことにまことに尤である。

さてその夜、私と共に罹災された嘉奈子刀自は、青春を明治三十年代の吉原に起臥された、一中節の名手で、ために近時、静岡の疎開先から寄せられた往時追憶の一文には、

「中引けの金棒が揚屋町の角にチヤリン/\と聞えてくる時分になると大門迄お客を送つた妓たちが、仲の町のお茶屋の縁に二人三人と集つてくる。おもひおもひの明石のうす物のえり元もしどけなく、博多や白の翁格子の帯もしなやか(中略)今夜は月がさえて居るので青柳と書いた表の掛行燈も少しねむさう――」

一読、宛然、月美しき明治吉原の夏の夜が描きだされてゐて、「ゆめ」ではないか。

私は、それより尚廿有余年を経た大正震災前の吉原の朝暮纔に大学校の月謝などを未納にしては耽溺してゐた一個、年少早熟の偽悪家に過ぎなかつたのであるが、ある夏の未明金中米と云ふ中見世の三階から、薄霧晴れやらぬ廓内を、紅白青紫、目の醒めるやうな鉢植の花並べた朝顔売りの姿瞰下ろして柳浪が「今戸心中」の昔の名残りのいまもどこやらにのこれる風情をいとど感嘆してゐる時しもあれや、

「さあ殺せ、殺して呉れ」

いきなり、けたたましくかう筋向うの三階から湧上がつて来た男の怒声。とたんに割床の屏風倒れて、キヤッと逃出す男女の仇姿。さては次郎左衛門籠釣瓶の祟りもかくやと、近所合壁の三階惣出目を皿にして眺めてゐるとき、報せに忽ちサーベルの音厳しく乗込んで来た査公の前、倶利伽羅紋々見るからに江戸前のその五十男は己が暴行の理由を率直に述べ立てて曰く、

「ヘイ余り隣りの友達が持てやがるんでそれでつい私ア肚ア立ちやして――」何もたつたそれ丈けのことで、さあ殺せ、殺して呉れもないものだらうと許り、俄に三階惣出はドツと大笑ひ、さるにても落語「五人廻し」中の芋書生、妓の冷遇を激怒して、当家へダイナマイトを云々の実地を、そのとき宛らに私は見た――。

●図書カード

Chapter 4 of 4
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