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太政官
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太政官
上司小剣
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Chapter 2 of 9

二

小學校は、總鎭守天滿宮の馬場先の松原の中の官有地にあつた。其處はこの天滿村の部落の新田といふところに屬してゐるけれど、前後左右四五丁の間に人家はなくて、白壁の大きな建物が、青々とした松林の茂みに孤立してゐた。其の建物は二階造りの大きなもので、二階の上には尖塔の立つた太鼓樓まで附いてゐて、階上正面の扁額には、何々親王家の染筆になつたといふ「天滿校」とお家流に書いた大文字が、金網の中から、肥桶擔ぐ百姓共を威壓するやうな筆勢を見せてゐた。

洲の股の一夜普請、なぞと、村人の中にはこの學校のぞんざいな建築を惡口するものがあつた。細い材木を大きく組み立てゝ、上から白く塗り潰した二階造りの西洋館は、見たところ眩しいほど立派で、表の鐵柵や石門や、出來上つた時にはお賽錢を投げかけたものがあつたといふ話もある。

鐵柵の尖つた棒の頭には、一つ/\に鑄物の「小」といふ字が附いてゐた。

「あれ見いや、金の垣の頭に字が附いてるやらう。あんなえゝ垣、町の縣廳にもあらへん。」

「どえらいもんや。これから町へいても、俺アえらさうに言ふたるんや。」

こんなことを語り合つて、この小學校の出來たのを自分の土藏の建つたやうに喜んだ百姓もあつた。

其の鐵柵の上へ、草刈童が伸び上つて、「小」の字の鑄物を弄つてゐると、ハンダで附けた鑄物は脆くもポキリと取れた。草刈童は、昔し過つて殿樣御祕藏の鶴の置物の嘴を缺いた小姓のやうに、一時は青くなつて驚きつゝ、元の通りに嵌めてみたけれど、ハンダが取れては巧くクツ付いてゐなかつた。遂には大膽になつて、其の「小」の字の鑄物を懷中へ入れて歸ると、手遊品にしながら、寶物のやうにして友達に誇つた。友達は羨ましさに堪へないで、夕暗に足音を偸みつつ、竊と來ては、學校の鐵柵に伸び上つて、手に/\鑄物の「小」の字をむしり取つて行つた。場所が寂しいので、小さな盜賊には都合が好かつた。

半月經たぬ中に、學校の鐵柵は皆坊主になつた。村の惡太郎で「小」の字の鑄物を持つてゐないものは幅が利かなかつた。

「あかんなア、脆いもんや。」

「矢ツ張り天滿宮や光遍寺の方が、古うても丈夫や。」

村人がこんなことを言つて、小學校の新式建築の眞價を疑ひ出したのは、この時からであつた。

三年經ち、五年と暮れる中には、太鼓樓から雨が漏つて、ギラ/\光る白い紙で貼つた天井には墨繪の山水か、化物の影法師のやうな汚點が染み出す。雨の日、ある教室の紙天井が孕み女の腹のやうに膨れ出したので、若い代用教員が、教鞭の先きで、其の一番膨れてゐる臍とも思はるゝところを輕く突くと、雨水は其の小さな穴から瀧津瀬のやうに落ちて、兒童の着物を濡らした。

玄關正面の見事の獅噛みは、雨の爲めに崩れ落ちた。幾度塗り直しても、毎年梅雨になると必ず落ちた。石の柱のやうに塗り裝うてある壁は、一年に二三度も剥げ落ちた。左官は絶えず入り込んで、方々を塗り隱してゐた。

「左官學校」なぞと、蔭で冷評するものもあつた。

けれどもこの小學校の建築に全生命を打ち込んでゐる村の太政官を憚つて、誰一人大ぴらに、學校の普請を貶すものはなかつた。

大野源兵衞と實名を呼ぶよりも、「太政官」と綽名をいふ方が、他所村へさへ通りの好い、横肥りに肥つた大きな禿頭の男は、小學校と斜めに往來を距てゝ、丁度小學校の附屬舍宅のやうに見える位置に、小學校と同じ白堊造りの西洋館を建てゝ、唯一人住んでゐた。大きな小學校と、この太政官の家とを、後の山の上から見下ろすと、恰も白い牝牛が同じ毛色の犢を連れて、松林の中に眠つてゐるやうに見えた。

「あの隱居は、學校を建てた村方の入費から溢れ出したんに違ひない。」

村人の中にはまたこんな蔭口を言つて、太政官を毀るものもあつたけれど、面と向つては誰れ一人太政官の前に頭の上るものはなかつた。大きな聲で物を言ひ得るものもなかつた。太政官の鯨のやうに細い眼に見詰められると、村長でも何んでも慴れ俯伏いた。

太政官は其の白い犢のやうな家を、自ら隱居と呼んでゐた。松林は天滿川といふ其の界隈での大きな山川の河盂になつてゐたから、砂が白くて松がよく育つた。隱居の庭も砂地でサク/\と歩くのに心地が好かつた。

一しきり蘭や萬年青の變種の流行つた時分に、太政官は隱居の庭に温室を造つて、丹念に青い鉢植ゑものを育てた。其の蘭の變種の金龍と呼ぶものなぞは、太政官の温室から出たもので、葉の眞ん中に浮彫のやうな龍の形が現はれ、白い斑が雲の如くにそれを取り卷いてゐる形は、如何にも珍らしかつたが、遠い都にまで其の評判が高くなつて、葉一枚千圓と呼ばれた。萬年青にも得難い變り種が幾つか出來て、先祖傳來の田地を一町歩ばかりと、山を十町歩ほどゝより外に財産とてはなかつた太政官は、植木だけで數萬圓の富と稱せらるゝやうになつた。

金龍でも石花でも、蘭や萬年青の變種は、價の出た時に直ぐ賣つて金にした。唯一つ家の寶物にするのだと言つて、古青磁の小鉢に水晶の砂を敷いて植ゑてゐた金龍の若芽三葉は、都會の大富豪なにがしが、何千圓とか何萬圓とかで太政官から買つた其の親株とゝもに、天下二つの珍品と貴ばれてゐたが、太政官は其の貴い第二世金龍を惜し氣もなく、さる貴い方に獻上して、新築の小學校の爲めに「天滿校」の三字の扁額を揮毫して貰つて來た。

「そんなこと言ふたて、あかんで、何んぼ太政官がえらうても、村でこそ太政官やが、場所へ出れば唯の百姓や。……高大もない宮樣とかに學校の額書いて貰うて、そんなことあくかい。」と、村人どもが高を括つて竊に舌を吐いてゐる最中に、僅か昨日立つて京都へ行つたばかりの太政官は、もう今日の夕方、紫縮緬の大きな袱紗に包んだ貴い揮毫を捧げつゝ、大きな赭顏に、はち切れさうな微笑を湛へて、網曳後押し付きの人車で歸つて來た。それと前觸れのあつた時、若い妻を有つた村の駐在巡査はそこ/\に制服を着けて、村境ひまで貴い揮毫の護衞に出たけれど、よくは間に合はなかつた。

「太政官は矢ツ張りえらい、場所柄へ出しても太政官で通るなア。」と、村人どもはまた今更に舌を卷いた。

白い犢のやうな隱居も、二階家に造られてあつた。小さくは見えても、階下四室、二階四室で、村には類の尠ない手廣さであつた。表から見ると、すツかり西洋風で、窓から白いカーテンの食み出してゐることなぞもあつたが、郵便切手賣捌所の札のかゝつてゐる扉の、白い把手を捻つて内部へ入ると、光景は全く變つて、青い疊の敷いた玄關の横には、粹な圓窓が先づニコリとしてゐる風で客を迎へた。

「俺んとこは無人で敢り次ぎが居んさかい、この圓窓が取り次ぎや。……この窓開けて喚いて呉れ、家にゐたら俺が出て來るぞ。」と、太政官は常にさう言つてゐた。

「何うや、この圓窓、なか/\別嬪やろな、始終笑うてよる。」

こんなことをまた太政官がよく言ふので、成るほど障子から櫺子から、數寄を凝らして造つたこの圓窓が、愛嬌のある圓ぽちやの美人のやうに見えることがあると、繁々出入りするものはよくさう思つた。

玄關の次ぎに八疊の居室があつて、其處には疊一枚もあらうかと思はれるほどの、大きな長火鉢が据ゑてあつた。其の前に角力取りの場所蒲團のやうなものを敷いて、太政官は胡座をかいてゐた。大火鉢には鐵瓶と藥鑵と土瓶とが三つかゝつて、何時でも茶を飮むのに不自由はなかつた。唐木造りの綺麗な茶箪笥が直ぐ手の屆く邊にあつて、煌やかな九谷とも思はるゝ茶道具が並んでゐた。酒が嫌ひで茶の好きな太政官は、奈良漬と羊羮とを絶らしたことが殆んどなかつた。茶は玉露の薄雪といふのを宇治から取り寄せ、煙草は薩摩の國分を、大きな銀煙管に輕く填めて喫んでゐた。

飯のお菜には、奈良漬の外に、土佐の上節を細く灰のやうにかいて、尼ヶ崎の白醤油をタツプリかけたのが大好きであつた。それ以外滅多に魚鳥の肉や野菜やを求めようとはしなかつた。米は非常にやかましく、苗代に種子を下ろす時から自分に監督して、植ゑて作る田地まで、ちやんと決つてゐた。さうして穫れた米を足舂きにするのには、母家の方で下男が一人、かゝり切りにするほどであつた。「水車舂きの米と、焦げた飯は喰へん。」と、太政官は始終さう言つてゐた。二三升に足らぬ玄米を殆んど一日がゝりで下男が足舂きにしたのを、下女がまた殆んど一日がゝりで一粒撰りにした。舂いて舂いて、舂き拔くので、米は玉のやうに白くなつて、細く尖つてゐた。それをば、新らしい手拭を被つて赤い襷を掛けた下女が、鼻唄で調子を取りつゝ、黒光りのする母家の廣い縁側で、太い指頭に摘んでは選り分けてゐた。少し形の揃はぬ粒は皆な取り除けて、下のものゝ飯米に混ぜた。

岩山に生えた椚の三年枯れの堅薪で炊いた飯の、一番下と釜の底とが、移す時綺麗に離れるのでなければ、太政官は其の飯を口にしなかつた。一寸でも釜の底が焦げ附いてゐると、たとへ狐色ぐらゐになつたのでも、茶碗の中に盛られた飯を輕く嗅いだゝけで、あゝ今日の飯は焦げたなと、箸を投げて了つた。

「飯の皮が喰へるもんか。」と、太政官は常に言つてゐた。そんなに釜の底の方を氣にしてゐても、太政官は決して釜底に近い飯を口に入れなかつた。上の方を取り棄て、釜肌を殘して、西瓜の實を抉るやうに、眞ん中だけの飯を移し取つて、それだけを喰ふことにしてゐた。釜肌にくツ附いた飯を、飯の皮と呼んでゐた。

皮を棄てた飯の實だけと、鰹節に白醤油――其の他に太政官の食慾は何物をも求めなかつた。ひよツとして、本場の上等鰹節のない時は、白醤油を皿に入れ、それを箸の尖端でめつゝ、可味さうに飯の實を味つてゐた。

「俺んとこの米は鮓米の上等よりまだ上等や、俺は其の上米さへ喰うてるとえゝんや。世間の奴は毎日々々、米を喰うてゐやがつて、ほんまに米の味を知つてゐくさらん。」

かう言つて、太政官は高らかに笑つてゐた。彼れは毎日々々米の味を噛みしめ/\味はつてゐたのである。

Chapter 2 of 9
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