Chapter 1 of 1

Chapter 1

軽井沢で

芥川龍之介

黒馬に風景が映つてゐる。

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朝のパンを石竹の花と一しよに食はう。

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この一群の天使たちは蓄音機のレコオドを翼にしてゐる。

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町はづれに栗の木が一本。その下にインクがこぼれてゐる。

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青い山をひつ掻いて見給へ。石鹸が幾つもころげ出すだらう。

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英字新聞には黄瓜を包め。

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誰かあのホテルに蜂蜜を塗つてゐる。

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M夫人――舌の上に蝶が眠つてゐる。

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Fさん――額の毛が乞食をしてゐる。

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Oさん――あの口髭は駝鳥の羽根だらう。

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詩人S・Mの言葉――芒の穂は毛皮だね。

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或牧師の顔――臍!

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レエスやナプキンの中へずり落ちる道。

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碓氷山上の月、――月にもかすかに苔が生えてゐる。

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H老夫人の死、――霧は仏蘭西の幽霊に似てゐる。

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馬蝿は水星にも群つて行つた。

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ハムモツクを額に感じるうるささ。

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雷は胡椒よりも辛い。

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「巨人の椅子」と云う岩のある山、――瞬かない顔が一つ見える。

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あの家は桃色の歯齦をしてゐる。

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羊の肉には羊歯の葉を添へ給へ。

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さやうなら。手風琴の町、さようなら、僕の抒情詩時代。

(大正十四年稿)

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