絹笠山
諏訪池には自動車道が通じているが、まだ利用されないので、所々草茫々たる中を押分けながら私達の自動車は通って行く。池は島原半島の最大湖で、海抜六百尺の高地にあり、三個の連環湖であることが趣を添え、四面蒼翠に囲まれ、諏訪神社の古びた祠が松林中にあり、池には貸ボートや釣魚の設備があって、更に一段と手を加えれば、夏の遊び場として優れたところとなるべき素質を持っている。
私達は諏訪神社の森蔭で休息した上、諏訪池から帰ったが、その夕べ今度は千々岩灘の入日を見るべく絹笠山に上った。この山は大毎寄附の基金よりなる気象観測所のあるところで、温泉一帯の地に最も風致を添えている美しい山である。赤松に蔽われている笠を伏せたような形が、その趣きが、京都の金閣寺の背景である同じ呼び名の衣笠山によく似ている。高さは八六〇米の手ごろの山で、その山裾をめぐり、延長二里の逍遥道路が設けられている。私達はその山の展望岩のところへ来て日の入りを待った。ここの展望も雲仙の最も美しい景観の一つとして知らるるものである。
千々岩灘に対して立つ時、足下に深く落込んでいる渓谷は、絹笠の山脚と妙見の山脚が作る山領谷である。山領谷の尽くるところに富津の猿葉山が峙ち、その山裾である赤松の点々生えた、土佐絵のような弁天崎が湾に斗出している。妙見の長い山脚を越えて、千々岩岳、吾妻岳、九千部岳などが蒼茫として暮行く姿を見せ、右方有明海の彼岸には多良岳が美しい輪廓を描く。左の方に目を転ずると、早崎の瀬戸から天草灘へかけ、大小幾多の島々の影が海天一色の間に、次第に融け込んで行く。日ぐらしのコーラスが谷に谺して一斉にその日の最後の礼讃を捧げる。
入日が彼杵半島の山の端に近よるにつれ、半天は徐々に紅色に彩どられる。その紅が反対の側の天草灘に棚引く横雲に反射する。千々岩灘に散らばる漁船の白帆がその瞬間金色に輝き渡る。それは実に美しくも荘厳な自然である。高岩山をロッキー・ヒルと呼んでいる外人は絹笠山をまた夕陽丘と称しているそうであるが、私はかれ等がよく自然と親み、常に先んじて好風景の地点を発見し且巧にポイントを捕えている点を感ぜざるを得ない。邦人の多くが案外風景に無関心であり、最近までは雲仙の美を説くものさえなく二、三十年来独り外人のみがその風景美を独占していた事実を顧みると大いに忸怩たるものがあろう。