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「あなたは美人で有名だった小宮山麗子という霊媒女がある大家へ招ばれて行って、その帰りに煙のように消えてしまった不思議な事件を覚えていらっしゃいましょう?」
「はあ覚えております。もうあれから十年近くもなりはしません? あの当時は大した評判でございましたわね。でも、あれは到頭判らずじまいになったんではございませんか?」
「ええ、あれっきりなんです。でも美人だったし、心霊研究者達からは宝物のように大切にかけられてた女ですから、今でもその人達の間では時々話に出るようですね」
「そうでしょうね。霊媒者なんていうと、私達にはちょっと魔法使いか何んぞのように聞えて、まあ巫女とでもいった風に考えられますわ。それが突然消えてしまうなんて、昔なら神隠しに逢ったとでもいうんでしょうけど、実際はどうしたんでございましょうね?」
「実は、そのお話をしようと思うんですの。それも今日が、あの女が行方不明になってから恰度何年目かの同じ日なんですの。亡くなられた六条松子夫人の命日に、夫人を崇拝している人達が集って、追悼会を開いたんです。その席上にあの小宮山麗子が招かれて、夫人の招霊をやり、すっかり松子夫人生き写しになって、和歌などを詠んで人達を感動させ、六条伯爵家を上首尾で辞し去ったまでは判っています。話はそれからなんですが、あの晩は霧が深くて街燈がぼうッと霞み、往来はまるで海のようだったそうです。六条さんの御門を出ると、忽ち小宮山麗子の姿は霧の中に吸い込まれたように見えなくなり、それ限り消息が絶えてしまったんです」
書斎の安楽椅子にふかぶかと身を投げかけながら、S夫人は、スリー・キャッスルの煙の行方を心持ち目を細めて追いつつ、さも感慨深そうにいうのだった。
「どうして突然こんな話をはじめたか、あなたは変に思われるでしょうが、実はこの事件が抑私をこんな職業に導いた動機だと云ってもいいのですよ」
ある事件が一段落ついて、朗らかな気分になっていたS夫人は、自分が探偵に興味を持ち初めた最初の動機について、私にその思出を語ろうと云うのである。