Vol. 2May 2026

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今日は無事

正宗白鳥

このごろは淺間山もしきりに煙を噴いてゐる。鳴動して黒煙を吐き白煙を吐いてゐる。天明の大噴火を想像すると、今の世にだつて、無數の熔岩が猛烈な勢ひをもつて湧出して、六里ヶ原の慘状を新たに現出するのではないかと氣遣はれたりするのであるが、それは詩中の不安情調で、わが心に陰鬱の影がさすのではない。さえた空に、鳴動とともに、むくむくと噴き上つた煙が漂ふのは、見るからに

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今日の生活と文化の問題

宮本百合子

今日の生活と文化の問題 宮本百合子 文化という二つの文字に変りはないようだけれども、歴史のそれぞれの時代で文化の示す様相は実に変化の激しいものがある。そして、文化が危期におかれるという現実もあり得るのである。 大体私たちは日常の言葉として文化を云う場合、それはいつも人間生活の何かの進歩、何かの知慧の明るさ、醜いものより美しさに近づいたものを考えているのだと思

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今日の耳目

宮本百合子

今日の耳目 宮本百合子 高札 いつも通る横丁があって、そこには朝鮮の人たちの食べる豆もやし棒鱈類をあきなう店だの、軒の上に猿がつながれている乾物屋だの、近頃になって何処かの工場の配給食のお惣菜を請負ったらしく、見るもおそろしいような烏賊を賑やかに家内じゅう総がかりで揚げものにしている蒲焼の看板をかけた店だのというものが、狭い道に溢れて並んでいる。 そういう横

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今日の読者の性格

宮本百合子

今日の読者の性格 宮本百合子 一 今から二十何年か前、第一次ヨーロッパ大戦が終る前後の日本では、足袋に黄金のこはぜをつけた人もあるというような話があった。そして、ジャーナリズムもこの時代に一つの経済的な飛躍をとげ、菊池寛、久米正雄というような作家たちを通俗作家として出発させ、円本が売れた。一つの画期をなした時代であったが、読者というものはあの頃、どんな角度で

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今昔ばなし抱合兵団 ――金博士シリーズ・4――

海野十三

1 なにがさて、例の金博士の存在は、現代に於ける最大奇蹟だ。 博士に頼みこむと、どんなむつかしそうに見える科学でも技術でも、解決しないものは一つもない。雲を呼んでくれと博士にいえば、博士はそこに並んでいる壜の栓を片端から抜く。抜けば、壜の中よりは、濛々たる怪しき白い霧、赤い霧、青い霧、そのほかいろいろが、竜巻のような形であらわれ、ゆらゆらと揺れているのを面白

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今昔茶話

国枝史郎

前司法大臣風見章閣下、と、こう書くと、ずいぶん凄いことになって、僕など手がとどかないことになる。しかし、前大阪朝日新聞記者風見章、と、こう書くと、僕といえども気安くものが云える。そこで、その頃の風見さんのことを書く。 その頃僕はその大阪朝日新聞社の社会部の記者であった。その時の同僚といえば、この記事を掲載する「外交」の社長の竹内夏積(本名は、克己だ)や、画家

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今月の感想 ――文芸時評

岸田国士

一 雑誌を一度に隅から隅まで読むのは辛いから、私は、さういふ義務を負はない約束で、この文章を書くことにした。 私が今、拾ひあげたい問題といふのは、当節やはり一番人々の注意を集めてゐる日本対世界、民族対人類の問題であらう。これは私自身についていへば、もう解決ずみなのであるが、理窟をこねればこねられないこともない。たゞ、多くの人の議論を読んでみると、たいていは自

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今朝の雪

宮本百合子

今朝の雪 宮本百合子 太陽が照り出すと、あたりに陽気な雪解けの音が響きはじめた。 どこかの屋根から小さい地響きを立てて雪がすべり落ちる。いろいろな音いろで、雨だれがきこえはじめ、向いの活版屋の二階庇にせわしないしぶきがとんでいる。昼に間もない時刻の日光が、そちら側の家並を真正面に照らして、しぶきはまわりに小さな虹でも立てそうに輝きながらとび散っている。 夜の

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今様夫婦気質

清水紫琴

今様夫婦気質 清水紫琴 上 素麺は潰しても潰しの利かぬ学者の奥様 山の手のどこやらに、是波霜太様とて、旦那は日々さるお役所の属官勤め、お髭もまだ薄墨の、多くはあらぬ御俸給ながら、奥様もさる学校の女教師様、お二方の収入を、寄合世帯の御仲睦しく、どちらが御主人とも分らぬ御会釈ぶり。お座敷にはちやんとお二方の机並べて、男女合宿の書生交際、奥様役もかたみ代はり。毎朝

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今、生まれしみどり児

羽仁もと子

めでたきものは 今、世に来たりしみどり児。 大いなるものの創造の み手をはなれて遠からじ。 父に似し母に似し兄に姉にとささめく前に、 新しき生命に現われている 神のみ業をみつめよう。 みどり児のめでたさは、 その絶対の独自さである。 親やこの世の型の外にあふれている その輝く自由さである。 絶対に自由な生命、 独自なる生命、 それが親々の生を通して この世に

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仏像とパゴダ

高見順

たとえば私と一緒にビルマへ行った人が、ビルマの仏像のひどさに就いて書いていた。ビルマは有名な仏教国で仏像が至る所にあるのだが、その至る所にある仏像のひどさ、――児戯に類するという言葉があるがその形容が如何にもぴったりと当て嵌ると思われるその彫刻のひどさ。私たちが日本にあって拝む仏像も皆立派なすぐれたものばかりという訳ではないが、それにしても、私の家の仏壇にあ

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仏教史家に一言す

津田左右吉

歴史家に要する資格のさまざまあるが中に、公平といふことがその重要なるものの一なるは争ふべからず。公平とは読んで字の如く一見甚だ明かなるが如くなれど、細かに考ふれば真に公平を保つは容易のことに非ず。公平とは私偏を挟まぬこと、即ち事実を観察するに予め成見を抱かず、議論をなすに故意の造作を為さざること等にして、これらは史家の心掛け次第にて、随分避くるを得べしとす。

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わが仏文壇に「なくてはならぬ部分」を残す ――「吉江喬松全集」推薦の辞――

岸田国士

吉江博士の業績について私は深く識つてゐるとは云へないけれども、博士の同学問に於ける信望は、単に、その人徳の然らしむるのみではなからう。その二三の著作に触れた印象を以てすれば、博士は、フランス文学の精神を文化史的或は社会史的観点に立つて捉へようとした異色ある学徒であつた。しかも、自然詩人たる温雅な風懐をその論述のなかにさへみるのは甚だ心愉しいものである。 多彩

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仏法僧

今井邦子

最近佛法僧の事が流行の状態となり、その正體が明らかにされて來た爲か、昔「佛法僧」といふ名を聞いただけで一種の神祕的な幻影を心に投げた時代は過ぎたといふ感がある。 私が佛法僧といふ鳥の事を初めて讀んだのは今から二十幾年の以前、上田秋成の「雨月物語」の中で讀んだ卷之三「佛法僧」の一文の中であつた。拜志氏の人夢然といふ老人が季の子作之治といふを連れて高野山に詣で、

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仏法僧鳥

斎藤茂吉

大正十四年八月四日の朝奈良の宿を立って紀伊の国高野山に向った。吉野川を渡り、それから乗合自動車に乗ったころは、これまでの疲れが幾らか休まるような気持でもあった。これまでの疲れというのは、比叡山で連日『歌』の修行をし、心身へとへとになったのをいうのである。 乗合自動車を乗り棄てると、O先生と私とは駕籠に乗り、T君とM君とは徒歩でのぼった。そうして、途中で驟雨が

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仏法僧鳥

斎藤茂吉

仏法僧鳥 斎藤茂吉 大正十四年八月四日の朝奈良の宿を立つて紀伊の国高野山に向つた。吉野川を渡り、それから乗合自動車に乗つたころは、これまでの疲れが幾らか休まるやうな気持でもあつた。これまでの疲れといふのは、比叡山上で連日『歌』の修行をし、心身へとへとになつたのをいふのである。 乗合自動車を乗り棄てると、O先生と私とは駕籠に乗り、T君とM君とは徒歩でのぼつた。

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仔牛

新美南吉

仔牛 新美南吉 仔牛が ある 日 お父さん牛と お母さん牛の ところへ いつて、 「父ちやん 母ちやん、あたい 體の 中が むぢゆむぢゆすんの。」と いひました。お父さん牛も お母さん牛も すつかり よろこんで よだれを たらしました。そして お母さん牛が いひました。 「坊や その むづむづするのはね、今に 坊やの 體から 何かゞ 生えて くるのよ、さあ 

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仔猫の「トラ」

片山広子

仔猫の「トラ」 片山廣子 トラ子はもみの頸輪をして、庭のいてふの樹を駈けあがりかけ下りたりしてゐる。トラ子の木のぼりは彼唯一の芸で、私たちをたのしませるために一日に一二度はやつて見せる。トラ子といふのは今年の六月生れの、ほんとうは雄猫である。はじめ隣家にもらはれて来たが、そこには犬と二匹の仔豚がゐて、おさない猫の心にも怖くて落ちつかないらしく、私の家に来ては

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仔猫の裁判

槙本楠郎

「こどもクラブ」では、日曜日ごとに、朝の九時半から正午まで、子供会がありました。このクラブは、町の大人たちのつくつてゐる「睦会」の二階で、六畳の間二つが、ぶつ通しになる明るい部屋でした。 表の間の天井のまん中からは、色テープが八方に引きまはされ、それには、葡萄の葉や果がブラ下つたやうに、色さまざまの紙かざりが吊り下げてありました。折紙細工の鶴や舟や兜や股引や

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バキチの仕事

宮沢賢治

「ああそうですか、バキチをご存じなんですか。」 「知ってますとも、知ってますよ。」 「バキチをご存じなんですか。 小学校でご一緒ですか、中学校でご一緒ですか。いいやあいつは中学校なんど入りやしない。やっぱり小学校ですか。」「兵隊で一緒です。」 「ああ兵隊で、そうですか、あいつも一等卒でさね、どうやってるかご存じですか。」「さあ知りません。隊で分れたきりですか

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いさましい ちびの仕立屋さん

グリムヤーコプ・ルートヴィッヒ・カール

ある夏の朝のことです。ちびの仕立屋さんが窓ぎわの仕立台にむかって、いいごきげんで、いっしょうけんめい、ぬいものをしていました。 すると、ひとりのお百姓さんのおかみさんが通りをやってきて、 「じょうとうのジャムはどうかね、じょうとうのジャムはどうかね。」 と、よばわりました。 この声が、ちびの仕立屋さんの耳に、いかにも気持ちよくひびいたのです。それで、仕立屋さ

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ロプ・ノールその他

寺田寅彦

ロプ・ノールその他 寺田寅彦 東トルキスタン東部の流砂の中に大きな湖水ロプ・ノールのあることは二千年昔のシナ人にはすでに知られていて、そのだいたいの形や位置を示す地図ができていたそうである。西暦一七三三年に二人のヨーロッパ人が独立に別々にその地方の地図をシナから持ち帰った。ところがマルコポロは一二七三年にこの湖のすぐ南の砂漠を通ったはずであるのに湖の事はなん

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その他もろもろ

片山広子

たぶん五六年前のことと覚えてゐる。私の歌の友だちの栗原潔子さんが小野小町の墓を訪ねる歌を十首ばかりの連作にして、どこかの雑誌に出したことがある。作者が何かの用事で栗橋の近くまで行つたとき、むかし小町が都にも住みきれず落ちぶれきつてみちのくへ行く旅の途中、その辺の路傍に死んでしまつたのを、里びとがそこに葬つたという言伝へがあるのださうで、それは嘘かほんとか、あ

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