人垣に囲まれて
赴任の朝、グランド・ホテルの玄関に警視庁の自動車が差廻され、彼の部屋では赤星が元気な声で話していた。
「横浜まで、刑事二人と私と、都合三人で護衛して行きますから、大丈夫ですよ」
杉山はうかない顔をして、
「ご厄介になってすみません。――臆病のようですが、どうも気になって、昨夜も遂々眠れませんでした。夜中に誰か忍び込んで来るような気がしたりしてね――」
と云って笑ったが、その声は空虚のように響いた。
自動車に乗る時、杉山は赤星の指図に従って彼と刑事との間に腰かけた。
「前の補助椅子にもう一人の刑事を乗せるから、杉山さんは人垣に囲まれるわけだ、これなら安全でしょう?」
三人の刑事に保護され、無事にホテルを出た。しかし出帆までにはまだ大分時間があるので、運転手は気を利かせ徐行していたので、後から来る幾台もの自動車に追い越された。京浜国道を真直ぐに鈴ヶ森まで来た時、突然、ボッーンと物凄い音、アッと思う間に車体はガタゴト揺れ出した。杉山は前にのめり忽ち死人の如く青褪め、一人の刑事は窓硝子に頭を打ちつけ、一人は掴まっていた金の棒で強たか額を打った。
タイヤを調べていた運転手は愕いて叫んだ。
「タイヤだ、タイヤをやられた!」
「やられた?」
赤星は吃驚して訊き返した。
「射ちやがったんだ、後から――、穴があいている、穴が――」
「えッ! 穴があいてる?」
杉山の右側にいた刑事は車から飛び降りて見に行こうとした、「降りちゃいかん、中に入ってろ!」
刑事は夢中だったので赤星の声も耳に入らなかったと見え、運転手と並んで一心にタイヤを見ていた。その時、反対の方向から一台の大型自動車がやって来た、誰も乗っていない空車のようにみえたが、擦れ違う時に窓から白い手が、すうッと出た、と思った時杉山がアッと声を揚げ、
「やられた!」と叫んで、肩を押えた。その掌にはべっとりと血が付いていた。彼はよろめきながら赤星の陰にどっと打ち倒れた。