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古代之少女
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古代之少女
伊藤左千夫
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Chapter 10 of 14

十

ねぢけ心といふものゝ少しもない、私部小室は手古奈に對する戀の失敗に就いて、其落膽と失望とは言語に絶えて憐れなさまであつたが心には聊かの嗔恚もない。從て手古奈には勿論忍男に對しても恨の念を秋毫も挾まぬのである。只一切を自分の不幸に歸して、手古奈を失へる自分は、天地の有らゆる物に歡樂を得難くなれるを嘆く許りである。

去年の暮手古奈の父を門に送つてよりこの方、只一室に起臥して庭にも立たぬ。一日も乘らぬといふことなかつた愛馬をすら見んともせない。一人の弟なる千文や近く仕ふる人々がこもごも且つ慰め且つ諫めて打嘆くにも、只人々の諫めに從はんと思ふの心切なれども、吾心は吾諫めをすら背くすべなさと答ふるのみである。

されば一家の寂しさは云ふに及ばず、領内聞き傳へて殆ど喪中の有樣で、聲高に笑ふさへ人聞きを厭ふ程である。平生賢明の譽れ高く領内の悦服尋常でなかつたゞけ、誰一人吾領主に同情を寄せぬものはない。かゝる所へ日置一家の花々しき噂さが日毎に傳はるものから、領内の人は一般に云ふに云ひ難き苦痛を感ずる。中にも血氣の若者等は、領主の爲に無念の涙を呑みつゝあるのである。

深く悦服して居る領主の心を計りかね、輕々しき行動は控へて居るものゝ、若しも小室が何等か恨を晴らさうとするならば、火も水も物かはと躍り出るもの五人や十人ではない。

どうせ何等かなくて濟まずとは、誰云ふとなく一般に信ずる處である。此頃はもう何の事もなく三人寄れば其話で、若しも領主の心を安め得るならば、如何樣な事なりとも、假令へば、入江の潮を堰止める程の事なりとも、遂げでは止まずと齒を噛むのである。少しく思慮ある族は涙を呑んで控へて居るが、分別なき少壯の手合は、日置の領内の者と云へば、犬猫なりとも打殺し度き心で居る。まさかに無態に亂入も出來なく、僅に無事を保ちつゝある。

二月十日の夕刻の出來事は、突然の衝突だけに大事に至らずに濟んだ。日置の領内の内にも多少の思慮のある手合は、之を騷ぐと大事になると氣付て、二度とあつたら我々も承知せぬ。今度は我慢をせとなだめた爲め、打たれた男も外の二人も泣き寢入になつたのであるが、遺恨は胸の底に熱して居る。處が私部領内の者の身になると、それ位の事でなか/\腹がいせない。そんな三人許りの奴らをいぢめたつて仕方があるものか。丸切殺して見ても三人ぢやないか。やる時が來たらうんとやれ。理が非でも何とか鬱憤を漏らさなければ、何を食つてもうまくない。

かういふ氣合で居る。少しく氣取つた連中は事領主の上に關することで、殿樣の心持も判らぬ此際無分別な事をやつては、どんな迷惑を殿樣に掛けるか知れない。つまらぬ事はせぬがよいと頻りに血氣の徒を慰めて居るが、なか/\承知しさうもない。

今日は共同種井の水替といふので、四五の少壯輩が酒を汲んで例の痛憤談をやつて居る。

殿樣は殿樣だけに、見苦しい事も出來ず、憤恨をこらへて籠られて居るのだ。それを配下の吾々が知つて知らぬ振りをして居るといふことがあるか。人の戀人を横取しやがつて、馬競べなどにて仰山に騷ぎ立て是れ見よがしの日置の仕打は、餘りに憎々しいやりやうぢやないか。誰れだつてさういふ時には病氣にもなる。身分のあるだけにこらへて居る。こらへて居るだけに苦しみが強い。それを平生愛撫されてゐる我々が餘所目に見て居るといふことはない。

一人が醉泣きしてさういつてゐる。外の連中とて一人も不同意はない。

なんだ物知り顏に自分許り解つた風に、無分別な事をやつては殿樣に迷惑を掛けるなどと、吾々は人の世話にはならぬ。吾々が命さへ差出せばよいのだ。人に迷惑を掛けるものか。殿樣に關係はない。吾々は吾々の仕たい事をやる許りだ。出來る事ならば日置忍男をふんづかまへて、思ふまゝ耻辱を與へてやりたい。それが出來なくともあいつが配下の奴等を四五人打殺してやらねば腹がいせぬ。あゝ口惜しい無念ぢや。殿樣の無念はどれほどであらう。あゝ無念………。

かういつては又一人が泣く。今一人の奴は腕をまくつて立ちかける。サア泣面したつてどうなるか今夜にもやらう。私部小室の配下のものがこれだけ恨み憤つてゐるといふことを、向うの奴らに知らせるだけでも、いくらか胸が透く。殿樣はこらへても吾々はこらへられない。

一人の奴はいふ。今夜にもやらうて、どうやるつもりか。今立ちあがつても仕樣がない。先づ相談をしろ。もう漁の時だによつて、今夜も屹度向うの奴ら五人や六人漁に出て居る。吾々は十五六人語らうて、舟を出して見よう。五六人打殺してやつて、これ/\のいはれで恨みを晴らすのだといつて一人生かして還してやれば、屹度日置に傳はる。日置は自分の爲め手古奈の爲めに死人が出來たと聞けば、必ず氣をもみ出す。怒つて騷ぎを起すかも知れぬ。さうすればこつちの目的にはまるのだ。向うが面白がつて居られなくなれば、殿樣もいくらか腹がいせる譯だ。吾々は命を差出す、こちらが五六人向うも五六人、これだけの人間が手古奈の事件に死んだとなれば、彼れ等もさう面白がつては居られまい。日置の奴は萬願成就で樂んで居るに、吾等が領主の殿は泣きの涙で生甲斐なくして居らるゝ。それを冷かに見てゐるといふ法はない。是非今夜は往つてやらう。よいの惡いのと、そんな理屈をおいらは知らない。命を棄てゝする仕事に善も惡もいらない。さアやらう。今夜は逃がさぬ屹度殺してやるサア往かう………。

相談一決して、窃かに同志を語らつて見ると忽ち十四五人出來る。科はおいらが背負ふから何でもこいといふ勢で、十五人入江の岸に集つた。不意打に武器を用うるは卑怯だといふものがあつて各手頃の棒を用意する。一舟に五人宛舟三艘に乘つて入江に乘出し、日置の領内近くへと漕いだ。

Chapter 10 of 14
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