2.へっぴりおやじの話
前記の「屁っぴりおばけ」というのは樺太アイヌの日常生活や説話の中に出てくるおばけである.おばけなどというよりは,おやじと呼びたいくらい邪気のないおばけだ.このおやじの放屁の偉力を示す説話をひとつ,次に紹介しておく.
ヤイレスポ(3)とパーリオンナイ(4)が隣りあって住んでいた.
ある日パーリオンナイは部下を連れて舟をつくりに川上へのぼって行き,舟をつくりあげてそれに乗って下って来ると,川岸に一人の若者がいて,
「パーリオンナイさん,私を舟にのっけてつれて行ってくれないか」
と言うので,その男をのせて下って行くと,男は舟にゆられゆられ
ナンタテレケ ヨーイトサ
(船首へよろよろ ヨーイトサ)
ウンタテレケ ヨーイトサ
(船尾へよろよろ ヨーイトサ)
と歌っていたが,とつぜん,
ポアと放屁した.そのため舟は船首の所まで裂けてしまった.男は舟から飛びだして逃げてしまった.パーリオンナイは部下とともに川へ落ちて流れただよい,やっとのことで家へ帰りついた.
それから二日たち三日たって,こんどはヤイレスポが部下をつれて舟をつくりに山へ行った.そして二日がかりで舟をつくって,それに乗って川を下って来ると,川岸の砂の上に一人の男がいて,
「ヤイレスポのだんな,私を舟にのっけてつれて行ってくれませんか」
とたのんだ.ヤイレスポが,
「おや,へっぴりおやじではないか.なんだってお前,舟なんかにのりたがるのだ.だめだ,だめだ」
と言うと,それでもしつこくせがむ.うるさくなって舟にのせると,部下の者は口々に,なぜへっぴりおやじなぞ乗せるんだとヤイレスポに食ってかかった.そのうちにヤイレスポは隙を見て,
「へっぴりおやじを,みんなでぶんなぐれ」
と命令したので,若者たちが寄ってたかって棒でなぐり殺したら,一匹の黒狐(5)であった.
それを皮剥ぎして,肉と骨はこまかく切りきざんで,草にも木にも食物として分けてやった(6).皮は内地へ交易に行ったとき,売ってさまざまの宝物に換え,へさきの舟底に積み重ね,ともの舟底に積みならべて村へ帰り,ヤイレスポはすごい長者になった.