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続獄中記
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続獄中記
大杉栄
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Chapter 1 of 5

1

続獄中記

大杉栄

畜生恋

僕はいつも独房にばかりいて、雑房の方のことはよく知らない。雑房というのは、詳しく言えば雑居房だ。六人も八人も十人も、あるいはもっと多くの囚人が六畳敷か八畳敷かの一室にとじ籠められている。定員四名、現在十二名、というような札が、監房の入口にかけられてあるのも珍らしくはない。

多くは同じ性質の犯罪、たとえば泥棒は泥棒と、詐偽は詐偽と一緒に置かれて、数カ月乃至数カ年の間、仲よく泥棒や詐偽の研究をしている。実際みなずいぶん仲がいい。しかしその間にも、他のどこででもあるように、よく喧嘩がある。時としては殺傷沙汰にまでも及ぶ。が、その喧嘩のもとは、他の正直な人々の間のようには、欲得ではない。そのほとんどすべてが恋のいきさつだ。

ちょっと色の生っ白い男でもはいって来れば、みんなして盛んにちやほやする。まったくの新入りでも、監房や工場のいろんな細かい規則に、少しもまごつくことはない。なにかにつけて、うるさいほど丁寧に、よく教えてくれる。庇ってもくれる。みんなは、ただそれだけのことでも、どれほど嬉しいのか知れない。

こうしてみんなが、若い男のやさしい眼つきの返礼に、何ものにも換え難いほどの喜びを分ち合っている間は無事だ。が、それだけでは、満足のできない男が出て来る。その眼の返礼を独占しようとする男が出て来る。平和が破れる。囚人の間の喧嘩というのは、ほとんどみな、直接間接にこの独占欲の争いにもとづく。これは世間の正直な人々の色恋の争いと何の変りもない。

どこの監獄の囚人の間にも、この種の色情はずいぶん猛烈なものらしい。

もっとも、これだとて、決して囚人特有の変態性欲ではない。女っ気のない若い男の寄宿舎なぞにはどこにでもあることだ。現に僕は、陸軍の幼年学校で、それが知れればすぐに退校されるという危険をすら冒して、忠勇なる軍人の卵どもが、ずいぶん猛烈にこの変態性欲に耽っているのを見た。はなはだお恥かしい次第ではあるが、僕もやはりその仲間の一人だった。

その僕が、しかも同志の間ではちょうどピストル強盗といったような形で赤い着物がよく似合うとからかわれていたほどの物騒な面構えなのにもかかわらず、危く監獄でこの犠牲になろうとしたことがあった。

千葉でのある日、湯にはいっていると、そこへ見知らぬ男が一人不意に飛込んで来た。監獄の湯は、どこでもそうらしいが、大勢一緒にはいる大きいのと一人ずつ入れる小さいのとがある。僕等は、いつもはその大きいのに仲間だけが一緒にはいるか、あるいは何かの都合で小さいのに一人ずつ入れられた。その日は一つ一つ板で隔てて一列に並んでいる小さい方へ、みんなが別々に入れられた。ほかの囚人を一緒に入れる筈はないのに、とは思ったが、看守の間違いにしろ何にしろ、とにかくほかの囚人と接触するのは面白いと思って黙っていた。

その男は僕がわざわざ隅に寄って前の方をあけてあるのに、「失敬」と言いながら僕の肩を叩いて、後ろへはいろうとした。妙な奴だとは思いながら僕は少し前へ出た。すると、いきなりその男は飛びこんで来て、後ろから僕を抱きかかえた。

僕は飛びあがって、そいつの横面を一つうんと殴りとばして、そとへ出た。もう「出浴」の号令のかかる間近でもあったのだ。

脱衣場では、同志の村木というまだ未丁年の男が一人、蒼い顔をして着物を着かけていた。

「どうした?」

僕はまた例の脳貧血かと思って、そばへ寄って尋ねた。少し長く湯にはいっていると、僕等の仲間はよく、この脳貧血を起した。

「今、変な奴がはいって来てね、いきなり後ろから抱きかかえやがったもんだから、急いで逃げ出して来たんだ。」

と村木がまだ驚いた顔つきのまま話していたところへ、他の仲間もみな出て来た。そして村木だけならまだしも、ピストル強盗までもやられたというんで、みんなで大笑いした。

が、実際笑いごとじゃないんだ。

女の脛の白きを見て

この畜生同様の囚人の間にあって、僕自身は聖人か仙人かのようであったことは、前にちょっと言った。しかしそれも、僕が特別にえらい非常な修業を積んだ人間だからという、何の証拠にもならない。

人はよく、牢にはいったら煙草が吸えないで困るだろうな、と言う。僕はずいぶんの煙草飲みだ。が、未だかつて、そのために牢で困ったことはない。はいるとすぐ、ほとんどその瞬間から、煙草のことなどはまるで忘れてしまう。初めてはいった東京監獄では、看守等が休憩所でやっているのをよく窓から見たが、まるい棒片のようなものを喫えてパッパと煙をはき出しているのが、羨やましいどころではなく本当に馬鹿馬鹿しく思われて仕方がなかった。その頃は、まだ一人身で堺の家に同居していた、僕の女房の保子が、からかい半分に猫が煙草を吸っている絵はがきを送って来た。僕はすぐに「あれは物の本で見る煙草というものらしいが、さては人間の食物ではなくして猫の食物か」というような返事を出して、本当に強情な人だと言って笑われた。しかしそれは、僕の痩せ我まんでも強情でも、何でもない。実際そういう風に感じたのだ。

僕は何も牢にはいったら煙草は吸えぬものと覚悟をきめていた訳ではない。反対に、煙草ぐらいは吸えるだろうというごく呑気なつもりで、迎いに来られた時には、わざわざその用意までして出掛けたのだ。僕はまた、克己とか節制とかいうことの、ことさらの何の修養をも積んでいた訳ではない。反対に、そういういわゆる道徳にはわざと反抗して、つまらぬ放縦を尊んでいたくらいだ。

それだのに、警察で煙草を取り上げられた時には少なからず口惜しかったが、その後はぴったりと煙草というものを忘れてしまった。そして今言ったようにかえって反感に似たものを持つようにすらなった。

僕がえらいんでも何でもない。誰でもが経験する通り、電車に乗っていて、そとを通る人間が巻煙草を吸っているのを見ても、別に羨やましがりもせず、時としてはかえってそれを馬鹿馬鹿しく思うことがあると同じだ。

性欲についてでもやはりそうだ。もっともこれは、煙草の場合のようには、無意識のあきらめとその結果の客観的批評のせいだとは思えない。もうすこしこみ入った事情があるように思う。

その一つは、たかだか大根か芋を最上の御馳走とする、ほとんど油っ気なしの食物だ。次には、ことに独房では、性欲についてほとんど何の刺激もないことだ。そして最後には、終日、読書と思索とで根を疲らし切ってしまうことだ。

この三つの条件さえ具えていれば、誰でも、何の修養も何の苦悶も何の努力もなしに、ただちに五欲無漏の名僧知識になれる。山にはいるか牢にはいるかだ。

しかし、久米の仙人も雲から足を踏みはずしたように、この牢屋の仙人も時々凡夫に帰る。

ほかでそんな機会はなかったが、東京監獄での第一の楽しみは、女の被告人か囚人かを見ることであった。このことも前にちょっと言った。

僕等はいつも独房の四監か八監内かに置かれた。この何監というのはその建物の番号で中央から半星形に射出した四つの建物に、二階は一監から四監、下は五監から八監の名がついていた。四監は二階で八監はその下だ。そして僕はいつも運よく日当りのいい南側の室に置かれた。

この建物の南側に沿うて、そこから五間ばかり隔てて、女監へ行くタタキの廊下がある。毎日一度か二度か三度か、必ず十数名ずつの新入りがここを通って行く。なかなか意気な、きちんとした風のおかみさんらしいのもある。伊達巻姿や、時とすると縄帯姿の、すこぶるだらしのないのもある。その大部分はいわゆる道路妨の拘留囚だそうだ。この道路妨というものについてはまたあとで話しする。

この連中が廊下の向うからカランコロン、カランコロンと喧ましく足音を立ててやって来る。それが聞え出すと、八監や八監の南側の先生等は、そら来た! とばかり、何事をさし置いても窓ぎわへ走って行く。

僕はいつも走って行って、ようやく眼のところが窓わくにとどくぐらいなのを、雑巾桶を踏台にして首さしのばして、額を鉄の冷たい格子に押しつけて、見た。そして、あの二番目のはよさそうだなとか、五番目のは何て風だとかいうようなことを、隣り近所の窓と批評し合った。時とすると、

「おい、三番目の姉さん、ちょいと顔をお見せよ。」などと呼ぶ奴もある。女どもの方でも、自分からちょっと編笠を持ちあげて、こっちを見るのか、自分の顔を見せるのか、する奴もある。時とすると、舌を出したり、赤んべをして見せたりする奴すらある。

僕はぼんやりとそれを見ていて、よく看守に怒鳴りつけられた。

たしか屋上演説事件の治安警察法違反の時と思う。例の通り警察から警視庁、警視庁から東京監獄へとつれて行かれて、まず例のシャモ箱の中に入れられた。もっともこれは男三郎君の時に話したような面会所のそばのではない。そんなのがあちこちにあるんだ。こんどは、連れて来られるとすぐ、所持品を調べられたり、着物を着換えさせたり、身分罪名人相などの例のカードを作られたりする、その間自分の番の来るのを待っている、シャモ箱だ。

しばらくすると、背中合せのシャモ箱の方へも人がはいったような気はいがする。ぺちゃくちゃと女のらしい声がする。

「おい、うしろへ女が来たようだぜ。一つ話をして見ようじゃないか。」

と両隣りの堺と山川とに相談して、コツコツとうしろの板を叩いた。向うでもすぐにやはりコツコツとそれに応じた。

「おい、何で来たんだい?」

「お前さんは?」

「泥棒さ。」

「じゃ頼もしいわね。わたしはどうろぼうよ。いくら食ったの?」

「たった半年だ。君は?」

「わたしの方は二週間よ、すぐだわ。こんど出たら本当に堅気になろうと思ってるの。お前さん出たらやって来ない? うちはどこ?」

というような話で、でたらめの所や名を言い合って、とうとう出たら一緒になろうという夫婦約束までもしてしまった。

「大ぶお安くないな。だが、あのどうろぼうというのは何だい?」

「さあ、僕にもよく分らないがね。」

と堺と話している中へ、山川もその詮議に加わって、ようやくそれが道路妨害の道路妨だということが分った。そして、

「泥棒に道路妨はいいな。」

と三人で大笑いした。さすがの彼女もあからさまにその本職を言いかねたのか、それともほんの語呂合せのいたずらをやったのか。

また、未決監から裁判所へ喚び出される。その他にも僕はよく、余罪があって、既決監からも裁判所へ呼び出された。大がいは馬車でだが、巣鴨からは歩いたり車に乗せられたりした。

あの赤い着物を着て、編笠を被って、素足に草鞋をはいて、腰縄をつけられて引っぱられて行くさまは、たしかに道行く婦女子等をして顔そむけしめ唾はかしむるに足るものであろう。しかし向うの思わくなぞはどうでもいい。こっちはただ、こっちの顔の見えないのを幸いに、向うの眼のさめるような着物の赤い色と、白い生々しい柔しい顔の色とに黙って眼じりを下げていさえすればいいんだ。

西洋の野蛮国たるロシアでは、「乞食と囚人とは馬鹿にするな、いつそれが誰の運命になろうものでもない」というような意味の諺があって、囚人が送らるる時なぞには、百姓の婆さんや娘さん達が争って出て来て、牛乳やパンや時とすると銅貨までも施してくれる。そして頬にキッスして「天にまします吾等の神よ、このいと憐れなる汝の子にことさらのお恵みと幸せとを与えたまえ」とお祈りをしてくれる。というような醜態は、東洋の君子国たる日本では、とても望まれない。ましてや道路妨君のようには、「頼もしい人だ」などとは誰一人思っちゃくれない。

それでいいんだ。こっちはただ諸君の姿さえ拝まして貰えればいいんだ。久しぶりでそとへ出て、見るものがすべて美しい。というよりは珍らしい。すべてがけばけばしく生々として見える。ことに女は、女でさえあれば、どれもこれも、みな弁天様のように美しく見える。

馬車では、僕はいつも、前か後ろかの一番はじに置かれた。このはじにいなければそとはよく見えない。横はよろい戸になっていて、前後にだけ小さな窓の金あみが張ってある。僕は馬車に乗っている間、始めから終りまで、この金あみに顔を押しつけて、額に赤く金あみのあとがつくほどに、貪るようにしてそとを眺めた。

Chapter 1 of 5
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