Chapter 1 of 1

Chapter 1

なんでも、一本の木が大きくなると、その根のところに、小さな芽が生えるものであります。

孝ちゃんの家の垣根のところに、山吹がしげっていました。ふさふさとして、枝はたわんで黄金色の花をつけていました。日の光は、広々とした庭の面にあふれていましたから、この花の上をも照らしたのであります。花には、みつばちがたかり、暖かな風が、おだやかに接吻していました。

この山吹の根もとには、新しい芽が、幾本も土を破って頭を出していました。そして、自分たちの頭におおいかかっている、幾つかの枝のすきまから、かすかにもれてくる日の光を受けて、早く、大きく伸びて、枝と枝の間を分けて、自分たちも広い世界に出ようとしたのであります。

山吹は、子孫のしげることを誇りとしていました。もっと、もっと株が大きくなって、みんな、輝く黄金色の花をつけたら、どんなにみごとなことであろうと思うと、自から、その日の有り様を空想して、うっとりとせずにはいられませんでした。

けれど、たくさんに頭を出した子孫が、みんな幸福であろうはずがなかったのです。広やかな庭のひなたの方に芽を出したものは、自由に伸びることはできたけれども、反対に、垣根を越して、北の寒い、日蔭に、不幸にも頭を出したものは、どんな憂きめを見たことでしょうか。

ちょうど、そこには、竹の棒や、朽ちかかった杭のようなものや、割れた煉瓦などが積み重ねられてあって、せっかく、芽を出したけれど、柔らかな頭を、それらの無情な物体にくじかれて、曲がりくねって、わずかに、艶気のない青葉をつけているにすぎませんでした。そして、おそらく、そこに、こうした、不幸な山吹の苗が、存在しているということは、みつばちをはじめ、毎日、そこらへきて、口やかましくおしゃべりをするすずめたちにも、気がつかなければ、また口の端にも上ることはなかったのでした。

ある日、勇二は、孝ちゃんの家へ遊びにきて、庭へ出て山吹の花をながめながら、垣根の外へまわると、ふとそこに、不幸な苗が、みんなから離れて、生えていることに気がついたのです。

勇二は、なんとなく、その山吹の苗をかわいそうに思いました。もし、このままにしておいたら、ついには伸びもせずに、枯れてしまうだろうと思いました。

「孝ちゃん、僕に、この山吹の芽を一本おくれよ。」と、勇二は頼んだのであります。

「ああ、たくさん殖えて困るのだから、君の好きなのを一本こいで、持ってゆきたまえ。」と、孝ちゃんはいいました。

「いいえ、僕は、この垣根の外にある、やせて、かわいそうな、これでいいのだ。」

「なぜ、そんな元気のないのを持っていくんだい。枯れるかもしれないよ。」

「だいじょうぶだよ。」

「なかなか、花が咲かないぜ。」

「来年になったら、咲くかもしれない。」

勇二は、孝ちゃんが、不思議がるのを、自分は、かわいそうに思うところから、ていねいに、なるたけ根をたくさんつけるようにこいで、それを持って帰ると、自分の家の庭に植えたのであります。

「お母さん、山吹をもらってきて植えましたが、花が咲くでしょうか。」と、勇二は、お母さんにきいたのでありました。

お母さんは、勇二が、庭に植えた、山吹のところへ出て、見られました。

「まあ、この木は、日蔭に生えていたのだね、丹精しておやり。そうすれば、ここは、日もよく当たるから大きくなって、花が咲かないともかぎらないから。」といわれたのです。

勇二は、水をやったり、また、犬や、ねこが踏まないように、棒を立ててやったりしました。しかし、芽を出したときから、自然にいじめられてきた山吹は、ちょうど、人間でいえば不具者のように、なかなか伸びもしなければ、大きくもなりませんでした。

あの、一年じゅうたっても、日の当たらないところにいたことを考えれば、いまの山吹の身の上は、どれほどかしあわせには相違なかったけれど、やはり、長い月日の間には、いろいろなつらいこともあれば、思いがけない不幸なめにも出あったのです。ある日、犬がやってきて、哀れな山吹の枝を一本かみ切ってしまいました。

「悪い犬だ、こんどきたら、ひどいめにあわせてやろう。」と、勇二は、山吹を見ながらいいました。けれど、もはや、こんなになってしまった山吹は、どうすることもできませんでした。

いつしか、秋となり、冬となりました。冬には、寒い、寒い日がつづいたのでした。地面は凍って、堅くかちかちとなりました。そして、草の葉や、木の葉は、霜のために傷んでそのころまで残っていたものもあったけれど、それすら見る影もなかったのであります。山吹の細い茎も凍って、しぼんでしまいはしないかと思われました。

しかし、山吹は、この寒気と戦って、ついに負けませんでした。やがて、春がめぐってきたときに、緑色の芽を、哀れな曲がった枝に萌やしたのであります。

去年の春は、あの日蔭にあったが、今年は日がよく当たるので、その葉の色は光沢がありました。

勇二は、山吹のいきいきとした姿を見ると、喜んで、その小さな木の根に肥料を施しました。

日の光が十分に当たり、それに、施した肥料がよくきいたとみえて、山吹は、夏のはじめに、黄金色の花を三つばかりつけました。

「お母さん、山吹が咲きましたよ。」と、勇二は、母に知らせました。

「おお、ほんとうに、三つばかりだけれど、よく、あんなに小さくて花をつけたもんだね。」と、母は、感心していわれました。

まことに、その姿は、いじらしくありました。いじけた木は、それより大きくなりませんでした。そして、また一年はたったのであります。

翌年の春になると、この小さな山吹の根もとから、新しい芽が地を破って、頭を伸ばしました。しかも、二本、三本といっしょに、その芽は、気持ちのいいほど、ぐんぐんと伸びたのであります。

「お母さん、山吹から、あんなに新芽が出ましたよ。」と、勇二は、母に告げました。

母は、勇二の告げる前から、それを知っていられたようです。

「ああ、山吹の子供なんだよ。」といわれました。

「お母さん、そんなら、この小さい、いじけたのが親なんですか。」と、勇二は、いまさらのごとく驚いて、山吹に目を向けてたずねました。

「おまえが、もらってきて植えたのが、親木になって丹精したから、こんなにいい子供が産まれたんです。」と、母は答えられました。

母のいうことを聞いて、勇二は、感心したのです。同時に、いろいろのことが、頭に浮かんできたのでした。

若芽は、ぐんぐん伸びてゆきました。そして、やがて、季節になって、いっぱい、枝に、黄金色の花をつけました。けれど、親木は、子供に圧せられて、地面をはって、泥に葉が汚されて、見る影もなかったのであります。

「お母さん、この親木はかわいそうですね。」と、勇二はいいました。

「いい子供が産まれて、親木は、それで満足して、枯れていくんですよ。人間も、かわりはありません。」と、母はいわれたのです。

勇二は、このとき、孝ちゃんの家から、もらってきた時分の山吹の姿を思い出しました。

しかし、いま、新しい山吹は、昔のことは知らず、花がたくさん咲いて、ちょうや、はちが集まっていたのであります。

――一九二六・二――

●図書カード

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