兄弟のやまばと
小川未明
「お母さん。これから、また寒い風が吹いてさびしくなりますね。そして、白く雪が野原をうずめてしまって、なにも、私たちの目をたのしませるようなものがなくなってしまうのですね。なんで、お母さんは、こんなさびしいところにすんでいたいのでしょうか。」と、子ばとは、母親に向かっていいました。 いままで輝かしかった山も、野原も、もはや、冬枯れてしまいました。そして、哀れな
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小川未明
「お母さん。これから、また寒い風が吹いてさびしくなりますね。そして、白く雪が野原をうずめてしまって、なにも、私たちの目をたのしませるようなものがなくなってしまうのですね。なんで、お母さんは、こんなさびしいところにすんでいたいのでしょうか。」と、子ばとは、母親に向かっていいました。 いままで輝かしかった山も、野原も、もはや、冬枯れてしまいました。そして、哀れな
槙本楠郎
まるで野中の鶏小舎を襲う野犬のように 奴等は一言も吠えず踏込んで来た 寝ていた兄はガバとはね起き 突嗟に雨戸を押倒して奴等を踏みつけた けれど奴等は一人ではなかった すぐ躍りかかる奴があった 兄は組み敷かれた 兄は引っ立てられた 奴等は遂に兄をかっぱらって行ってしまったのだ それは今朝の五時頃だった うす明りの今 藁屋根に下る牙のような氷柱は しずかにとけて
小川未明
正二は、夏のころ、兄さんと川へいっしょにいって、とってきた小さな魚を、すいれんの入っている、大きな鉢の中へ入れて、飼っていました。 そのうちに、夏も過ぎ、秋も過ぎてしまって、魚は川にいれば、もう暖かな場所を見つけて冬ごもりをする時分なのに、鉢の中では、そんなこともできませんでした。 寒い風が、野の上や、森をふく、ある日のことでありました。 「おや、魚が死んで
田山花袋
私は思ふ、調子の惡い文章は書いても、無駄の多い文章は書き度くない、と。調子といふものを庇ふと、兎角無意味な文字を使ひたくなる。無意味の文字を使ふと、何うも感じが空疎になつて困る。ゴンクールは勉めて文法を排し、アカデミイ派の文章の整一を蛇蝎のごとく憎んださうだが、私も何うか名文は書きたくない、充實した文章を書きたいと心懸けて居る。それと言ふのも、自分の文章がよ
北村透谷
兆民居士安くにかある 北村透谷 多くの仏学者中に於てルーソー、ボルテールの深刻なる思想を咀嚼し、之を我が邦人に伝へたるもの兆民居士を以て最とす。「民約篇」の飜訳は彼の手に因りて完成せられ、而して仏国の狂暴にして欝怏たる精神も亦た、彼に因りて明治の思想の巨籠中に投げられたり。彼は思想界の一漁師として漁獲多からざるにあらず、社会は彼を以て一部の思想の代表者と指目
チェスタートンギルバート・キース
ブラウン神父がいつも断言していたように、彼は眠つているうちにこの問題を解決したのであつた。そして事実そのとおりであつたが、ちよつと妙な所があつた。なぜかといえばそういうことになつたのはむしろ彼が眠りをさまたげられたときだつたからである。朝ばかに早く眠りをさまたげられたのは、ブラウンの部屋の向側に建築中だつた巨大なビルディング――つまり未完成ビルディングの中で
ギャロッドアーチボルド
動物や植物の属や種を区別するのに役立つ構造や形の違いは、自然における最も明白な事実である。これらを見つけるには科学の訓練を必要とせず、教育ていどが低い知能の人であっても気がつかないことはない。しかし知識が増えるとともにこの見かけ上の違いおよび形から形への発生的な関係の基礎に、均一性のあることを学ぶ。生体組織の化学的成分およびこれらの組織が作られ壊される代謝過
夏目漱石
木の葉の間から高い窓が見えて、その窓の隅からケーベル先生の頭が見えた。傍から濃い藍色の煙が立った。先生は煙草を呑んでいるなと余は安倍君に云った。 この前ここを通ったのはいつだか忘れてしまったが、今日見るとわずかの間にもうだいぶ様子が違っている。甲武線の崖上は角並新らしい立派な家に建て易えられていずれも現代的日本の産み出した富の威力と切り放す事のできない門構ば
太宰治
けさ新聞紙上にて、文壇師弟間の、むかしながらのスパルタ的なる鞭の訓練ちらと垣覗きして、あれではお弟子が可愛さうだと、清潔の義憤、しかも、酸鼻といふ言葉に據つて辛くも表現できる一種凌壯の感覺に突き刺されて、あ、と小さい呼び聲、女の作家、中條百合子氏の、いちいち汚れなき抗議の文字、「文學に、何ぞ、この封建ふうの徒弟氣質、――」云々の、お言葉に接して、いまは猶豫の
夏目漱石
ケーベル先生の告別 夏目漱石 ケーベル先生は今日(八月十二日)日本を去るはずになっている。しかし先生はもう二、三日まえから東京にはいないだろう。先生は虚儀虚礼をきらう念の強い人である。二十年前大学の招聘に応じてドイツを立つ時にも、先生の気性を知っている友人は一人も停車場へ送りに来なかったという話である。先生は影のごとく静かに日本へ来て、また影のごとくこっそり
中谷宇吉郎
前に「先生を囲る話」を書いた時、その中に所々御弟子達の言動を点景人物の意味で入れておいた。ところがあの話は実は先生のいわれた言葉が重大なので、それは一段下げて書いておいた。しかしそれだけでは体をなさぬので、当時の先生を囲る周囲の気分を現わすために一々の話にちょっと前置きを書いたので、その点あの「話」には筆者のモンタージュが多少施してあることを御断りする。しか
中谷宇吉郎
この話は大正十二年の暮から昭和三年の春までの四年あまりにわたって、私が先生の下で学生または助手として働いている間に、実験室や御宅の応接間で折にふれて先生から聞いた話を思出すごとに書き留めておいたものを整理したものである。書きかけて見ると何だか少し自分の事もかなり這入りそうで少し面はゆい所もあるが、一方考えてみるとこのような弟子の一人としてみたところの主観も少
岸田国士
奥居町子 聖風学園の経営者 同 朔郎 その夫 花巻篠子 変死せる児童の母 有田道代 教師 富樫 篠子の甥と称する男 尾形 嘱託医 角さん 小使 たい その妻 かず 篠子の女中 運転手 その他男女の生徒多勢 東京に近いある新開田園都市の一隅。赤松の自然林を切り開いて、木造平屋のバラツク大小二棟と、二階建の住宅一棟――これが、
長岡半太郎
プランク先生の憶い出 長岡半太郎 物理學は19世紀の末から20世紀の初めにかけ革新的衝撃を受けた。クルツクスの輻射物 J・J・トムソンその他の放電攻究 電子の發明などは舊式の説明では齒に懸らず 皆當惑している際 相前後してエツキス線の發見あり また放射性物質の存在を確め 益々迷宮に入らんとする頃開拓された電波通信は 難なくマツクスウエルの電磁論から明瞭なる解
宮本百合子
C先生への手紙 宮本百合子 雑信(第一) C先生――。 其後は大変御無沙汰致して仕舞いました。東京も、さぞ暑くなった事でございましょう。白い塵のポカポカ立つ、粗雑なペンキ塗の目に痛く反射する其処いらの路を想像致します。御丈夫でいらっしゃいますでしょう。 此間中から、私の思って居る種々の事を申上度いと思って居りましたが、つい延び延びに成って仕舞いました。決して
夏目漱石
マードック先生の『日本歴史』 夏目漱石 上 先生は約の如く横浜総領事を通じてケリー・エンド・ウォルシから自著の『日本歴史』を余に送るべく取り計われたと見えて、約七百頁の重い書物がその後日ならずして余の手に落ちた。ただしそれは第一巻であった。そうして巻末に明治四十三年五月発行と書いてあるので、余は始めてこの書に対する出版順序に関しての余の誤解を覚った。 先生は
槙本楠郎
今日は、ひとつ、私の子供の時分――小学校時代のことを話しませう。私は八つから小学校へ上りましたが、その年が丁度「日露戦争」の終つた年でしたから、もうよつぽど古いことです。 その頃、私の村には小学校が二つありましたが、大きい方も小さい方も、どちらも尋常科だけで、高等科は隣村の町にしかなかつたのです。しかもその頃の尋常科は四年まででした。それで卒業なんです。 私
寺田寅彦
先生への通信 寺田寅彦 ヴェニスから お寺の鳩に豆を買ってやることは日本に限ることと思っていましたがここのサンマルコのお寺の前でも同じことをやっています。ただし豆ではなくてとうもろこしを細長い円錐形の紙袋につめたのを売っています。 大道で鍋を煮立たせて、ゆでだこを売っている男がいました。 ヴェニスの町は朽ちよごれているが、それは美しく朽ちよごれているので壁の
竹久夢二
先生の顔 竹久夢二 1 それは火曜日の地理の時間でした。 森先生は教壇の上から、葉子が附図の蔭にかくれて、ノートへ戯書をしているのを見つけた。 「葉子さん、そのノートを持ってここへお出でなさい」不意に森先生が仰有ったので、葉子はびっくりした。 葉子は日頃から成績の悪い生徒ではありませんでした。けれど鉛筆と紙さえ持つと、何時でも――授業の時間でさえも絵を画きた
岸田国士
僕の作品に於ける八重子を語れば、非常にいゝ場合と、それ程でない場合があるが、しかし、現在の職業俳優の中では、兎も角も一番「若い女性」になつてゐる。八重子を措いて他に人がないと言ひ得られる。 俳優としての素質、才能、容姿に多分に恵まれて、その教養に於て、新派と新劇の間を縫つて、その何れにも拘はれず、両方の長所を採り入れた八重子の、今日あるのは当然な事である。し
宮本百合子
昨今の複雑で又変動の激しい世相は、一方に真面目な歴史研究への関心を刺戟しているが、若い婦人たちの間にも、益々多岐多難な女性の日常生活についての自省とともに、人類の長い歴史の消長のなかで女はどのような社会的歩きかたをして来たものかという女性史についての探求心が旺になっているのは、現代日本の興味ある一つの現象であると思う。その方面に関心をもっている人々は、明らか
中山啓
この瞬間世界は 尊い持物の一つを 失おうとしているのだ 革命をバイロンの熱で叫び出し ホーマの調で 勝鬨をあげようとした君が あわれ囚われとなって 虐政者の鉞の下に坐っている 君の晴れた瞳も華かな笑声も もう再び俺達の手に 帰って来ないのだ 地を離れて――遥かに遥かに あの蒼穹の彼方へ距りゆくのだ 歎いても泣いても 魂は再び帰って来ないのだ! 昔から幾千の思
岸田国士
演劇の分野において、明治時代は真に革新と名づけられるやうな芸術運動も、啓蒙事業も殆ど企てられてゐない。 末松謙澄等によつて主唱された演劇改良会の実体は、周知の如く、在来の歌舞伎劇を「文明開化」の名にそむかぬやうな粉飾でこれを品位ある外客接待用の、また子女教育に害のない催し物たらしめようとした一部「有力者」の余技的発案にすぎず、この機運に乗つて、かの新派劇の発
新美南吉
畑の光のなかにゐる。 黒い土をば耕してる。 町の光の中にゐる。 馬をつないで売つてゐる。 窓の光のなかにゐる。 紡ぐるまをまはしてる。 くらい光のなかにゐる。 鎚で金鉱たゝいてる。 ――人は光りのなかにゐる。 神も光りのなかにゐる。 ●図書カード