Chapter 1 of 6

第一章

県庁所在地のNNという市の或る旅館の門へ、弾機つきのかなり綺麗な小型の半蓋馬車が乗りこんで来た。それは退職の陸軍中佐か二等大尉、乃至は百人ぐらいの農奴を持っている地主といった、まあ一口に言えば、中流どころの紳士と呼ばれるような独身者がよく乗りまわしている型の馬車で。それには紳士がひとり乗っていたが、それは別に好男子でもないかわりに醜男でもなく、肥りすぎてもいなければ痩せすぎてもいず、また年配も、老けているとはいえないが、さりとてあまり若い方でもなかった。この紳士が乗りこんで来たからとて、市には何の騒ぎも起こらねば、別に変った出来ごとも持ちあがらなかった。ただ僅かに、旅館の向い側にある居酒屋の入口に立っていた露助の百姓が二人、ぼそぼそと蔭口をきいただけで、それも、乗っている紳士のことよりも、馬車の方が問題になったのである。『おい、どうだい、』と、一人がもう一人の方に向って言った。『大した車でねえか! ひょっと、あの車でモスクワまで行くとしたら、行きつけるだか、行きつけねえだか、さあ、お前どう思う?』――『行きつけるともさ。』と、相手が答えた。――『だが、カザンまであ、行かれめえと思うだが?』――『うん、カザンまであ、行かれねえだよ。』と、また相手が答えた。これでその話にも鳧がついてしまったのである。あ、それからまだ、馬車が旅館の間近までやって来た時、一人の若い男と擦れ違った。その男は、おそろしく細くて短かい綾織木綿の白ズボンをはいて、なかなか凝った燕尾服を著ていたが、下からは、青銅のピストル型の飾りのついたトゥーラ製の留針を挿したシャツの胸当が覗いていた。この若い男は振り返って馬車を一目ながめたが、風で吹っ飛ばされそうになった無縁帽を片手でおさえると、そのまま志す方へすたすたと歩きだした。

馬車が中庭へ入ると、宿屋の下男というか、それともロシアの旅館や料亭で一般に呼ばれているように給仕というか、とにかく、おっそろしくてきぱきして、あまりせわしなく動きまわるので一体どんな顔附をしているのか、見分けもつかないような男が飛び出して、紳士を出迎えた。その男はひょろ長い躯に、襟が後頭部までも被さりそうな、長い半木綿のフロックコートを著ていたが、片手にナプキンを掛けたまま素早く駆け出して、さっと髪を揺りあげるように一揖するや否や、木造の廊下づたいに、そそくさと紳士を二階の有り合わせの部屋へ案内して行った。それは至極ありふれた部屋であった。というのは、第一、旅館そのものが、極くありふれたものであったからだ。つまり県庁の所在地などによくある旅館で、なるほど一昼夜二ルーブリも払えば、旅客は静かな部屋をあてがわれるけれど、部屋の四隅からはまるで杏子のような油虫がぞろぞろと顔を覗け、隣りの部屋へ通じる扉口はいつも箪笥で塞いではあるが、そのお隣りには決まって泊り客があって、これが又ひどく無口で物静かな癖に並はずれて好奇心が強く、新来の客の一挙一動に興味をもって聴耳を立てていようといった塩梅である。この旅館のおもてつきが又、いかにもその内部にふさわしく、無闇に間口ばかり広い二階建で、一階の外壁は漆喰も塗らないで赤黒い煉瓦が剥き出しになっているが、もともと汚ならしい煉瓦が烈しい天候の変化に逢って一層くろずんでいる。二階の方は、相も変らぬ黄色のペンキで塗ってあり、階下には、馬の頸圏だの、細引だの、環麺麭だのを売っている店が並んでいる。その並びの一番はずれの、店というよりは一つの窓に、赤銅のサモワールと並んで、そのサモワールそっくりの赤銅いろの顔をした蜜湯屋が控えておるが、その顔に漆黒の顎鬚さえ生えていなければ、遠目にはてっきりサモワールが二つ窓に並んでいるとしか見えない。

新来の客が、あてがわれた部屋を検分している間に、身のまわりの荷物が運びこまれた。真先に来たのは白い革の旅行鞄で、それがあちこち擦り剥けているところは、旅に出たのは今度が初めてではないぞといわんばかりだ。旅行鞄を運びこんで来たのは、馭者のセリファンと従僕のペトゥルーシカとで、セリファンの方は毛皮外套を著た背丈の短い男だが、ペトゥルーシカの方は、まだ三十そこそこの若者で、どうやら旦那のおさがりらしく、いいかげん著古された、だぶだぶのフロックを著こんだ、おそろしく鼻と唇の大きい、見たところ少し険のある男だ。旅行鞄についで、木目白樺で象嵌をほどこしたマホガニイの手箱だの、長靴の型木だの、青い紙に包んだ鶏の丸焼だのが持ちこまれた。こうした物をすっかり運びこんでしまうと、馭者のセリファンは厩舎の方へ馬の始末をしに行き、従僕のペトゥルーシカは、まるで犬小舎のような、いやに薄暗い小さな控室のなかを取りかたづけはじめたが、そこへはもう既に自分の外套といっしょに、彼特有の変な臭いまでちゃんと持ちこんでいた。その臭いは、後から運びこまれた従僕向きの七つ道具の入っている袋からもプンプン臭っていた。彼はその小部屋の壁際に、窮屈そうな三本脚の寝台を据えつけて、その上へ、こちこちのまるで揚煎餅のように薄っぺらな、また恐らくは揚煎餅のように脂じみた、小っぽけな、どうやら蒲団らしい代物をかぶせたが、それは宿屋の主人からうまく借り出して来た品である。

こうして召使たちが大騒ぎをして、いろいろの始末をつけている間に、紳士は食堂へ出かけて行った。その食堂という奴が抑々どんなものであるかは、凡そ旅をする程の人なら誰でもよく知っている。つまり例によって例の如く、油性塗料を塗った壁は上の方が煙草の煙で黝み、下の方は種々雑多な旅客の背中にこすられて、てかてか光っていようといった塩梅だが、旅客というよりも寧ろ、土地の商人仲間の方が多い――というのは、市の立つ日には、きまって商人仲間が六人づれ七人づれで此処へやって来ては、お茶をお定りの二杯ずつ飲んで行くからである。それから、型の如く煤けた天井と、同じく煤けたシャンデリアで、それにはカットグラスが沢山ぶらさがっていて、給仕が型の如く、海辺に集う鳥の数ほど夥しい茶碗を載せた盆を、大胆に振り廻しながら擦りきれた油布の上を駈けまわるたんびに、跳ねあがったり、ちりんちりん音を立てたりする。また壁じゅうには、型どおりの油絵が幾つも懸け並べてある。つまり何もかもが何処にでもあるのと同じ調子で、ただ一つ異うのは、中の一枚の絵に描かれた水精が、おそらく読者もついぞこれまでに見たことがないだろうと思われるような、すばらしく大きな乳房をもっているぐらいのものである。尤も、こういった変態は、誰がいつ何処から我がロシア帝国にもたらしたのか見当もつかない。さまざまな歴史画の中にもしばしば発見されるが、どうかすると、我が帝国の顕官連や美術愛好者たちがイタリアへ行った際、案内人にそそのかされて買いこんできた絵の中にさえもちょいちょい見受けられる。紳士は被っていた無縁帽をぬぎすてると、虹色の毛編の頸巻を解いた――こういう頸巻は、女房持ちの男には、細君が手ずから編んで、ちゃんと巻き方まで教えてくれるものだが、独身者には一体、誰がそんなことをしてくれるやら、作者にはさっぱり分らないから、何とも申し上げ兼ねるが、とにかく、作者はまだ一度もそんな頸巻など巻いた覚えがないので。さて頸巻を解くと、紳士は食事を言いつけた。で、こういう宿屋ではお定まりのいろんな料理、例えば、わざわざ不時の客にそなえて幾週間も蔵ってあった渦巻型の肉饅頭を添えた玉菜汁だとか、豌豆をあしらった脳味噌だとか、キャベツを添えた腸詰だとか、去勢鶏の焙肉だとか、胡瓜の塩漬だとか、お望み次第、いつ何時でも用意の出来ている、今もいう甘ったるい渦巻型の肉饅頭だとか――そう言った料理の、暖めなおしたのや冷たいままのが次ぎ次ぎと運ばれる間に彼は宿屋の下男、つまり給仕をつかまえて、この宿屋は前には誰が経営していたのか、今は誰が持っているのか、収益はよほど多いのかとか、お前たちの主人は酷い悪党じゃないのかというような、つまらないことをいろいろ問い糺した。それに対して給仕は型の如く、『ええもう、旦那、ひどい悪党でございますよ!』と相槌を打ったものだ。近頃では文明開化のヨーロッパと同じように文明開化のロシア帝国でも、旅館で食事をしたためるのに、何か給仕と話をするか、時には面白そうに彼等をからかいでもしながらでないと、頓と物が美味しく食べられないという変った御仁がざらにあるもので。とはいえ、この新来の客は、そういったくだらない質問ばかり並べた訳ではない。彼は、この市にいる県知事は誰だとか、裁判所長は誰だとか、検事は誰だとかいうようなことを、おそろしく綿密に訊ねた――つまり、主だった役人のことは、一人残らず訊きもらさなかったのである。が、なお一層こまごまと、まんざら無関心でもなさそうな調子で、目ぼしい地主たちのことを訊ねた――誰々は農奴を幾人もっていて、市からどのくらい離れたところに住んでいるか、どんな性質の男で、市へは余程たびたび出て来るのか、などということを根掘り葉掘り訊ねた。それからまた、この地方の状態をいろいろと丹念に訊いた――この県下に何か病気はなかったか、つまり流行性の熱病とか、猛烈なマラリヤとか、天然痘といった風なものが流行らなかったかなどということを、どうも矢張りただの好奇心とは思われないような身の入れ方で根掘り葉掘り質問したものだ。紳士の態度には、何処となく厳いところがあって、洟をむのにもおそろしく大きな音をたてる。一体どうしてやらかすのか分らないが、彼の鼻はまるで喇叭のような音をたてるのだ。一見この何の罪もなさそうな仕草によって、彼は旅館の給仕から多大の尊敬を贏ち得たものだ。で、給仕はその音を聞くたんびに、髪の毛を振りあげるようにして、一層シャンと直立不動の姿勢をとり、遥かの高みから会釈をしながら、『何か御用でございましょうか?』と訊ねたものである。食事がすむと、紳士は珈琲を一杯のみほしてから、長椅子にどっかり腰をおろし、背中にクッションをあてがったが、それがまたロシアの宿屋のクッションというやつは中身にふんわりと弾力のある毛のかわりに、まるで煉瓦屑か小石のようなものが詰めこんである。やがてのことに、欠伸が出はじめたので、彼は自分の部屋へ案内するように言いつけて部屋へもどると、いきなり横になって、ちょうど二時間ばかり眠った。こうして一休みしてから、旅館の給仕の求めるままに、然るべく警察へ届けるため、一枚の紙きれに官等や姓名などを書いて渡した。給仕は階段を降りながら、その紙きれに書いてある次ぎのような文字をたどたどしく拾い読みした。『六等官パーウェル・イワーノヴィッチ・チチコフ。地主、私用のための旅行』と。給仕がまだそれを一字々々拾い読みしている間に、パーウェル・イワーノヴィッチ・チチコフは市内見物に出かけて行ったが、この市が他の県庁所在地に比べて少しも劣っていないところを見て、どうやら満足がいったらしい。石造家屋の黄いろい塗料は眩しく眼を射、木造家屋の鼠いろの塗料はつつましやかに黝んで見えた。家屋は一階建のも、二階建のもあり、また、地方の建築師の考えでは素晴らしく美しいものとされている、相も変らぬ中二階つきの、一階半建というやつもあった。こうした家々が、ところによっては野原のようにだだっぴろい通りと涯しもない木柵の間にぽつんぽつんと立っており、ところによっては蝟集まってごちゃごちゃと立てこんでいた。そういうところでは人間の動きが目に立って、一層活気があふれていた。殆んど雨に晒されてしまったような、輪型固麺麭や長靴の絵を描いた看板が眼についた。また青いズボンの絵を描いてワルシャワの裁縫師何某というような名前を掲げているのもあった。無縁帽と海軍帽の絵を描いて、『外国人*1ワシーリイ・フョードルフ』と名乗りをあげている店もあった。また二人の男が玉突をやっている絵看板もあったが、その男たちには、ちょうど我が国の劇場で、よく大詰の幕に出る客人に扮した役者が著ているような燕尾服が著せてあった。その競技者たちは、キューを握った手を少し後ろへひいて、立った今ピョンと一つ跳躍したばかりだと言わんばかりに、足を斜にかまえて、玉に狙いをつけているところである。こうした絵の下には必らず『これ即ち当店なり』と書き添えてある。また無雑作に通りへテーブルを据えつけて、胡桃だの、石鹸だの、石鹸そっくりの生薑餅だのを売っているところもあれば、丸々とふとった魚にフォークを突きさした絵看板を出した煮売屋もあった。中でも一番多く眼につくのは、今でこそ『酒場』という簡単な文字に変ってしまったけれど、その頃はまだ帝室の紋章たる*2双頭の鷲を看板につけていたのが穢なく黝んでしまったやつである。鋪道は到るところ、でこぼこしていた。彼は公園もちょっと覗いてみたが、そこには細いひょろひょろした木が、まだ根も碌々張っていないらしく、下の方に三角形に突支棒を組んで植えてあるだけで、その突支棒がまた恐ろしく奇麗に緑いろのペンキで塗りたててある。それでも、こんな葦の背丈ほどもないような木立のことも、何かで町にイルミネーションの施されたことが新聞に出た折には、『市当局の配慮により、我が市は今や、樹木の鬱蒼と繁茂せる公園によって飾られ、炎暑の候にも清涼の気を満喫し得るに至れり。』とか、また、『市民の胸の感激にあふれて打ち顫え、市長閣下に対する感謝の涙潸然として下るを見るは誠にいじらしき限りなり。』などと書き立てられたものである。で、彼は巡査をつかまえて、教会へはどう行くのが一番ちかいか、官庁へはどう、知事の邸へはどうといった風に、詳しく道を訊ねてから、市の中央を流れている河を見に行った。その途中で木の柱に貼りつけてある芝居のビラを一枚はぎとった。それは宿へ帰ってゆっくり見るためである。また、板敷きの歩道を歩いて行く見目うるわしい一人の婦人を、しげしげと見送った。お仕着の軍服をきて、手に小さい包みを持った少年が婦人のお供について行った。彼はその場所の様子を一層はっきり憶えておこうとでもするように、一と渉り四方を見まわしておいて、まっすぐに宿へ帰ると、給仕にちょっと躯をささえられながら階段を登って、さっさと自分の部屋へ入ってしまった。お茶を一杯のんでから、テーブルにむかって腰をおろすなり、蝋燭を持って来させて、例のビラをポケットから取りだしたが、それを蝋燭の灯に近づけると、右の眼をちょっと瞬くようにしながら読みにかかった。別段そのビラには大したことは書かれていなかった――*3コツェブーの芝居がかかっていて、ロールの役をポプリョーヴィンが、コーラの役をジャブロワ嬢がやるというだけで、その他の役者は一向名もない手合いばかりであった。それでも彼は残る隈なくそれに眼をとおして、平土間の料金まで調べあげ、おまけに、このビラは県の印刷部で刷ったものだということまで確かめた。それから裏にも何か出ていないかと思って、引っくり返して見たが、何も書いてなかったので、眼をこすって、ビラをきちんと畳むと、それを自分の手箱の中へしまいこんだ。彼には何でも手あたり次第にこの手箱へしまいこむ癖があった。さてこの日は、犢の冷肉を一皿とクワス一本を平らげてから、広大無辺な我がロシア帝国の地方によっては、よく言い草にされている、謂ゆる『鞴のような大鼾』をかいて寝こんでしまうことで、どうやら幕になったらしい。

翌る日はまる一日じゅう、諸方の訪問に費された。新来の旅人は先ずこの市のお歴々がたを訪問した。初めに県知事に敬意を表した。知事はチチコフと同様に、あまり肥ってもいなければ痩せてもいない人物で、頸にアンナ十字章をかけていたが、まだその上に、近く星大授章を貰うことになっているという噂であった。その癖、大のお人好しで、時には自分で紗の布に刺繍をしていたりさえした。それから副知事のところへ顔を出し、検事のところへ行き、裁判所長のところ、警察部長のところ、徴税代弁人のところ、官営工場監督官のところ……いや、これ以上一々かぞえあげていた日には、世上の有力者を一人残らず網羅することになって、とてもできない相談だから、残念ながらこの辺でやめるが、とにかくこの旅人は、訪問ということにかけて異常な活躍を示したと言っても差支えなく、彼は医務局の監督から市の建設技師にまで敬意を表しに伺候したのである。それでもまだ、誰か訪問すべき人は残っていないかと考えながら、長いこと馬車のなかに坐っていたが、もうこれ以上、官吏らしいものは市にいなかった。こうした有力者たちとの談合のあいだに、彼は実に手際よく、その一人々々に取り入ってしまった。先ず知事にはそれとなしに、この県へ入るとまるで天国へ来たようで、道路という道路は到るところビロードを敷きつめたようだ、それにこういう賢明な粒よりのお歴々を任用している当局はまことに絶大な賞讃に値するなどと仄めかした。また警察部長には、市の巡査のことで何かたっぷりとお世辞を振りまき、副知事と裁判所長に対しては、二人ともまだ五等官に過ぎなかったのに、談話のあいだに二度までもわざと間違えて『閣下』と呼んだものだから、それがひどく彼等の御意にかなった。結果として、知事は早速その晩、自分の家の夜会に御来臨に預りたいと招待するし、他の役人連もそれぞれ、或る者は午餐に、或る者はボストン骨牌に、また或る者はお茶に招くという始末であった。

この旅人は自分自身の身の上については、多く語ることをどうやら避けているらしく、話すにしてもひどく控え目がちな、どっちつかずの御座形で、そんな場合にはいつも判で捺したように、自分は世間的には誠につまらぬ蛆虫同様の者で、人様からかれこれ心配していただくほどの人間ではないとか、これまでにはずいぶん辛い目にもあい、職責上、正義のためには忍び難きをも忍び、自分の生命を狙うような敵をも多く持ったとか、しかし今はもう安穏に余世を送りたいと思って、安住の地をもとめているとか、図らずもこの市へやって来たので、何はさて一流のお歴々がたに敬意を表するのを第一の義務だと存じましてなどと述べたてるだけであった。で、さっそく知事の夜会へ出席することを怠らなかったこの新来の人物について、市の人々が知り得たのは以上が全部であった。ところで、その夜会に出席する支度に彼はたっぷり二時間の余もかかったが、この際彼が身じまいに払った入念さ加減は、ちょっと他に類のないものであった。食後に少し午睡をとった後、洗面の用意を命じた彼は、両方の頬を代る代る、中から舌でつっぱりながら、おそろしく長いこと石鹸で磨き立てたが、やがて給仕の肩からタオルをとると、相手の鼻の前でまず二度ばかりブルルっと鼻を鳴らしてから、耳の後ろから手始めに、その丸々した顔をまんべんなく拭きあげた。それから鏡に向って胸当をつけ、鼻の孔からのぞいていた鼻毛を二本ひっこ抜くと、間髪を入れず、ピカピカ光る蔓苔桃いろの燕尾服を著けていた。こんな風にして身装をととのえると、彼は自分の馬車に乗りこんで、まばらに灯影のさしている家々の窓の光りに照らされて、うっすらと見える涯しもなくだだっ広い通りを揺られて行った。知事の邸はしかし、まるで舞踏会でもあるように煌々と灯りがついていた。角燈をつけた軽馬車が幾台も並んでおり、玄関前には二人の憲兵が立っていて、遠くの方では馭者の喚き声が聞こえている――つまり、何もかもが注文どおり備わっていた訳だ。大広間へ足を踏み入れると、ランプや、蝋燭や、婦人連の衣裳が余りにもキラキラと光り輝いていたので、一瞬間チチコフは眼をそばめずにはいられなかった。何もかもがふんだんに光りを浴びていた。黒い燕尾服があちこちに、塊まりになったり離ればなれになったりして、ちらちらしながら揺れ動いていた――それはちょうど、夏も七月の暑い日盛りに開けはなった窓の前で、年とった女中頭が真白に輝いている精製糖の棒を打ち砕いて、キラキラする破片にしているとき、その上をまいまい飛び回っている蠅のようだ。子供たちは皆そのまわりに集まって、槌を振りあげる女中頭の強張った手の動きを、面白そうに見まもっている。ところが、軽い空気に乗った蠅の空軍は、さも我は顔に、遠慮会釈なく舞いこんで来て、老婆が視力の鈍い上に、太陽の光りに悩まされているのをいいことにして、この美味い御馳走の上に、或は一匹ずつ離ればなれに、或はぎっしり塊まって集り寄る。そうでなくても、往く先々で美味しい御馳走にありつくことの出来る豊饒な夏に飽満した蠅どもは、別にそれを食べるのが目的ではなく、ただ己れを誇示せんがために砂糖の塊まりの上を往ったり来たりして、前肢なり後肢なりの片方の肢で他の肢をこすったり、その肢で自分の翼の下を掻いたり、二本とも前肢を伸ばして自分の頭をこすったりして、ここでくるりと向きを変えると、また何処かへ飛び去ってゆくが、再びうるさい大軍となって飛来するのである。チチコフは一わたりぐるりを見まわす暇もなく、はやくも知事に腕をつかまれていた。そして早速、知事夫人に紹介された。新来の客はこんな場合にも決してまごつくようなことはなかった。彼は官等のあまり高くもなければ低くもない中年の紳士として、極めて妥当なお世辞を言った。それぞれ相手を決めた幾組もの踊りの組が、一同を壁ぎわへ押しつめた時、彼は両手を後ろに組んだまま、二三分のあいだ非常に注意ぶかくその連中を眺めまわした。大概の婦人連は立派な流行の衣裳をつけていたが、中にはせいぜい県庁所在地の田舎町で手に入る程度の品で間に合わせている向きもあった。男の連中は、何処でも同じように、ここでも二つの種類に分れていて、その一方は痩形の連中で、この手合いは絶えず婦人のまわりに付き纏い、中でも二三の者に至っては、ちょっとペテルブルグっ児と区別がつかない位で、非常に凝って気のきいた型に頬髯をととのえているか、さもなければつるつるに剃りあげた体裁のいい卵形の顔をしていて、無遠慮に婦人連の側へ割りこんだり、フランス語で話したり、女共を笑わせたりするところは、ペテルブルグに於けると変りがなかった。もう一方の手合いといえば、よく肥った連中か、さもなければチチコフと同じような、つまりあまり肥ってもいなければ、そうかと言って決して痩せてもいない連中で。この手合いは反対に、婦人連を横目で見やりながら後ずさりをして、知事の従僕が何処かへ緑いろの骨牌台を出さないかと、あたりを見まわしながら、そればかり狙っている。この連中の顔は、肥えて丸々していて、中には疣の出来たのもあり、また薄痘痕のもある。髪の毛は、前髪を立てたり捲髪にしているのもなければ、フランス人の所謂なに構うもんかといった流儀のもなく、一様に短かく刈りこんでいるか、さもなければぴったりと撫でつけている、従って顔の輪郭が一層ずんぐりして厳つく見える。これがこの市の尊敬すべき役人連であった。噫! この世の中では、痩形の連中よりも肥り肉の連中の方が確かに上手に物事をやり遂げてゆく。痩形の連中というものは、どちらかといえば、せいぜい嘱託ぐらいの勤めにありつくか、それともただ名目だけの役を当てがわれて、あちらへペタペタこちらへペタペタと、頓と尻が落ち着かず、妙にその存在がふわふわしていて、吹けば飛びそうで頼りないこと夥しい。肥った連中はそこへ行くと決して傍系的な地位などには止どまっていないで、いつも重要な直属の地位を占め、そこに坐ったが最後、がっちりと腰を落ちつけて構えこんでしまうから、寧ろ椅子の方で悲鳴をあげてへたばってしまうけれど、彼等自身は敢てビクともすることではない。彼等はけばけばした外見が嫌いで、著ている燕尾服も痩せた連中のほど上手な仕立ではないが、その代り金箱の中にはお宝が唸っているのだ。痩形の連中は、三年もすれば一人残らず農奴を借金の抵当に入れてしまうが、肥り肉の方は泰然と構えていながら、いつの間にか――何処か町はずれに、細君の名前で買った家がひょっこりあらわれる。また他の町はずれに別の家が建つ。それから市の近在の小村が手に入り、次いで地所や山林の完備した立派な村が我がものになる。やがてのことに肥った男は神と国家への奉公を終え、世間的な尊敬を贏ち得て目出たく職を退くと、田舎へひっこんで地主になる――つまり、押しも押されもせぬロシアの旦那衆として納まり、お客好きの地主となって、後生安楽に余生を送ることになる。ところがその死後には、またもや痩形の相続人が現われて、ロシアの習慣にたがわず、忽ちにして親爺の全財産を撒き散らしてしまうのである。チチコフが一同を眺めまわしながら、ざっとこんなようなことを胸に浮かべていたことは否み難い。その結果、彼はついに肥った連中の仲間へ入ったが、そこには、既に彼の見知り越の人物が、殆んど全部そろっていた。真黒な濃い眉をした検事は、まるで『おい、君、あちらの部屋へ行こう、ちょっと話があるから』とでも言うように、左の眼で絶えずせをしているような癖がある。けれどこの男は、至極真面目なむっつり屋なのだ。郵便局長は背丈のちんちくりんな男だが、しかし頓智があって、なかなかの哲学者だ。裁判所長は非常に思慮分別のある愛嬌者だ――こういった連中がみな、チチコフを古い知合いのように歓迎した。それに対して彼は、ちょっと気取った会釈をしたが、それでも一々嬉しそうな顔つきをすることは決して忘れなかった。その場で彼は、ひどく愛想がよくて腰の低い地主のマニーロフや、見たところ聊かがさつなソバケーヴィッチと知合いになったが、このソバケーヴィッチは、しょっぱなから彼の足をふんづけておいて、『やあ、御免なさい。』と言ったものだ。さっそくヴィストの札を押しつけられたので、彼は相も変らず慇懃にお辞儀をして、それを引き受けた。彼等は緑いろのテーブルにむかって陣取ると、そのまま晩餐の出るまで腰をあげなかった。何か真剣な仕事に身を入れるといつもそうであるように、会話ははたと跡絶えてしまった。郵便局長は非常に口達者な男であったが、その郵便局長ですら、骨牌の札を手に取ると同時に、その顔に仔細らしい表情を浮かべて、上唇を下唇でかくしたまま、勝負がつづいている間じゅう、その容子を変えなかった。彼は絵札を出す時には、片手でトンとテーブルを叩いて、それがクイーンなら『さあ行け、老耄れの梵妻め!』またキングなら『行っちまえ、タンボフ県の土百姓め!』などと捨台詞を言ったものだ。そうすると裁判所長がこんなことを言った。『じゃあ、僕がそいつの髭っ面をこう切ってくれるわさ! その女の髭っ面もこう切ってな!』時にはまた、札がテーブルへ叩きつけられるたんびに、『えい! 伸るかそるかだ、他にないからダイヤと行こう!』などと掛声がかけられる、そうかと思うと、簡単に『そら、ハートだ! ハートの虫っ喰いだ! スペ公だ!』とか、『スペード野郎だ! スペード女だ! スペっ子だ!』とか、また、もっと簡単に『スペだ!』と呶鳴ったりする。これは、この仲間うちで各々の札につけ替えた名前である。一勝負かたづくと、例によって例の如く、かなり騒々しく議論を闘わした。わが新来の客も同じように議論に加わったけれど、ひどく要領がよかったので、一同は、この男は議論をしながら、それでいて気持の好い科白を使うわいと思った。彼は決して、『おいでなすったね』などとは言わないで、『はあ、そうおやりになるのですね、ではこの二はひとつ切らせて頂きますよ』などといった調子である。何事かを自分の敵に一層よく納得させようと思うと、そのたんびに彼はエナメルをかけた銀の嗅煙草入を相手の前へ差し出した。その底には、香りをよくするために、菫の花が二つ入れてあるのが眼についた。特にこの旅人は、前に述べた地主のマニーロフとソバケーヴィッチに注意を向けていた。彼は早速、裁判所長と郵便局長をちょっと傍らへよんで、二人の身の上を訊き糺した。彼の持ちかけた若干の質問から、このお客の肚には単なる好奇心ではなく、何か下心があるのだということが頷かれた。というのは、彼はまず何より真先に、二人がそれぞれどのくらい農奴を持っているか、また領地はどんな状態に置かれているか、などということを、根掘り葉掘り訊ねてから、初めて、名前や父称を訊いたからである。彼は忽ちのうちにこの二人をすっかり俘虜にしてしまった。地主のマニーロフは、まだ決してそれほどの年配ではなく、砂糖のように甘ったるい眼つきをしていて、笑うたんびにその眼を糸のように細くする男であったが、このお客にすっかり夢中になってしまった。彼はとても長いことチチコフの手を握りしめながら、とても熱心に、是非いちど自分の村へも御来駕の栄を賜りたいと懇願した。その村は彼の言うところによれば市の関門からほんの十五露里しか離れていないとのことである。それに対してチチコフは、非常に鄭重に頭をさげ、心をこめて相手の手を握り返しながら、自分は大喜びでそのお招きに応ずるばかりでなく、貴村を訪問するのを最も神聖な義務と考えるなどと答えた。またソバケーヴィッチも、これは極めてあっさりと、『僕の方へもどうぞ』と言って、途方もなく大きな靴をはいた足でがたりと足擦りをしたものだが、だんだん豪傑というものが影をひそめてきた当節では、いかなロシアにも、こんな図体の靴に合う足が果してあるかどうか疑わしい位だ。

翌る日、チチコフは警察部長のところの午餐と夜会に招かれ、午後の三時からヴィストをやり出して、夜中の二時まで勝負をつづけた。その間、ここで地主のノズドゥリョフと知合いになったが、それは年のころ三十ぐらいの、すばしっこい元気者で、二言か三言、口をきいただけでもう、『君、君』と言うようになった。警察部長や検事に対しても、ノズドゥリョフはやはり『君、君』で、極めてざっくばらんに振舞っていた。けれど賭の大きい勝負が始まると、警察部長も検事も非常に注意ぶかく彼の取り札を見張り、この男の出す札にいちいち眼を配っていた。その翌日、チチコフは裁判所長のところで一夕を過ごしたが、この人はお客に接するのに少し垢じみた寛衣を著ていた。然もそのお客の中には何でも婦人が二人もまじっていたのだ。ついでチチコフは副知事の家の夜会に出席したり、徴税代弁人の家の大午餐会に出たり、検事の家のささやかな、とはいえ金のかかった午餐に招かれたり、市長の催しにかかる、これも殆んど午餐に等しいようなお茶の会によばれたりした。一口にいえば、彼は一時間として家にじっとしていることが出来ず、宿へは、ただ寝に帰るだけであった。この新来の客は、どんな場合にも決してまごつくようなことがなく、いかにも世故に長けた人間であるという実を身をもって示した。どんな話題が出ても、いつでもそれに巧くばつを合わせることが出来た。例えば馬の飼育が話題にのぼれば、彼は馬の飼育について話し、優良な犬の話が出れば、それにも極めて剴切な意見を述べ、県本金庫の手で行われた審査について議論がはじまれば、裁判上のからくりにもまんざら無智でないことを示し、玉突の話が出れば、玉突の話でも決してへまなことは言わなかった。慈善のことが話題にのぼると、慈善についても実に立派な意見を述べて、あまつさえ眼頭に涙さえ浮かべたものだ。燗酒のつくり方について話が出たら、燗酒のこつをちゃんと知っており、税関の役人や監視人の話になると、まるで自分自身が税関役人か監視人ででもあったような塩梅に、そういう連中の噂をしたものだ。しかも刮目に値するのは、必らずこういう話を一種厳粛な調子で包み、その場に適わしい態度を保つ心得のあったことである。彼の話し声は高すぎもしなければ、低すぎもしない、ちょうど頃あいの声であった。一言にしていえば、どちらへ向けても、彼は実に申し分のない人間であった。役人たちはこの新らしい人物の出現に、一人残らず好感を抱いた。知事は彼のことを、誠に心掛けの好い男だと言い、検事は――道理を弁えた男だと評し、憲兵大佐は――学者だと褒め、裁判所長は――なかなか物知りで、尊敬すべき人物だと持ちあげ、警察部長は――尊敬すべくまた愛すべき男だと讃え、警察部長の細君は――とても優しくて、愛想のいい方だと言った。滅多に人のことを好く言わないソバケーヴィッチですら、市からかなりおそくなって帰宅すると、すっかり着物をぬいで、痩せ萎びた細君の横へ入って床につくなり、こう言って話しかけたものだ。『なあ、お前、きょうは知事んとこの夜会へ出たし、部長んとこで昼飯を食ったがな、パーウェル・イワーノヴィッチ・チチコフっていう六等官と知合いになったよ。まったく気持の好い男さ!』それに対して奥方は『ふん!』と答えて、良人を足で小突いた。

こういった我らの客にとって誠に悦ばしい評判が、市じゅうにひろまって、それは、この客のある奇怪な本性と、企らみというか、それとも田舎でよくいう『やまこ』というやつが、殆んど全市を疑惑のどん底へ突き落とすに至るまで、ずっと続いたのであるが、その経緯については、間もなく読者の探知するところとなろう。

*1 ワシーリイ・フョードルフ これは明らかに純然たるロシア名前であるのに、特に『外国人』と称しているところが滑稽である。*2 双頭の鷲のついた看板 当時、酒類は政府の専売となっており、酒場よりの収入が帝室の歳費に繰り入れられていたため、酒場の看板に帝室の紋章がつけてあったのである。*3 コツェプー アウグスト・フリードリッヒ・フェルジナンド(1761-1819)ドイツの劇作家。十七世紀末と十八世紀初頭の二期に亘りロシアに在住し、後にウィーンの帝室劇作家となったが、間諜の嫌疑によって死刑に処せられた。

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