Chapter 1 of 1

Chapter 1

英ちゃんの飼っているやまがらは、それは、よく馴れて、かごから出ると指先にとまったり、頭の上にとまったり、また、耳にとまったりするので、みんなからかわいがられていました。

はじめのうちは、外へ飛び出すと、もうかごへはもどってこないものと思って、障子を閉めて、へやの中で遊ばしたものです。しかし、長いうちにいつしかここが、自分のすみかと思ってしまったので、すこしばかり遊ぶと、またかごの中へ入ってしまいました。そして、ここがいちばん安心だというふうに、頭をかしげて、いままでさわいで疲れたからだを、じっとして休めるのでありました。

「こんないい鳥はめったにないよ。」と、英ちゃんは、平常から自慢していました。

「どの鳥だって馴れれば同じさ。しかし子飼いでないと、なかなかこんなにならないそうだね。」と、兄さんがいいました。

お正月のある日のことでした。空にはたこのうなり音がしていました。英ちゃんは、やまがらに餌をやってから、わざとかごの口を閉めずにおきましたけれど、やまがらは、外へ出ようとしません。そのとき兄さんは口笛を吹いて、指を出して見せました。するとやまがらは、ついと飛んできて指に止まりました。

「障子をしめておかなくていい?」と、英ちゃんが、ききました。

「だいじょうぶだろう。外が、怖いんだから。」と、兄さんが答えました。

「空を見ているんだね。」

「さあ、もうかごへおはいり。」と、兄さんは、やまがらに向かって、指を動かして見せました。

ちょうど、裏庭の桜の木にすずめが止まって鳴いていました。やまがらは、その声にでも誘われたのか、ふいに窓から、家の外へ飛び出してしまいました。

「あっ、逃げた……。」と、英ちゃんは、あわてました。

「いま、もどるよ。」と、兄さんは、しきりに口笛を鳴らしながら、やまがらの行方を見守ると、どうして、そんなに羽がよくきくのかと思われるほど、一気に飛んで、やまがらは、隣の屋根を越してしまいました。

「英ちゃん、はやくいってごらんよ。あっちの林の方へいったようだ。」

兄さんは、自分もかごを持って、後から追いかけていきました。

ある大きな屋敷のまわりは、雑木の林になっていました。ここには、すずめがたくさん枝に止まって、ふくらんでいます。そのお仲間入りでもしたように、やまがらが枝から枝をおもしろそうに伝っていました。

「あっ、あそこにいた。」

英ちゃんは細かな枝をとおして上を仰ぎました。

「英ちゃん、いた?」

兄さんは、かごを木の下に置いて、口笛を吹きました。けれど、やまがらは、きこえないふうをしています。英ちゃんは、はるか上のやまがらの方に向かって、できるだけ高く手を上げて、小さな指を出して見せました。しかし、やまがらは、もうそんなものには見向きもしませんでした。ただ、いままで知らなかった大きな自然の中で、なにを見ても珍しいので、忙しそうに動いて、すこしもじっとしていませんでした。

「兄さん、もう帰ろうよ。」と、英ちゃんが、悲しそうにいいました。

「晩になったら、帰るかもしれない。」と、兄さんは、まだやまがらの帰るのを信じているようでした。

「もう帰ってこないよ。お家がわからないもの。」

英ちゃんは、いくつもたこの上がっている、原の方をながめて、自分たちは、二度とあのやまがらを見ることがないだろうと思いました。

家へ帰って、かごの口を開けたまま、かごを軒下の柱にかけました。先刻まで、その中には、ほおの白い、胸毛のくり色をした、かわいいやまがらがいたのにと考えると、あんなに馴れていながら逃げたことが、夢としか思えません。

「すずめが鳴いていたので、お仲間入りがしたくなったんだね。」と、英ちゃんが、いいました。

「きっと、そうだろう、忘れていた山奥の林や、父鳥や、母鳥のことを思い出したのだよ。」と、兄さんが、いいました。兄さんも、いつしか、やまがらは帰ってこないと思ったのでした。

その晩には、寒い木枯らしが吹きすさびました。翌日起きてみると、屋根も、圃も、木のこずえも、霜で真っ白でありました。あらしの中で、はじめの夜を過ごしたやまがらは、どうしたであろうと、兄弟は、心配しました。

「すずめたちと同じ木に止まって、小さくなって、寝たかしらん。」

「すずめは、やさしい鳥だから、意地悪なんかしないよ。」

「そうだ、僕、鳥屋のおじさんに、きいてみよう。」と、英ちゃんが、いいました。

いつも、学校の帰りに、鳥屋の前に立って、いろいろの鳥を見るので、よく顔を知っているおじさんに、きいてみようと思ったのでした。

あくる日、やまがらのことを心配しながら、学校の帰りに、その店の前までくると、ちょうどおじさんは、日当たりの入り口で、鶏の小屋をそうじしていました。そして、英ちゃんが、やまがらの逃げた話をして、どうしたろうときくと、おじさんは、ほうきを動かしながら、

「やまがらも、昨夜は、坊ちゃんたちのことを思い出したでしょう。けれど、今日は、もうどこか遠い山の方へ飛んでいって、かごを思っても身ぶるいしていますから、二度と人間の手にはつかまりませんよ。」といいました。

その日から、英ちゃんは、原っぱへいって、朗らかにたこを上げて遊びました。

●図書カード

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