Chapter 1 of 5
前代文明の残溜地
東海道の奥から、信州伊那谷へ通じてゐる道が、大体三通りあります。其中、一筋は遠州から這入るもの、他の二筋は三河から越える道です。その真中にあたる道が、丁度花祭りの行はれる三州北設楽の村々を通つてゐるので、極僅かな傾斜を登ると、すぐ信州領になつてゐます。所謂新野峠が其境目で、此から半里も下ると、旦開村新野の町になるのです。而もこゝは、西へも北へも、或は東へも、すべて又、山坂を越えなければ通れない、盆地です。
東海道方面からやつて来た前代の文明は、或期間、此風の吹き溜りの様な山の窪地に、あたかも、吹き寄せられた木の葉の様に残溜してゐたのだと見られます。此村の伊豆権現、或は、以前此地の開発主であつた、伊東家に関聯した神事・儀式の伝承が、其を明らかに示してゐます。
我々、民俗芸術の会の仲間では、近い中に一度、皆で手わけをして此土地だけの村落調査をやつて見たいと言ひ合つて居る事です。若しさういふ事になれば詳細な報告を作る事が出来るでせうが、最近新野の雪祭りなる祭儀が東京へ来る事になつたのを機会に、先、小手調べとして、其に対する調査報告集を、同人の方々でお作りになる事になつてゐます。「花祭り」号の後に「雪祭り」号が出る事は、感じの上で、まことに快い事だと、我々も思ひます。それで、当然その時にも、行きがゝり上、私も仲間入りをしなければなりませんから、こゝにはほんのざつとした此春の祭りの輪廓だけを書いて、追つて行はれる雪祭り試演の為の、引札がはりにしたいと思ひます。