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ぼくには生活がない。しなければならないことも、したいこともなにもない。ただ毎日を死んでいるみたいに生きている。生活というのは一種の保護膜のようなものだ。それが身を守るためにこれほど有用なものだったとは、失ってみるまで気づかなかった。保護膜を失い生活圏の外の世界に直接出ることは成層圏の外に出て太陽を肉眼でみる以上に危険なことだ。この世界の光は直射日光よりもまぶしく、紫外線よりも毒性が高い。なにかの拍子に炎天下の地上に出てしまったミミズの運命。自分の身に何が起きたのかも理解できず、不意の光線を逃れるすべもなく、ただ灼熱のアスファルトの上をのたうちまわるしかないのである。
どこでどう間違えてこんなことになってしまったのか。誰かがぼくに強制したわけではない。ぼくはいつも自分自身で選択してきた。それは確かなことだ。けれども今の状況がぼくの望んでいたものだったのだろうか。大学を卒業したあと職に就かなかった。それだけのことだ。あのときは他にしたいことがあったのだ。しかし今ではもう自分がなにをしたかったのかさえ忘れてしまった。ありもしない未来に形のない希望を感じていたころが遠い昔のことのような気がする。追い求めていた夢がガスのように消えてしまうものでしかなかったのなら、もともと大した動機など持っていなかったのだろう。そういわれたとしても仕方のないことだ。
ぼくは一体何に夢中になっていたのか。きっとそれは死ぬまで見続けなければならない夢だったのだ。その夢から目を覚ますことになった一番の原因は自分自身の弱さだったとわかっている。でも眠りが浅くなった一瞬につい夢から目を覚ましてしまったのは、君のせいでもあるんだよ。ひとりで生きていくことのむなしさをぼくに教え、一緒に暮らすことが唯一の正しい生き方のように思わせたのは君だったはずだ。その君がいなくなってしまい、ぼくは途方に暮れている。もっともぼくがこんな状態になってしまったのと、君があっさりと他の男と暮らすようになったのとはどちらが先だったのか、今となっては思い出せない。
一体ぼくがなにを失ったというのだ。君と出会う前に戻っただけではないか。住む場所に不自由しているわけでもない。ぼくが小学生のころ両親が建てた二階建ての家。彼らはここには住んでいない。夫婦で海外に暮らしている。衣食にも全く不自由しない。向こうでは円も必要ないから、こちらでの財産はすべてぼくが管理している。管理というと聞こえはいいが、実際は勝手に使って少しずつ喰いつぶしているだけだ。毎日を過ごす上でぼくに不足しているものはなにもない。むしろ必要以上に満たされている。
そもそもぼくに失うものなんてあったのだろうか。君がいなくなって初めて、ぼくはもともとひとりだったことに気づいた。そんなことはぼくだけが特別なわけではない。今さらそんなことを言い出すのは反則かもしれない。確かなことはぼくには今なにもすることがなくなったということだ。これが小説なら、もう最後の一行まで書かれ、あるいは読まれてしまい、一つの虚構の世界が閉じているはずだ。しかしぼくはまだここにいる。郊外の住宅地にある二階建ての家に閉じこもり、ひとりで漠然とした日々を過ごしてもうどのくらいになるだろう。そしてぼくは脱ぎ捨てられたままの下着さながらの自堕落な生活のなかで、少しずつ蝕まれていく自分を目新しい玩具のように眺めている。言うなればそれが今のぼくのただひとつの楽しみだ。
一日が二十四時間であることは今のぼくにとってはあまり意味のないことだ。するべきこともしたいこともなくなってしまった人間は地球の自転周期を基準にして寝起きする必要がない。人間の体内時計の周期は地球の自転周期とずれているという話を聞いたことがある。きっとそれは本当のことだ。雨戸を閉め切って、昼夜を問わず蛍光灯の光で暮らし、自分の生理的要求のみに従って寝起きしてみればいい。少しずつ昼夜の交代と自分の営みがずれてくるのがわかる。昨日の起床時間が十時だとすると、今日は十時半、明日は十一時、という具合だ。
今日目が覚めたのは朝の五時半だった。珍しく雨戸を開けてみた。今の季節、この時間、外はもう明るい。ひさしぶりの自然光に緊張し、全身に鳥肌が立った。町はまだひっそりとしている。建物や道路が人々の生活のなかで意味を持ち、息づき始める直前の時間。
ぼくはすっかり町に出るのが嫌いになってしまった。町にいる人々はみな忙しい。みなそれぞれの暮らしに夢中なのだ。ぼくも自分なりの目的をもって歩いているようなふりをしなくてはならない。さもなくば世のなかのあちこちにあいた裂け目から暗い闇の底へ落ちてしまいそうだ。ぼくは自分が自分であることを悟られないように、びくびくしながら歩かなくてはならない。生活という保護膜は、それを持たないものから見れば、無数の棘の突き立った鎧のようなものだ。それはある意味で紫外線以上に危険だ。うかつに近寄ると大怪我をしかねない。せめてもの救いはその鎧が目に見えるものではないことだ。ぼくが鎧をまとっていないことに気づくものは誰もいない。自ら墓穴を掘るようなまねさえしなければいい。もっともいつどんな拍子に鎧を持っていないことがばれるかしれない。いつでもビザのない不法入国者の心境だ。
しかし今ならもっと気楽な気持ちで町に出られるのではないか。町にはまだ荒々しい生活の渦ができていない。下手な歩き方をとがめる視線も気にせずにすむ。