Chapter 1 of 3

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今は兎たちは、みんなみじかい茶色の着物です。

野原の草はきらきら光り、あちこちの樺の木は白い花をつけました。

実に野原はいいにおいでいっぱいです。

子兎のホモイは、悦んでぴんぴん踊りながら申しました。

「ふん、いいにおいだなあ。うまいぞ、うまいぞ、鈴蘭なんかまるでパリパリだ」

風が来たので鈴蘭は、葉や花を互いにぶっつけて、しゃりんしゃりんと鳴りました。

ホモイはもううれしくて、息もつかずにぴょんぴょん草の上をかけ出しました。

それからホモイはちょっと立ちどまって、腕を組んでほくほくしながら、

「まるで僕は川の波の上で芸当をしているようだぞ」と言いました。

本当にホモイは、いつか小さな流れの岸まで来ておりました。

そこには冷たい水がこぼんこぼんと音をたて、底の砂がピカピカ光っています。

ホモイはちょっと頭を曲げて、

「この川を向こうへ跳び越えてやろうかな。なあに訳ないさ。けれども川の向こう側は、どうも草が悪いからね」とひとりごとを言いました。

すると不意に流れの上の方から、

「ブルルル、ピイ、ピイ、ピイ、ピイ、ブルルル、ピイ、ピイ、ピイ、ピイ」とけたたましい声がして、うす黒いもじゃもじゃした鳥のような形のものが、ばたばたばたばたもがきながら、流れて参りました。

ホモイは急いで岸にかけよって、じっと待ちかまえました。

流されるのは、たしかにやせたひばりの子供です。ホモイはいきなり水の中に飛び込んで、前あしでしっかりそれをつかまえました。

するとそのひばりの子供は、いよいよびっくりして、黄色なくちばしを大きくあけて、まるでホモイのお耳もつんぼになるくらい鳴くのです。

ホモイはあわてて一生けん命、あとあしで水をけりました。そして、

「大丈夫さ、 大丈夫さ」と言いながら、その子の顔を見ますと、ホモイはぎょっとしてあぶなく手をはなしそうになりました。それは顔じゅうしわだらけで、くちばしが大きくて、おまけにどこかとかげに似ているのです。

けれどもこの強い兎の子は、決してその手をはなしませんでした。怖ろしさに口をへの字にしながらも、それをしっかりおさえて、高く水の上にさしあげたのです。

そして二人は、どんどん流されました。ホモイは二度ほど波をかぶったので、水をよほどのみました。それでもその鳥の子ははなしませんでした。

するとちょうど、小流れの曲がりかどに、一本の小さな楊の枝が出て、水をピチャピチャたたいておりました。

ホモイはいきなりその枝に、青い皮の見えるくらい深くかみつきました。そして力いっぱいにひばりの子を岸の柔らかな草の上に投げあげて、自分も一とびにはね上がりました。

ひばりの子は草の上に倒れて、目を白くしてガタガタ顫えています。

ホモイも疲れでよろよろしましたが、無理にこらえて、楊の白い花をむしって来て、ひばりの子にかぶせてやりました。ひばりの子は、ありがとうと言うようにその鼠色の顔をあげました。

ホモイはそれを見るとぞっとして、いきなり跳び退きました。そして声をたてて逃げました。

その時、空からヒュウと矢のように降りて来たものがあります。ホモイは立ちどまって、ふりかえって見ると、それは母親のひばりでした。母親のひばりは、物も言えずにぶるぶる顫えながら、子供のひばりを強く強く抱いてやりました。

ホモイはもう大丈夫と思ったので、いちもくさんにおとうさんのお家へ走って帰りました。

兎のお母さんは、ちょうど、お家で白い草の束をそろえておりましたが、ホモイを見てびっくりしました。そして、

「おや、どうかしたのかい。たいへん顔色が悪いよ」と言いながら棚から薬の箱をおろしました。

「おっかさん、僕ね、もじゃもじゃの鳥の子のおぼれるのを助けたんです」とホモイが言いました。

兎のお母さんは箱から万能散を一服出してホモイに渡して、

「もじゃもじゃの鳥の子って、ひばりかい」と尋ねました。

ホモイは薬を受けとって、

「たぶんひばりでしょう。ああ頭がぐるぐるする。おっかさん、まわりが変に見えるよ」と言いながら、そのままバッタリ倒れてしまいました。ひどい熱病にかかったのです。

ホモイが、おとうさんやおっかさんや、兎のお医者さんのおかげで、すっかりよくなったのは、鈴蘭にみんな青い実ができたころでした。

ホモイは、ある雲のない静かな晩、はじめてうちからちょっと出てみました。

南の空を、赤い星がしきりにななめに走りました。ホモイはうっとりそれを見とれました。すると不意に、空でブルルッとはねの音がして、二疋の小鳥が降りて参りました。

大きい方は、まるい赤い光るものを大事そうに草におろして、うやうやしく手をついて申しました。

「ホモイさま。あなたさまは私ども親子の大恩人でございます」

ホモイは、その赤いものの光で、よくその顔を見て言いました。

「あなた方は先頃のひばりさんですか」

母親のひばりは、

「さようでございます。先日はまことにありがとうございました。せがれの命をお助けくださいましてまことにありがとう存じます。あなた様はそのために、ご病気にさえおなりになったとの事でございましたが、もうおよろしゅうございますか」

親子のひばりは、たくさんおじぎをしてまた申しました。

「私どもは毎日この辺を飛びめぐりまして、あなたさまの外へお出なさいますのをお待ちいたしておりました。これは私どもの王からの贈物でございます」と言ながら、ひばりはさっきの赤い光るものをホモイの前に出して、薄いうすいけむりのようなはんけちを解きました。それはとちの実ぐらいあるまんまるの玉で、中では赤い火がちらちら燃えているのです。

ひばりの母親がまた申しました。

「これは貝の火という宝珠でございます。王さまのお言伝ではあなた様のお手入れしだいで、この珠はどんなにでも立派になると申します。どうかお納めをねがいます」

ホモイは笑って言いました。

「ひばりさん、僕はこんなものいりませんよ。持って行ってください。たいへんきれいなもんですから、見るだけでたくさんです。見たくなったら、またあなたの所へ行きましょう」

ひばりが申しました。

「いいえ。それはどうかお納めをねがいます。私どもの王からの贈物でございますから。お納めくださらないと、また私はせがれと二人で切腹をしないとなりません。さ、せがれ。お暇をして。さ。おじぎ。ご免くださいませ」

そしてひばりの親子は二、三遍お辞儀をして、あわてて飛んで行ってしまいました。

ホモイは玉を取りあげて見ました。玉は赤や黄の焔をあげて、せわしくせわしく燃えているように見えますが、実はやはり冷たく美しく澄んでいるのです。目にあてて空にすかして見ると、もう焔はなく、天の川が奇麗にすきとおっています。目からはなすと、またちらりちらり美しい火が燃えだします。

ホモイはそっと玉をささげて、おうちへはいりました。そしてすぐお父さんに見せました。すると兎のお父さんが玉を手にとって、めがねをはずしてよく調べてから申しました。

「これは有名な貝の火という宝物だ。これは大変な玉だぞ。これをこのまま一生満足に持っている事のできたものは今までに鳥に二人魚に一人あっただけだという話だ。お前はよく気をつけて光をなくさないようにするんだぞ」

ホモイが申しました。

「それは大丈夫ですよ。僕は決してなくしませんよ。そんなようなことは、ひばりも言っていました。僕は毎日百遍ずつ息をふきかけて百遍ずつ紅雀の毛でみがいてやりましょう」

兎のおっかさんも、玉を手にとってよくよくながめました。そして言いました。

「この玉はたいへん損じやすいという事です。けれども、また亡くなった鷲の大臣が持っていた時は、大噴火があって大臣が鳥の避難のために、あちこちさしずをして歩いている間に、この玉が山ほどある石に打たれたり、まっかな熔岩に流されたりしても、いっこうきずも曇りもつかないでかえって前よりも美しくなったという話ですよ」

兎のおとうさんが申しました。

「そうだ。それは名高いはなしだ。お前もきっと鷲の大臣のような名高い人になるだろう。よくいじわるなんかしないように気をつけないといけないぞ」

ホモイはつかれてねむくなりました。そして自分のお床にコロリと横になって言いました。

「大丈夫だよ。僕なんかきっと立派にやるよ。玉は僕持って寝るんだからください」

兎のおっかさんは玉を渡しました。ホモイはそれを胸にあててすぐねむってしまいました。

その晩の夢の奇麗なことは、黄や緑の火が空で燃えたり、野原が一面黄金の草に変ったり、たくさんの小さな風車が蜂のようにかすかにうなって空中を飛んであるいたり、仁義をそなえた鷲の大臣が、銀色のマントをきらきら波立てて野原を見まわったり、ホモイはうれしさに何遍も、

「ホウ。やってるぞ、やってるぞ」と声をあげたくらいです。

あくる朝、ホモイは七時ごろ目をさまして、まず第一に玉を見ました。玉の美しいことは、昨夜よりもっとです。ホモイは玉をのぞいて、ひとりごとを言いました。

「見える、見える。あそこが噴火口だ。そら火をふいた。ふいたぞ。おもしろいな。まるで花火だ。おや、おや、おや、火がもくもく湧いている。二つにわかれた。奇麗だな。火花だ。火花だ。まるでいなずまだ。そら流れ出したぞ。すっかり黄金色になってしまった。うまいぞ、うまいぞ。そらまた火をふいた」

おとうさんはもう外へ出ていました。おっかさんがにこにこして、おいしい白い草の根や青いばらの実を持って来て言いました。

「さあ早くおかおを洗って、今日は少し運動をするんですよ。どれちょっとお見せ。まあ本当に奇麗だね。お前がおかおを洗っている間おっかさんが見ていてもいいかい」

ホモイが言いました。

「いいとも。これはうちの宝物なんだから、おっかさんのだよ」そしてホモイは立って家の入り口の鈴蘭の葉さきから、大粒の露を六つほど取ってすっかりお顔を洗いました。

ホモイはごはんがすんでから、玉へ百遍息をふきかけ、それから百遍紅雀の毛でみがきました。そしてたいせつに紅雀のむな毛につつんで、今まで兎の遠めがねを入れておいた瑪瑙の箱にしまってお母さんにあずけました。そして外に出ました。

風が吹いて草の露がバラバラとこぼれます。つりがねそうが朝の鐘を、

「カン、カン、カンカエコ、カンコカンコカン」と鳴らしています。

ホモイはぴょんぴょん跳んで樺の木の下に行きました。

すると向こうから、年をとった野馬がやって参りました。ホモイは少し怖くなって戻ろうとしますと、馬はていねいにおじぎをして言いました。

「あなたはホモイさまでござりますか。こんど貝の火がお前さまに参られましたそうで実に祝着に存じまする。あの玉がこの前獣の方に参りましてからもう千二百年たっていると申しまする。いや、実に私めも今朝そのおはなしを承わりまして、涙を流してござります」馬はボロボロ泣きだしました。

ホモイはあきれていましたが、馬があんまり泣くものですから、ついつりこまれてちょっと鼻がせらせらしました。馬は風呂敷ぐらいある浅黄のはんけちを出して涙をふいて申しました。

「あなた様は私どもの恩人でございます。どうかくれぐれもおからだを大事になされてくだされませ」そして馬はていねいにおじぎをして向こうへ歩いて行きました。

ホモイはなんだかうれしいようなおかしいような気がしてぼんやり考えながら、にわとこの木の影に行きました。するとそこに若い二疋の栗鼠が、仲よく白いお餠をたべておりましたがホモイの来たのを見ると、びっくりして立ちあがって急いできもののえりを直し、目を白黒くして餠をのみ込もうとしたりしました。

ホモイはいつものように、

「りすさん。お早う」とあいさつをしましたが、りすは二疋とも堅くなってしまって、いっこうことばも出ませんでした。ホモイはあわてて、

「りすさん。今日もいっしょにどこか遊びに行きませんか」と言いますと、りすはとんでもないと言うように目をまん円にして顔を見合わせて、それからいきなり向こうを向いて一生けん命逃げて行ってしまいました。

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