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青春の息の痕
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青春の息の痕
倉田百三
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Nguyên bản Public Domain
Chapter 8 of 25

8

私は一週間すれば別府を去って、妹とも別れて、この夏はたぶん倉橋島の音戸という広島湾内の小島にて暮らすようになりましょう。私はそこでしばらく考えさしてもらって、私の心を整えたいと存じます。夏には正夫さんと会えるかもしれないので、たいへん悦んでいます。秋からは上京します。そして久しぶりにあなたにもお目にかかれ、朝夕往復して生活を共にすることができますならば、どんなに嬉しいことでしょう。ただ、私は秋までに何か恐ろしい運命が、私を訪れねばいいがと案じます。私はこの頃は二、三か月先のことは恐ろしくなりました。願わくば神様が私を守り下さいまして私にこのたのしき逢瀬を恵み給わんことを祈ります。あなたも祈りつつ待っていて下さいまし。私は小一里の道を歩行できるようになりました。また肺のほうはたいへんよくて、どの医師も心配しなくてもよろしいと申してくれます。痔は一生の持病として、今後しばしば煩わしき手術を受けねばならないことと覚悟しています。パウロが終世癒えなかった眼病を、神の与え給いし棘として忍び受けたように、私も私の運命に甘え、自らに媚びる心を制するための神の賜物として甘受いたしましょう。私がもし、ほしいままな健康の消耗を生ずるごとき行を避け、謙遜に生を守りますならば、そうたやすく倒れはしますまい。私は病弱な貧しい素質ながら、私に残された領土をひらいて行きましょう。私は私の使命のために神に祈らずにはいられません。なにとぞ一生涯私の善き友であってくださいまし。私も一生涯あなたに背く気はございません。もし神のみ心ならば一緒に仕事をする時もありましょう。かく思う時、私は心の躍る心地もし、たのしき恐ろしき未来のために祈りの心が湧くのを感じます。ああ、御一緒に天に昇りたいものでございますね。(久保謙氏宛 五月二十五日。別府より)

温泉地になじまず、去る

お手紙うれしく読みました。私は都合により倉橋島へは行かずに妹と一緒に故郷に帰ることになりました。ただ今は最後の散歩をしてしばしの交わりにはや別れにくきほどの親しさになっている幾つかの家庭に「さようなら」を告げて宿に帰ったところでございます。私たちは何だか悲しい淋しさに沈んでいます。市街の燈火も今晩は心もちかなしそうに思われます。思えば私は浜辺より森のなかへ、病院より温泉宿へと淋しい旅をしては、そのたびに幾人かの忘れえぬ人々とあわれな別れをして来ました。私は今夜はそれらの人々のことを思い出しました。そしてかなしい人生のさだめのまえに、祝福をその人々に送るいのりをせずにはいられません。私は私の未来の生涯をば淋しきものと思いさだめるたびごとに、ただこのようにしてできる多くの淋しい人々のよき友であることのみに私の生きる意味を見いだそうかと思うほどでございます。あなたはいつまでも私を愛して下さいまし。私はこの夏は父母にできる限りやさしくしようと思います。私のふる郷であなたにお目にかかれるならばこのように嬉しいことはありません。私は性と信仰とのことについてもあなたに聞いていただきたいことがありますけれど、それは帰郷してからの詳しき手紙に譲ります。私の心ばかりの送り物を受け取り下さいまし。

(久保正夫氏宛 六月二日。別府温泉より)

十字架についての思索

あなたの二つのお手紙と一つの雑誌とは私の手に届きました。私はこの手紙を書きはじめる前に日のあたる縁端の椅子にすわってあなたのなつかしき「花と老いたる母」を読みました。愛とかなしみと、そして遠い心のねがいが運命を知ることによって生まれる純な知恵とが私の胸にひびきました。あなたのものにはツルゲーネフやマーテルリンクなどに見らるるような、知恵と運命とのかなしい遠いこころもちがいつもひそんでいるように感ぜられます。あなたのものを見るまなこは早くから遠くに達することができるようになったものですね。あなたのものにはさながら老年期のような「見渡す力」が見えます。そしてあなたの趣味やあこがれは世のつねのものよりもみなひときわ奥の方へと深まっているようです。私はあの雑誌を見渡してあなたのものがはるかに学生ばなれしていることを感じました。ほんとにあなたなどは衣食の心づかいさえなくば学校へ行く必要のないまでにすすんでいらっしゃると思います。その表現の仕方にももはや一つのスタイルさえできてるように見えます。私はあなたの遠い御成長を祈っています。

読者はあなたの作物によって、運ばれて行く事件の進行ではなく、あなたのゲミュートに直接に感じて動かされます。私はあなたが現実をばどのような仕方に取り扱われるようになるかは未来のこととして、興味をもって注意していますけれど、おそらくは現実はそれ自らではあなたの興味をつなぐことはあるまいと思われます。そしていつも何かのイデアルがあなたを創作に駆るの機となるのではないかと思われます。私などはいつも空想や理想で生きています。遠い山脈と白い雲とにあこがれる心なくしてどうして生きるよすががありましょう。私は心ひかるるものをいつも生活のほんとの内容として生きています。私が現実を凝視するのはそれによって現実をはなれて私の標的を純粋にし、日々のこまかなことにまでアイデアリズムを透徹したいためでございます。

個々のまことなる心の要求を絶対化しようとし、そして生命を調和ある一つの全体としようとするねがいから、私には多元の苦しみがいつも生じます。そして私の生活を調和ある静けさに保ちがたくなります。たとえば愛は真理であることをエルレーベンして、そしていかにして愛に程度を付することができましょう。これだけの程度に愛すれば足りると考えることは私にはできません。ことにキリストや釈迦のような先人を持っている私は、与えらるるものを持ちながら与えずにいるのをシュルドとして感ぜずにはいられません。そしてそれは私のほかの要求を容れないことが多いのです。そして私は私のすることをジャスティファイすることはほとんど一つの行為にもできがたくなります。それは私の動機ばかりについての考えですけれど、私の行為の生む結果まで考えれば私はイグノランスを恐れて何もできません。そして私はこの頃は一つの行為をするときには常にこう思います。「私のすることはよいこととは信じません。賢いこととはなおさら信じません。けれど私はこのことで間違わないにしても、ほかのことで間違わないというのではありませんから、このことをさしていただきます」と。そして神の知恵を祈り求めます。

愛はたのしいよりも苦しいものですね。私は愛のなかに含まるる犠牲というものをこの頃は深く感じます。そして愛の必ず十字架になることを思わずに、愛を語っていた愚かさを知りました。愛の本質は犠牲です。そして私は、この頃の多くの人々のように、何ものも自分のほしいものを捨てずに人を愛そうとしていたのでした。そしてその結果は何びとをも愛することはできないのでした。愛が十字架になるのはその犠牲の対象は、私たちのわがままならぬ動機よりほしきものを含むからです。はれやかな眺めと自由の空気、居心地よき部屋を得たき願い、善き友、尊き書物、美しき妻を得たき願い――このようなものも愛のための犠牲に供せらるべきものです。そしてそれを拒むならば愛の実行はできないように思われます。神の祭壇にはこれらのものをもひとたび献げなければ聖霊を受け取ることはできないというのは、私はもっともとうなずかれます。そしてそれは十字架でなくて何でしょう。他人の運命を自分の問題とするときにのみ真の愛はあると思います。私は妹をも、お絹さんをも、父母をも、愛することができないのは、私がこの十字架を負いえぬからです。あなたの美しき期待を裏切るには似ますけれど、私と妹とは七十日余の共生の間常に、いつもは融け合ってはいませんでした。お絹さんは私にたよりせぬようになり、父母のためには私は孝行な子ではないのです。――私を恕して下さい。そしてその真因は私のほしきものを私が捨てないからです。それらの具体的な消息は手紙には書くにあまります。そして醜い現実的なものです。

自らのほしきものをことごとく神の祭壇に献げずには、愛の実行は終わりあるものとして完成せられないように見えます。そこにキリストの十字架はあるのでしょう。自ら一度死なずに人を愛することはできないと思われます。このような平凡なことさえ、私はしみじみとはこれまでわからずにいたのでした。私は十字架を負わずに人を愛そうとは思いますまい。けれど何よりも苦しいのは私の心の底にあるエーステチッシュな要求が十字架に釘づけられる時です。私はどうしても今私の住んでいる部屋を美しいと満足することはできません。けれど父母を愛するためには私の住場所を私の家のほかに求めてはいけません。私は私の来訪を悦ぶ二つのファミリーに、そのファミリーがエーステチッシュな空気を持っていないために、口実を作って寄らずに帰りました。そして恨まれました。

私はまた今悶えの底に沈んでいるひとりの妹の宅に寄るのにも、どんなにその家の貧しさから生ずるアンプレザントなことをきろうて、またひとりの叔父のかたくなな性質に触れることをいとうために妹を愛する心を鈍くしたかもしれません。そして私は冷淡な心に自ら責められました。

私たちのようにすべてのものに要求の強いものには、十字架はますます重荷になります。私は愛することの善きことを知って、愛の実行のできない人間です。私を愛の人だといわれる時、私は空恐ろしくなります。私は愛を問題としている人で、愛の人ではない。私の真相はエゴイストです。文之助君がいったとおりです。私は人と親しい交わりにはいろうとする時、このことが気になってなりません。

私はいろいろな問題から促されて宗教の方へ赴くようになります。いかにすれば世界はコスモスとなるのでしょうか。人と人との交わりはなめらかに、そして心の願いは互いに乖かずに、音楽のように、諧和するでしょうか。これ私の一生の問題です。

私はやはり庄原でも教会に参ります。私にはピープルとともに神を拝したき要求があります。そしてそのためにさまざまなおもしろからぬ、教会内の出来事を忍んでいます。そして今周囲から迫害されている教会を助けて働く気でいます。そして間違っているところは神様に恕しを求めます。どうせ間違いはないわけにはいかないのですから、私は許さるべきこととして教会に参ります。信仰はたしかでなくても、私はいのりたく、神をほめたく、キリストの生涯について人々に語ることは悪いことでもあるまいと思われますから。

私は聖書がまだ全く信じられないのは奇蹟や、癒しや、黙示があるためではなく、その計画が私にまだ絶対的完成を疑わしめるような、部分を含んでいるためです。ヨハネが「われその栄を見るにまことに神の子にして……」といったように、その計画がまことに神の計画として私に受け取れるならば、私は証拠を要求する気はないのです。けれど旧約聖書のある部分やまたキリスト伝のほうでも、キリストが数千の豕の群れを鬼に命じて殺すところなどは私は神の栄とは思われません。聖書のなかに示さるる善の理想が神の栄えを現わしていないときに私は信じられません。私はやはり梁川のような仕方で神に会わねばならぬのかもしれません。エーステチッシュに信仰にはいったのでは力と熱とを実有することはできず、スペクラチフな仕方では信ずる意志と感情とを動かすことはかたく、私はそこにある一種の不思議な摂理、天来の恵みと選み、というようなものを待ち望みたくなります。パウロのダマスコ途上の経験や、フランシスのきいた神の声や梁川の見神の実験のような宗教的意識の体験、それは官覚的ではないけれど、官覚よりも鮮明直接な一種の霊的経験を求めたくなります。いかにすればかかる経験が得られるか、梁川などはただ思慕の情の熱して機の熟したときであるといってるだけです。

私は宗教的意識を一生躬をもって研究したいと思います。

性の問題については、私はどうしても肉体の交わりをよしと見ることができません。性欲はエゴイスチックな動機からしか起こらないと私は信じています。(これは私の経験より得た信念です。もし愛の動機からその表現として行なわるる肉体の交わりがあるものならば、私は実に喜びます。私の一つの大きな十字架が取り去られます)

Chapter 8 of 25
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