Chapter 1 of 37

自序

この集には前集『獨絃哀歌』に續ぎて、三十六年の夏より今年に至るまでの諸作を載せたり。

『夏まつり』は最も舊くして、『五月靄』は最近の作なり。

『斧』にはこたび引説數行を添へて表面の筋を略敍したり。われはこれを公にしたる當時、世人の看て以て頗る解し難しと爲したるを意外に感じき。引説の如きは蛇足のみ。またこの引説は文字以外の義に及ぼさず、自讃に陷らむとするを憂ふればなり。

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詩形の研究は或は世の非議を免かれざらむ。既に自然及人生に對する感觸結想に於て曩日と異るものあらば、そが表現に新なる方式を要するは必然の勢なるべし。夏漸く近づきて春衣を棄てむとするなり。然るに舊慣ははやくわが胸中にありて、この新に就かむとするを厭へり。革新の一面に急激の流れあるは、この染心を絶たむとする努力の遽に外に逸れて出でたるなり。かの音節、格調、措辭、造語の新意に適はむことを求むると共に、邦語の制約を寛うして近代の幽致を寓せ易からしめむとするは、詢に已み難きに出づ。これあるが爲に晦澁の譏を受くるは素よりわが甘んずるところなり。

視聽等の諸官能は常に鮮かならざるべからず、生意を保たざるべからず。然らずば胸臆沈滯して、補綴の外、踏襲の外、あるは激勵呼號の外、遂に文學なからむとす。

「自然」を識るは「我」を識るなり。譬へば「自然」は豹の斑にして、「我」は豹の瞳子の如きか。「自然」は死豹の皮にあらざれば徒らに讌席に敷き難く、「我」はまた冷然たる他が眼にあらざれば決して空漠の見を容れず。「われ」に生き「自然」に輝きて、一箇の靈豹は詩天の苑に入らむとするなり。

視聽等はまた相交錯して、近代人の情念に雜り、ここに銀光の音あり、ここに嚠喨の色あり。

心眼といひ心耳といふと雖も、われ等は靈の香味をも嗅味の諸官に感ずることあり。嗅味を稱して卑官といふは官能の痛切を知らざるものの言ならむか。

時としては諸官能倦じ眠りて、ひとり千歳を廢墟に埋もれし古銅の花瓶の青緑紺碧に匂ふが如きを覺ゆることあり。或は「朱を看て碧と成し」て美を識ることあり。

一花を辨ぜずして詩を作るは謬れり。情熱に執して愛の靜光を愛せざるも亦謬れり。

これをわが文學に見るに、平安朝の女流に清少あり、新たに享けたる感觸を寫すに精しくして幽趣を極む。かの五月の山里をありくに澤水のいと青く見えわたるを敍したる筆のすゑに、『蓬の車におしひしがれたるが輪のまひたちたるに近うかかへたる香もいとをかし。』といへる如きは、清新のにほひ長しへに朽ちざるものなり。元祿期には芭蕉出でて、隻句に玄致を寓せ、凡を錬りて靈を得たり。わが文學中最も象徴的なるもの。白罌粟は時雨の花にして、鴨の聲ほのかに白く、亡母の白髮を拜しては涙ぞ熱き秋の霜を悲しみ、或は椎の花の心をたづねよといひ、或は花のあたりのあすならふを指す。「古池」に禪意ありといひ、「木槿」に教戒ありと解するは、珠玉を以て魚目と混ずるなり。

このごろ文壇に散文詩の目あり、その作るところのもの、多くは散漫なる美文に過ぎず。ボドレエル、マラルメ等の手に成りたるは果してかくの如きものか。思ふに俳文の上乘なるもののうちには、却てこの散文詩に値するものありて、かの素堂の『簔蟲の説』の類、蓋しこれなるべし。

わが文學は溌溂の氣を失はずして、此等古文古句の殘れるあり。われ等の無爲にして陳腐のうちにするをゆるさず。

物徂徠曰く、『萬古神奇悉在陳腐中、天不能舍鶯花而別爲春』と言は奇警なれども、こは自然の富を以て匱しとするに似たり。

また曰く、『其爲人拗、不師古、專而自用、喜快心、惡釀、喜放心、惡拘束……天生此一種人物、以轉盛※衰、破醇就漓』と、莊重の辭、晩季の風詢に此の如きもありしならむ。然れども今日の評家、或は識者にして、この言を爲して、新に境地を拓かむとするものに擬するあらば奈何。そはたまたま隆運の萌芽を解せざるに因る。隆運は將に雲蒸飛騰せむとす。われ等は幸にこの日に會ひて、却て舊見を持する舊人の多きをあやしむものなり。

明治三十八年五月著者識

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