Chapter 1 of 15

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地球要塞

海野十三

怪放送――お化け地球事件とは?

西暦一九七〇年の夏――

折から私は、助手のオルガ姫をつれて、絶海の孤島クロクロ島にいた。

クロクロ島――というのは、いくら地図をさがしても、決して見つからないであろう。

クロクロ島の名を知っている者は、この広い世界中に、まず五人といないであろう。クロクロ島は、その当時、西経三十三度、南緯三十一度のところに、静かに横たわっていた。

そこは、地図のうえでみて、ざっと、南米ブラジルの首都リオを、南東へ一千三百キロほどいったところだった。

「その当時……横たわっていた」といういい方は、どうもへんないい方だ、と読者は思われるであろうが、決してへんないい方ではない。そのわけは、いずれだんだんと、おわかりになることであろう。

さて私は今、そのクロクロ島のことについて、自慢らしく読者に吹聴しようというのではない。私が今、ぜひとも、ここに記しておかなければならないと思うのは、或る夜、島のアンテナに感じた奇怪きわまる放送についてである。

その夜、私は例によって、只ひとり食事をすませると、古めかしい籐椅子を、崖のうえにうつした。

海原を越えてくる涼風は、熱っぽい膚のうえを吹いて、寒いほどであった。仰げば、夜空は気持よく晴れわたり、南十字星は、ダイヤモンドのようにうつくしく輝いて、わが頭上にあった。

私は、いささかわびしい気もちであった。

その気もちを、ぶち破ったのは、オルガ姫の疳高い悲鳴だった。

「あッ、大変、大変よ」

疳高い叫び声と同時にオルガ姫は、とぶように駈けてきた。

「どうした、オルガ姫!」

「怪放送がきこえていますのよ。六万MCのところなんですの」

姫は流暢な日本語で、早口に喋る。

「六万MC、するとこの間も、ちょっと聴えた怪放送だね。――録音器は、廻っているだろうね」

「ええ、始めから廻っています」

「ああ、よろしい。では、五分ほどたって、そっちへいく」

姫は、にっこりとうなずいて、地下室へつづく階段の下り口の方へ、戻っていった。

六万MCの怪放送!

この怪放送をうまくとらえたのは、これで二度目だ。前回は、惜しくも目盛盤を合わせているうちに、消え去った。いずれそのうちまた放送されるものと思い、このたびは、自動調整に直しておき怪放送が入ると同時に、オルガ姫が活躍するようにしておいたのである。

さて今夜は、録音器が、どんな放送を捕えたであろうか。

私は、階段を下りていった。

オルガ姫は、録音テープを捲きとって、発声装置にかけているところであった。

私は、すぐ始めるように命じた。

モートルが動きだすと、壁の中にはめこんだ高声器から声がとびだした。

「――器械が捕えたものであって、時は西暦一九九九年九月九日十九標準時、発信者は、金星に棲むブブ博士……」

そこまでは、明瞭にきき取れたが、そのあとが、空電とおぼしきはげしい雑音のため、全く意味がとれなくなってしまった。私は、舌打をせずにいられなかった。

しかし聴取不能の時間は、わずか三十秒で終り、それから先は、またはっきり聴えだした。

「……ところが、昨夜の観測によると、地球の表面は一変してしまった。なによりも驚かされたことは、陸地の形がすっかり違ってしまったことである。

地球に特有な逆三角形の陸地の形は、どこにも見られなくなり、それから、こまかな海岸線も全く消失し、只有るのは、掴えどころのない、のっぺりした曲線で区切られた海岸線が見えるだけである。ことに、記憶すべきは、陸地の面積が、わが金星から見える範囲内でも、約五分の一消失してしまった。

まことにふしぎな地球の異変現象であるといわなければならない。この現象を、一括して吾れブブ博士の感じをいいあらわすならば、地球は、この三十年の間を、化けてしまった。すなわち『お化け地球事件』と呼びたい。

なぜ、地球はかくもふしぎな化け方をしたのであろうか。それは今後の研究に俟って、明らかになるであろう――これがブブ博士の報告である。

西暦一九九九年といえば、今から約三十年後のことである。果してわが地球は、そのころ、左様な異変を起すであろうか。もしそのような異変を起すものとせば、その原因は、如何なることであろうか。

金星のブブ博士でなくとも、われわれこの地球に棲んでいる者として、たいへん気になることである。もしやそれは、例の大陰謀……」

というところで、放送者の声は、惜しくもまた空電に遮られてしまった。その後は、ついに、聴くことができないでしまった。空電が消えたときには、その怪放送も、空間から消えていた。

汎米連邦――いよいよ第三次世界大戦か?

「お化け地球事件」をつたえた怪放送の謎!

私は、只ひとり苛々し、呻吟した。

その怪放送者は、何処の何者であるかわからないが、たしかに、この地球のうえの、どこかに棲んでいる者にちがいない。彼は、どうして、その「お化け地球事件」のことを知ったのであろうか。

いや、それは兎も角としても、もしその放送が、真実をつたえているものであるとしたら、地球は、今から三十年後に、たいへんな変り方をするわけである。

なぜ、そんなことが起るのであろうか。なぜ地球は、そんな風に化けるのであろうか。

これを報告したのは、金星のブブ博士であるという。博士は、三十年後に、地球の表面にあのような変化がおこることを予言したのである。

いや、予言ではない。博士は三十年後の、そのお化け地球を、はっきり見たというのである。

電信の文句の始めが、空電のため、邪魔をされて、文意がはっきりしないが、兎に角、三十年後のことがよく分る器械があるらしい。

察するところ、それは、ウェルズという科学小説家が空想したことのある「時間器械」というような種類のものであるかもしれない。これは油断のならぬ世の中になったものである。

私は、こうして考えているうちに、なんだかその怪放送者が、私の敵であるように思われて仕方がなかった。

つまり、その怪放送者は、自分のところにある「時間器械」らしいものを、ひけらかせ、そのうえ、われわれが現にこうして棲んでいる地球が、三十年後には、不思議なる変り方をするんだぞと、われわれを嚇しているのだ。

全く、夢のようにふしぎな話だ。「三十年先が分る器械」のことにしろ、「お化け地球」のことにしろ、どっちも、われわれの想像を越えた話である。

そういう話をもちだして放送するとは、われわれを嚇すことを目当てにやったものに、ちがいない。いよいよ油断ならないのは、その怪放送者である。

私は、沈思黙考すること一時間あまり、ついに肚をきめるに至った。

(よオし、たとえいかなる犠牲を払おうとも、怪放送者の正体をつきとめないではおかないぞ!)

私は、オルガ姫に命じて、再び怪放送を自動的に受信する装置を、仕掛けておくように命じた。

それがすむと、私は、自ら秘密中継送信機の前に立ってまず真空管に火を点じた。

その大きな硝子球は、器械囲いの中で、ぼーっと明るくなった。異状なしである。私は、送信機全体に、スイッチを入れた。そして、マイクを手にとったのである。

「やあ、久慈君か。こっちは私だが、なにか変った話はないか」

「おお、お待ち申していました。たいへんなことを、聞きこんだのです。いよいよ汎米連邦は戦争を決意したそうです。連邦の最高委員長ワイベルト大統領は、今から一時間ほど前に、極秘のうちに、動員令に署名を終ったそうです」

「そうか。とうとう、開戦か」

「そうです。またまた世界戦争にまで発展することは、火をみるより明らかです。ああ、今度はじまれば、実に第三次の世界大戦ですからね」

と、久慈のこえは、興奮のあまり、慄えを帯びている。

「一体、汎米連邦には、一切の戦備ができ上っているのかね」

と、私はたずねた。

「もちろんですとも。この二十幾年、汎米連邦は、ばかばかしいほど大仕掛けの戦備をととのえているのです。

近来汎米人以外のいかなる外国人も、入国を許可しませんから従って、どんなに大仕掛けの戦備ができているか、あまり外へは、洩れないのです。しかし、こうして、国内に居る者には、たえず目にふれています。全くばかばかしいの一語につきますよ。

旧北米合衆国のワシントン州のごときは州全体が、一つの要塞のように見えるのです。欧弗同盟国にとっては、相当手強い敵ですよ」

大西洋をはさんで、東に欧弗同盟国、西に汎米連邦――この二つの国家群は、二十余年以来睨み合いをつづけているのであった。

「そうか。今度は、いよいよ本当に始まるのか」

私は、眩暈に似たものを感じた。いよいよ大戦争だ。そして、待ちに待っていた機会は、ついに来たのである。

「おお、今、知らせが入りました。――ああ、いけません。この通信が、軍の方向探知隊によって発見されたらしいです。うむ、たしかにこの家を狙っているのだ。監察隊が、サイレンを鳴らしつつ、オートバイに乗って、表通りへ練りこんできました。いや、裏通りにも、サイレンが鳴っている。さあ、たいへんだ……」

私は、おどろいた。心臓がとまったかと思った。ぐずぐずはしていられない。

「おい、久慈、最後の始末をして、すぐ地下道へ逃げろ」

「はい。――おや、地下道もだめです。機銃と毒瓦斯弾をもった監察隊員が、テレビジョンの送像器の前を、うろうろしています。ああ、困った。仕方がない、あれを使います」

「あれを使うか。――いよいよ仕方がなくなったときにつかえ。できるなら、使うな」

「そっちは、大丈夫ですか。この調子では、そっちへも、監察隊が、重爆撃機にのって、急行するかもしれませんですよ」

「こっちのことは、心配するな」

「あッ、来ました。もうだめだ。どうか気をつけてくださいッ!」

久慈の、悲痛なる叫びごえは、そこではたと杜絶えた。通信機の前を彼が離れたのであった。

黄いろい煙――怖るべし超溶解弾

久慈が、ワシントンの監察隊によって襲撃されたのだ!

汎米連邦からは、一人の外国人も余さず追放されたのに、久慈は、大胆にも、ひそかにワシントンの或る場所に、停っていたのである。私の無電通信が、運わるく、警備軍のために発見されてしまった。彼は果して、無事に逃げ終せるであろうか。私は、胸に新たな痛みをおぼえた。

高声器が、がくがくと、ひどい雑音をたてた。

「おや、まだ、向うのマイクは、生きているな!」

と、私は、思わず目をみはった。

とたんに、高声器の中から、久慈ではない別人の声がとびだした。

「おや、誰もいない。たしかに、この部屋の中に怪しい奴がいたんだが……」

「おかしいなあ。逃げられるわけはないのですがねえ」

と、これは、また別のこえだった。

久慈は、監察隊の眼から、のがれているらしい。どこにひそんでいるのか、それともうまく逃げ終せたのか。

「もっと探せ。おや、その書棚のうしろが、おかしいぞ。黄いろい煙が出ている。やっ、くさい!」

「書棚のうしろですか。よろしい、書棚をのけてみましょう」

二人のこえが、遠のいた。

数秒後、二人の驚いたこえが、再び高声器の中に入ってきた。

「あっ、ここから逃げたんだ。鉄筋コンクリートの壁に、こんな大きな穴が開いている。これは、今開けた穴だ。それにしては、この黄いろい煙がへんだ。合点がいかない」

「わかったわかった。もっと奥の方の壁に、穴を開けているんだ。よオし、二人して、とび込もう」

「待て! とびこむのは、あぶない。この穴の開け方は尋常でない。相手はたいへん強力な利器をもっているぞ。とびこんではあぶない」

「だが、もう一息というところだ。では、自分が入る!」

「よせ、あぶないぞ」

「なあに、これしきのこと!」

「あっ、とびこんでしまった!」

と、穴の開き方に、疑いをもらしていた一人の監察隊員は、絶望の叫びをあげた。

それから、更に数分後――

「おっ、この煙は何だ。やや彼奴の声らしい。ただならぬ声だ。さては、やられたか。――おお、そこに足が見える。待て、今、ひっぱり出してやる。うーんと……」

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