Chapter 3 of 8
橘樹
陜西の劉公、興化の令たる時、一道士来りて盆樹を献じぬ。そを見るに橘樹の小さなる、指頭ほどあるを、細やかに裁りなせり。劉公は擯けて受けじといふに、たまたま劉氏の幼女六七歳ばかりなるが誕生の祝ひなどするをりなりければ、道士言へらく、こは大人の清玩には供へがたし、いささか女公子の福寿をほぎ奉らむのみとあるに、受け納めつ。幼女はそを見て愛でいつくしみ、下へも措かで、朝な夕な打まもらへり。劉公はその後任期満ちて帰らむとするに、橘樹の生ひたちて把にも余りたるが、是年始めて実を結びぬ。しかすがに旅路のわづらひ多ければ、そをうち棄てて去なむといふに、幼女はいぢらしくも樹を抱いて啼く、やうやうすかしなだめて、またこそ来むをりあらめと言へば啼きやみぬ。かくて橘樹は人の盗み去らむことを恐れて、前栽に移し植ゑ置きけり。その後幾年を経て、この女、荘子に嫁ぎ、荘氏は進士に登りて興化の令となりぬ。夫人はいたく喜びて、竊かに意ふやう、はや十年あまりを経たり、かの橘樹はそもいかがなりつらむと、行き着きて見れば、樹の大さ十囲、黄金色したる実の凡そ千もやあらむ、々として枝も撓めり。古役人など召し出して尋ね問へば、年ごとにその樹はいや繁りに茂りぬれど、実を結びしは今歳初めてなりといふに、不思議の思ひをなせり。かくて三年がほどは、繁りぬ、実りぬ。四年目になりて、萎れて花もにほはず。夫人は荘氏に向ひて、君が任期も久しからじといひたるに、果してその年の秋任を解かれきとなむ。