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可児君
可児夫人
女中
織部
木暮妙
鳥居冬
駒井
毛利
泊
斎田
一月十二日午後――
極めて平凡な客間兼書斎
可児君 今日こそゆつくり寝てゝもよかつたんだ。下らないことに気をつかつたりなんかして――見ろよ、一人も来ないうちから、もう草臥れた。(仰向けに寝ころがる)夫人 そんなに気をおつかひになることはないでせう。二時までに、その辺を綺麗にしておいて、ねえやに、襦袢を着替へさせて、あたくしが、この、カバアを脱ぎさへすればよろしんですもの。可児君 それでよろしいもんか。座蒲団は借りてあるか。夫人 五枚揃つてれば沢山ですわ。可児君 でも、初めての面会日だからね。普段来たこともない奴まで、思ひ出してやつて来るかも知れないよ。夫人 一々端書なんかおだしになるんですもの。それに、月一度は、いくらなんでも、少な過ぎますわ。それも、一日中とか、午後全部とかなら、まだしもですけれど、二時から三時まで一時間なんていふ面会時間はどこへ行つたつてありませんわ。尤も、その為に、来たい人でも来れなかつたりなにかして……。可児君 丁度いゝさ。毎週例へば月曜日を面会日と決めてだね。第一月曜は朝から一人きり、第二月曜には夜遅く二人、第三の月曜は、一日待ちぼけを食ふなんていふのは、あんまり気が利くまい。いや、そんなもんだよ。さうして、面会日でもない日に、一寸でよろしい。お手間は取らせませんなんてな客が、ぞろぞろ来てさ。そのうちには、図々しく面会日を無視して、そこまで来た序だなどゝ、昼食から終電車まで尻を据ゑて行く奴がゐるに違ひない。さうなると、面会日には一日縛られ、面会日でない日には、落ちついて仕事が出来ず、結局、面会日を決めたゞけ損といふことになる。面会日の最も有効な利用法は、日を成るべく少く、時間を成るべく短く、と、ね、これだ。おれは、月一回、一時間の制度が、最も機宜に適してゐると思つてゐる。それや、もつと交際でも広くなれば、また別さ。さうなれば、お前を中心にして、月一回ぐらゐ、婦人連だけのサロンを開いてもいゝな。夫人 あたくしは、さういふことは真平ですよ。面倒なことは出来るだけ削くといふのが、あたくしの生活のモツトオなんですから……。可児君 生意気云へ。おれだつて面倒なことは好きぢやないさ。お前は、何かい。おれの地位が、社会的に向上するのを悦ばないのか。おれの周囲に集るおれの崇拝者は、おれのそばにゐるお前を、同時に崇拝するやうになるんだぜ。夫人 有難いもんですわね。可児君 冗談でなくさ。お前は、さう思はないかい。夫人 思はなければどうなんですの。あなたは、もうそんなに偉くなつて下さらない方が、あたくし、安心ですわ。可児君 どうして?夫人 あなたお一人が、だんだん高いところへ上つて行つておしまひになるやうな気がするのは、いやですわ。可児君 ハヽヽヽヽ。高いところはよかつたね。女房といふものは、自分の亭主を買ひかぶるか、世間並にさへ認めないのが、世間一般らしいが、お前は、実によく亭主の正体を掴んでゐるよ。いゝ気にもならず、落胆もせず、さうして、せつせと原稿の清書を手伝つてくれてゐる、その内助振りは、全く感激に価する。夫人 (さういふ冗談口には馴れてゐるらしく、夫の口先の感激に何等の反応を示さず、机に向つてペンを動かしてゐる)可児君 昭和二年二月十二日……か、雪は降るまいなあ。夫人 …………。可児君 おい、もう一時半だぜ。おれはこのなりでいゝかしら……。かういふ日に、ドテラはどうかね。夫人 いゝんですよ。可児君 どうしていゝ? どうしていゝつて云ふんだ。さうかなあ。夫人 紋付でもお召になりたいんですか。可児君 なりたかないさ。誰でもさうか知ら。夫人 誰でもは誰でもでいゝぢやありませんか。あなたはあなた……。一体、誰が来るんですの、あなたは、普段の通りにしてゐらつしやればいゝんですよ。人が来たらお会ひになればいゝんでせう。誰も来るか来ないかわからないのに、こつちばかり、何も、用意をしてゐるわけはないぢやありませんか。可児君 お前は、女に似合はず、ドオデモイイニストだね。夫人 …………。可児君 物事にけじめをつけることが嫌ひだね。夫人 …………。可児君 なに、お前さへかまはなけれや、おれは、着物なんか、なんだつていゝさ。夫人 そら、そんなことおつしやるもんだから、間違つちまひましたわ。こゝはと、……「彼女の眼も、鼻も、唇も、頤も……」……あゝ、唇がぬけたんだ……。可児君 そこは肝腎な処だから気をつけてくれよ。
(此の時、「御免」といふ声――可児君は、飛び起きる。二人は思はず顔を見合はす。もう一度、「御免」といふ、やゝ急き込んだ声、女中が取り次ぎに出たらしい。やがて――)
女中 (現る)あの、織部さんがいらつしやいました。夫人 (夫に笑ひかけ)どうしませう。可児君 どうしませうぢやない。(女中に)お上りなさいつて……。(妻に)そこはいゝから……。早く座蒲団……。夫人 (座蒲団を出し奥にはひる)可児君 (机の上を片づけ、さも今まで仕事をしてゐたやうな顔つきで訪問客を待ち受ける)織部 (女中に案内されて入つて来る)やあ、しばらく……。可児君 やあ、端書着いた?織部 あれを見て、今日ならきつとゐると思つてやつて来たんだが、忙しいんぢやない。可児君 なに、今日は、どうせ駄目なんだ。しかし、君なんか、面会日を守つてくれなくつたつていゝよ。あの端書は、序に出したんだが、あれで、まあ、きつとゐる日だけはわかるからね。――さう思つて……。織部 だからさ……。しかし、月一回は少かないか。可児君 会ひたい人間には何時でも会へるんだからね。織部 それもさうだ。僕も、そら二三年前に、一度面会日を決めたことがあつたらう。――あん時は、毎週火曜にしたんだ――処が、その日にかぎつて、外へ出る用事ができてね、閉口したよ。用事がなくつても、その日が来ると、なんだか、外へ出て見たくなるんだ。別に、人に会ふのが嫌やなわけぢやないが、うちにぢつとしてゐるのが辛いんでね。妙なもんだよ。結局、何時からともなしに、面会日はなくなつてしまつたわけなんだが、人が折角訪ねて来てくれて、まあ、人にもよるが、こつちも会ひたいやうな人がだね、それに留守だと、実に残念だ。やりきれない気がするよ。可児君 さういふ時、僕は、こつちから、すぐ訪ねて行くことにしてゐる。そら、君が何時か留守中に来てくれたね、あん時も……。織部 さうさう。あん時は、こつちが……。――また、生憎なもんでね……。夫人 (茶を運んで来る)いらつしやいませ。織部 やあ、先日は。夫人 瓦斯が、どういふんですか、なかなかつかなくつて……。どうぞ……。(茶を薦める)奥さま、お変りいらつしやいませんか。織部 ありがたう。だんだん御盛んで結構です。夫人 は? いゝえ、なんですか……。でも、可笑しいもんですわね。面会日をきめると、一番にいらつしつて下さるのが、一番お心易い方なんですものね。可児君 実際、君なんかゞきつと来てくれるなら毎週一回にしたつていゝんだね。さうなると、来る方でも、また窮屈だらう。――何時でも会へると思つてゐると、つい、半年も会へなかつたりしてね。皮肉なもんさ。織部 どうしてまた、十二日としたの。夫人 可児の誕生日なんですの。織部 あ、さうだつたか。可児君 自分でも覚え易いしね。織部 自分で忘れちや話にならん。十二日、さうか。たしか一月十二日だつたね。それぢや、今日だね、ほんとの誕生日は……。可児君 満三十三さ。織部 若いね。夫人 あら、いくつお違ひになるんですの。
(勿論、相手の年は知つてゐて、さういふのである。眼附でそれがわかる。奥に去る)
織部 処で、実は、少し頼みがあつて来たんだがね。可児君 まあ、後でいゝぢやないか。あとでゆつくり話さう……。織部 うん……。まだ誰も来てゐないやうだし、その話さへ出来たら、今日は、少しほかへ廻りたいんでね……。また、そのうち、ゆつくり飯でも食はう。可児君 まあ、いゝぢやないか。三時には、みんな追ひ返しちまうから、あとは、君……。織部 それがね、その話といふのが、ほかでもないが……。
(此の時、「御免下さい」といふ女の声)
ぢや、また、後にしよう。
可児君 (抑へきれぬ微笑)一寸楽しみだよ、これでね……。(耳をそばだてる)女中 (現る)木暮さんがいらつしやいました。可児君 (首をかしげ)木暮……?女中 あの、若い女の方で御座います。可児君 …………。女中 此の前、一度見えたことがおありになるんですけれど……。可児君 あゝ、さうか……。(一寸考へて)いゝから、お上りなさいつて……。織部 (察して)愛読者かね。可児君 うん、いや、作家志望の娘さんだ。木暮妙 (二十一二の学生風の娘。――会釈して入り来る。その後にもう一人、その友達らしい同じやうな年配の女が、ためらひながらついて来る)先日はお邪魔いたしました。この方、あの、あたくしのお友達で、鳥居冬さんつておつしやいますの。やつぱり、先生の御作品を、なんなもんですから、あの、御一緒にお連れしましたんですけれど、よろしう御座いませうか。可児君 さうですか、それやどうも……。鳥居冬 (丁寧にお辞儀する)どうぞよろしく……。可児君 学校は、おんなじなんですか。木暮妙 はあ。でも、あたくしの方が、一年前に出ましたんですの。可児君 へえ、あんたの方が後みたいだが。木暮妙 あら、さう見えます? あたくし、何時までも子供だつて、みんなに云はれますの。可児君 鳥居さんですか、あなたも、何か書いてらつしやるんですか。鳥居冬 いゝえ。女中 (茶を運んで来る)可児君 あゝさうさう、御紹介しときませう。これ、織部九郎君……識つてるでせう。名前は……。織部 いやあ……。可児君 (少女らが識らぬらしいのを見て取つて)駄目だなあ、織部九郎君の名前も知らなくつちや……文学は落第だ。有名な劇作家ですよ。そら、「運命の喇叭」つていふ脚本を去年の夏、読売講堂で、上演したでせう、未来座つていふ劇団が……。知りませんか。知らないはずはないがなあ。尤も、先生の作品は、非常に先駆的で、今の文壇ぢや殆んどわかる奴なんかゐないことはゐないんだが……。織部 もういゝよ、君、紹介はそれくらゐで……。(何気ないやうに笑ふ)戯曲はあんまり読まないでせう。木暮妙 戯曲は読んでもわかりませんもの……。先生はどういふ雑誌にお出しになりますんですの……。織部 僕ですか。さあ、あなたがたには縁のない雑誌ですよ。木暮妙 「花園」へはお書きになりませんわね。織部 あゝ、あゝいふ方へは……。可児君 「花園」ばかりが文芸雑誌ぢやありませんよ。木暮妙 えゝ、それはさうですけれど……。織部 (思ひ出したやうに)ハヽヽヽヽ。木暮妙 あの、先生が今月の「花園」へお書きになりましたもの、あたくし、少しわからないところがあるんですけれど……。可児君 えゝ、まあ、それは此の次にしませう。今日はなんだから……。それより、織部君に、芝居の話でも聞かせてお貰ひなさい。木暮妙 えゝ……。でも、あたくし、どんなこと伺つていゝかわかりませんわ。ねえ、鳥居さん。あゝ、さうだわ、あなた脚本好きだつて云つてゐらしつたぢやないの。
(長い沈黙)
(此の時、また玄関で、「御免」といふ声。やがて、女中が名刺を持つて来る)
可児君 (それを受け取り)今日はね、面会日でお客さんがあるから、何時か別の日に来てくれつて……。あゝ、奥さんにさう云つて、出て貰へ。女中 はい。線部 今日は面会日だから、別の日に来いは可笑しいぢやないか。可児君 うむ。