一月
二日早起諏訪湖畔から小淵沢迄汽車、富士見駅から超大型のリユツク・サツクを背負つて、名取運転手乗り込む。去年正月伴れて行つた小使君は、御勘弁願ひますと逃げてしまつた。穴釣りの面白さは分つても、寒さには降参したらしい。名取のリユツク・サツクには、炭二貫目、石油缶を二つぎりにした火鉢二ツ、それに餅一臼は入つて居るだらう。
小淵沢でしばらく待つと東京からの夜行がつく。毎年二三人の同好の士が来る。小海線へ乗り換へて、急傾斜の上りになる。小泉、大泉と海抜と共にすばらしい景色になる。
車中の客皆立ち上つて窓外を見る。東南の方大富士がスラツと立つて裾を曳く、その右に目近く南アルプス連峯、甲府盆地は朝靄の糢糊として人生生活はまだ見えない。
西北反対側の車窓に眼を転ずると、鼻先に八ヶ岳連峯が刻々と姿を変へて行く。毎週一回富士見東京間を往復して居る私は、富士見への帰路長坂駅近くなつて、右車窓に見える八ヶ岳のとゝのつた何処か女性的な姿を見て、
わが山の八ツ安泰に秋の空
の一句を吐いたほど、二十年近く、この山に親しんだのであるが、小海線から見る八ツは、わが山、とはどうしても見えぬ荒い感じの山に見える。八ツの正面は長坂から富士見迄で、小海線からは横顔である。
小泉駅から鉄路は富士川支流の川俣溪谷を右窓から見下される。水量は余り多くないが、山女魚岩魚が棲んで居る。滝が向ふ岸から落ちて居るのが見える。滝の名は知らないが、入江たか子の滝である。「月よりの使者」と云ふ映画に出た滝である。この映画の原作は久米正雄君であるが、富士見高原療養所の看護婦を主人公にして居るので、ロケーシヨンには入江たか子さんや高田稔君が富士見へ来た。あのロケーシヨンの頃、入所患者が浮世を感じたと見えて、毎晩催眠剤を請求して困つたのを今も思ひ出す。
そのロケーシヨンの下調査の時、私はこの辺で富士の見える所は、みんな富士見高原と思つて居ます、と話して、小海線も一応見て下さいと云つたのである。それでこの滝もロケーシヨンに入つたのである。
あの頃は小海線がやつと開通したばかりであつたが、私はそれ迄にもう二回通つて居た。最初は鉄路が清里迄やつと出来て、汽罐車だけ試運転をした時であつた。景色のすばらしさを私に宣伝させる下心があつてか、私にその試運転に便乗する交渉があつたのである。私はスイスの高山を見物して帰つた後なので、申訳ない事ながら、日本の景色ぐらゐたかが知れて居ると、いさゝかならず軽蔑して、この試運転に便乗したのである。ところが私は全くあきれ返つてしまつたのである。こんなすばらしい景色が日本にこそあつたのである。
その後私の友人で、わがスイスが居るので、彼氏をだまして一度この線へつれて来た。彼氏曰く、これはすばらしい、全く日本ばなれがして居る、と。ほめ方に日本ばなれと云ふのは不届であるが、とにかく世界一と日本人には思はれると確信して居る。
冬富士の高さもここに窮れり
川俣溪谷の奥で汽車は川を渡つて清里駅に着く。富士の見えるのはこゝ迄で、それからは全くの高台の感じの野辺山原となる。八月は秋草が美しい。正月二日は白一色であるが雪の深さは一尺あるかなしである。
次駅信濃川上は、信濃川の上流千曲川が木の根草の根を分けて流れて川の姿をして程なくの所にある。それから線路は千曲に沿ふて、公魚の穴釣の松原湖駅まで。