おもいで(二)
銀座の街路樹を何故もとの柳にしないのかと私はよく思う。今の街路樹は何ともみすぼらしくていけない。柳は落葉が汚いというかもしれないがしかし、同じ冬がれにしても、柳は誠に風情がよろしい。洋風のまちにふさわしくないと思うのかもしれないが決してふさわしくないものではない。ことに春の新芽は美しく町を一層陽気にする。夏は又緑の房が誠によく何にしても大様で柳は誠にいいと思う。
日本でイルミネーションがはじめて出来たのは私の十三歳の頃のこと、明治三十五年か六年大阪の大博覧会の時であった。父がまだ生きていてのみやげ話に聞いたが、それからしばらくたって明治屋などがクリスマスの時分になるとこれを用いた。しかし、電気のイルミネーションはとも角、ガス灯でこれに似たことを早くから松田がやっていて、隣の勧工場も間もなくこれを真似て用いた、松田については後にもかくが、入口が石の門?で緑色にぬった鉄の柵がありその入口には松の形をしたガス灯のイルミネーション?をつけ、夜になると、ボーッと音がしてそれがともっていた。これが柳の並木に照りそって、二昔前の銀座は誠に面白い風情があった。
銀座の夜店は私のもの心づく時分から盛であった。この節はまたちょい/\見かけるが、昔は午前中から、いろ/\の露店が出ていた。この露店に売るものや売る人にもいろ/\の推移や思い出があるが、長くなるからほんの少しばかりかく事にしよう。今も昔も変らないのが骨董の夜店であるが、銀座の夜店の骨董に真物なしといわれるまでに、イミテーション物が多いのは事実である。が、時にはいい掘り出しもあったとか、あるとか、私には経験はない。が、今は山の手なり郊外なりの御夫婦づれなどが、この骨董の露店の前に立ったり、しゃがんだりしているのを見ると私は何となくいい感じを持つ。そういう人たちの心持ちの中には美しいものがあるように感じられる。花屋の前に立ってチューリップの一鉢を買うのも可愛いいが、これが安物の骨董となると一層二人の可愛らしい趣味なり心得なりが感じられるようである。
私の家の前にはいつも「正」さんという老人の骨董屋さんが出ていた。紀の国橋を渡って木挽町の方へしばらく行ったところにこの正さんの古物骨董の店があって、正さんは雨さえふらなければ毎夕車の上に荷をのせて、私の家の前にうすべりを敷いてむずかしい顔をしてだまりこくって座っていた。全くこの正さんの顔はむずかしい顔であった。木ぼりのえんまさんとよく皆がいったが、きちんと端座して一と処をみつめた顔は正にその通りである。うちの万吉という薬を調合する男が正さんの家の近くに住んでいて正さんとは仲よしらしかったが、この老人も私の子供の中になくなったとみえいつかいなくなってしまった。
夜店で一ところ人気のあったのは、何だか知らぬが、卵の白みから作ったとかいう化粧液を売る眼のギョロッとした立派な八字髯を生やした男である。実に不思議な音声とふし廻しと言葉とでその化粧液の効能をのべていたが、私はこの男のせりふがすきで出ていると必ず永く立って聞いていたものだった。この男はまだ健在で今は長大なピンセットで紙の将棋の駒を動かしながら「何とかして角べろりん」などと例のふし廻しでしゃべりながら将棋の必勝か何かの本を売っているが、銀座では見かけない。