Chapter 1 of 12

失業の名人

長男が小学校へ入学して、初めての成績が全甲だった時、妻は、

「矢っ張りこの子は頭が好いわ」

と得意になった。

「おれに似たんだ」

と私は主張した。

「オホヽ」

「何だい?」

「然うでございましょうよ」

「無論さ」

「あなただって決して足らない方じゃありませんから」

と妻は日頃持っている見積りの一端を洩らした。

「当り前よ。見括るな」

「だから、好いって申上げているじゃありませんか?」

「何処へ出たって押しも押されもしない」

「しかし……」

「何だい?」

「勤め運が悪いんですわ」

「然うさ。頭は好いんだけれど」

「あなた、大丈夫?」

「安心していろ。首になったって、饑じい思いはさせない」

と私は消極的の保証しか与えられない。

「…………」

「心配かい?」

「えゝ」

「何故?」

「あなたは落ちついた頃が一番危いんですから」

「取越苦労をしたって仕方がない。今の会社にばかり日が照りはしまいし」

「そんなことを仰有るところを見ると、又ソロ/\怪しいんじゃございませんの?」

「大丈夫だよ。万一いけないにしても、直ぐに後を探す」

「あなたは後を探すことにかけると名人ね」

「失業しても一月と遊んだことはない」

「そこ丈けは本当に豪いわ」

と妻も認めてくれた。但し、探す方が名人なら、失う方も名人ということになる。失わなければ探す必要がない。

実際、私は勤め運の好くない男である。学校を出て直ぐに入った会社は特別に優遇してくれたが、三年目に潰れてしまった。事情が事情だから、涙金を貰うどころか、俸給を一月分倒された。最初その会社へ私を推薦してくれた先輩の三好さんは、

「それは君の責任じゃない。不可抗力だ」

と同情して、その月の中に一流新聞社の口を探してくれた。私はホッと息をついた。結婚したばかりだったから、長く遊んでいると妻の信用がなくなる。その当座の心持を忘れずに辛抱すれば宜かったのだが、上役に一人意地の悪い辣腕家がいて、その機嫌が取り兼ねた。此奴に泣かされたのは私ばかりでない。同難の向きが大勢あった。一年たって席稍暖まると共に、私は多少義侠心が手伝って、美事正面衝突をやってしまった。面を見るのも厭だったから、三四日病気欠勤していたら、

「依りて御懸念なく明日より御出社に及ばず候。云々」

という鄭重な辞令に接した。しまったと思ったが、もう追っ着かない。親しい同僚は皆同情して、その代表者が見舞いに来てくれた。

「兎に角、僕等は僕等で微衷を表したいんだが、何んなものだろう?」

という相談だった。

「宜しく頼む」

と私は無論未練があった。

「それじゃ明日の晩六時に倶楽部へ来てくれ給え」

「よし。皆集まるのかい?」

「うむ。送別会だ」

「何だい? 馬鹿々々しい」

「実は僕等も見殺しには出来ないと言って、夫れ/″\運動したんだが、手後れだった。元来喧嘩は両成敗だから、こんなことになる筈はない。君が休んでしまったものだから、何うなっているのか分らなかった。諦めてくれ給え」

と代表者は因果を含めた。

斯うなると、唯一の頼みは先輩の三好さんだ。以来年賀状を一枚出したきりで具合が悪かったけれど、仕方がない。私は早速伺って、

「先生、又不可抗力に出会いました」

と一部始終を打ち明けた。

「困ったな」

「何処でも宜いですから、至急一つ」

「差当り心当りはないが、申込があり次第推薦しよう」

と三好さんは快よく引受けてくれた。出身学校の幹事を勤めているから卒業生を売る責任がある。

間もなく私は某雑誌社へ紹介して貰った。一年でも新聞社にいたというのが資格になって、考査の形式もなく、直ぐに採用された。しかし私は勤め運の好くないことがソロ/\分り始めた。一年足らずで、こゝも首になってしまったのである。理由は未だに分らないが、文筆癖が祟ったのらしい。記者として文章の嗜みは結構な筈だが、私は余所の雑誌記者と懇意になって、小遣稼ぎの原稿を時折自社の机で書いていた。余暇を利用したので、編輯事務には少しも支障を来さなかったが、矢張りこれがいけなかったのかも知れない。兎に角、或日、

「熊野君」

と編輯長が呼んだ。

「何ですか?」

「一寸」

「今少し忙しいんですが……」

と私は迷惑した。某誌の締切が迫っていた。

「冗談じゃないよ」

「何ですか?」

「君は余所の社へ行って働いた方が宜いだろう」

「はあ?」

「この間から考えているんだが、矢っ張りその方が宜いよ。余所へ行って大いに働くことにしてくれ給え」

「僕は何方でも同じことですけれど」

「同じことなら、是非然うして貰いましょう」

と編輯長はそれでもう申渡しを終ったのだった。流石に大衆雑誌だ。婉曲に首を切る。

私はジタバタしない。直ぐに諦めて、母校へ駈けつけた。門のところで三好さんに行き会ったから、会釈をして進み寄ったら、

「君、又不可抗力じゃないかい?」

ともう察していた。

「失策りました」

「困るね」

「何処かありませんか?」

「ない」

「何でも宜いんです」

「今急用で出掛けるところだから、又今度来てくれ給え」

と三好さんは電車を目がけて駈けて行ってしまった。

次に私はこの不幸の原因になった記者をその社に訪れた。事情を打ち明けたら、

「それは気の毒だね。何うする?」

と同情してくれたのを力に、

「こゝで使って貰えまいか?」

と頼み込んだ。

「さあ」

「無論満員だろうが、一人ぐらい割り込めそうなものだ」

「何か手土産を持って来るか?」

「手土産って?」

「君の方の雑誌に書いている流行っ子が三四人あるじゃないか?」

「うむ」

「何奴でも宜いから、一人掻っ払って来るなら、何とか相談して見る」

「それはむずかしい」

「唯じゃ話にならないよ」

ということで体好くお断りを食った。

いや、調子に乗って、首になった経歴を書き立てたが、もう端折る。要するに、私はそれから三箇所で毎年のように不可抗力に出会って、現在の会社へ移った。その折、三好さんは、

「熊野君、もう構わないよ。宜いかね」

と念を押した。

「はあ」

「初めからで何度だったろうね?」

「片一方の手では勘定出来ません」

「学校としてはもう充分責任を尽しているんだから、もう本当に構わないよ」

「今度こそ気をつけます」

と私も懲りた。三十を越して然う/\腰が据らなくては困る。

「何うして長続きがしないか、考えて見たことがあるかね?」

「さあ」

「然う度々首になるからには、何か道理がある筈だよ」

「不可抗力です」

「いや、違う。寧ろ君の方が不可抗力だろうと僕は思っている」

「何ういう意味ですか?」

「否応なしに君の方から切らせるのさ」

「そんなことはありませんよ」

「上への努め方が足らない」

「然うでしょうか?」

「学生時代から当局を当局と思わないような風があったよ」

「…………」

「二年の時、ストライキを起したろう?」

「先生、あれはもう時効にかゝっています」

「いや、あゝいう反抗心が自然に現れるんだよ」

「自分じゃ温厚篤実の積りですけれど」

「何あに」

「相変らず信用がありませんな」

「君は日本の歴史では誰が一番好きだね?」

「さあ」

「徳川家康は何うだい?」

と三好さんは妙なことを訊き始めた。

「あんな狸親爺は大嫌いです」

「それがいけない。家康公の嫌いなものは大抵成功しないよ」

「そんな統計があるんですか?」

「成功者の嫌いなものが成功する筈はない」

「御道理です」

「光秀は何うだね? 明智光秀は」

「さあ」

「有りのまゝを言って見給え」

「好きです」

「いけないね。光秀の好きなものは大抵成功しない」

「おや/\」

「熊野君、考えどころはこの辺だよ」

「はあ」

と私は頷いた。世話になり通しだから無理を言われても仕方がない。

「君は小才が相応利く」

「はあ」

「御機嫌を取ろうと思ってかゝれば、随分取れるんだ」

「はあ」

「もっと上へ努めるようにして見給え。屹度重用される」

「大いにやります」

「同輩には何処へ行っても可愛がられるんだろう?」

「迚も評判が好いんです」

「下には何うだね?」

「さあ。下は小使と給仕丈けです」

「成程。ハッハヽヽ」

「その度に新規になりますから、いつまでたっても一番下っ端です」

「動く石には苔がつかない」

「確かに然うです。役がつきません」

「この調子で行くと、平社員のまゝで頭が禿げてしまうよ。詰まらないじゃないか? 今度こそは腰を据え給えよ」

と三好さんは懇切に尚お種々と戒めてくれた。

さて、現在の会社は醸造会社で、規模頗る宏大だ。清涼飲料もやるが、主としてビールを拵える。冷蔵室へ行くと、社員は幾らでも飲める。それに待遇も悪くない。今まで入った中で一番景気の好い会社だ。私は最初庶務だったが、新聞社にいて筆が立つという評判から、先頃宣伝部へ廻されて、主に広告文案を扱っている。その折、極く少々だったが、俸給が上った。これは私としては生れてから初めての経験だった。

「君は早いです」

と同僚で殊に懇意な香川君が敬意を表してくれた。実はもうソロ/\いけないのかと内心案じていたところだったから、取り分けて嬉しかった。

「おい。何うだい? 俸給が上ったよ」

と私は大威張りで、妻に辞令を突きつけた。

「まあ!」

「お美津やあい!」

「オホヽヽヽ」

「気を確かに持てやあい!」

「オホヽヽヽ。まさか癪を起しもしませんけれど、驚きましたわ」

「今度こそもう大丈夫だよ」

「私、あなたの俸給が上るなんてこと、一生あるまいと思っていましたわ」

「馬鹿にしちゃいけない」

「本当にお手柄よ」

「本気になればこの通りさ」

「でも九年かゝりましたのね」

「漸く認められたんだ。これから芽を吹く」

「私、矢っ張り心配ですわ」

「何うして?」

「余り思いがけないんですもの。あなたが大病をなさる前兆じゃありますまいか?」

と妻は未だ第一印象が抜けない。

私は三好さんの忠告に従って、大いに上へ努めている。上といっても、私達の地位では課長級までしか手が届かない。社長や重役には社内で行き会った時、最敬礼をする丈けだ。私に限らず、すべて下積みは此方から咫尺して真価を認めて貰う機会がない。それは課長級の壟断するところとなっている。この故に彼等はドン/\出世する。此方はいつまでも取り残される。

「社長や重役の家へは伺わなくても宜いんですか?」

と私は新任早々香川君に訊いて見た。

「年賀に行く丈けです」

「普段は御無沙汰ですか?」

「えゝ。全く交渉がありません。しかし社長の所へは近々機会がありましょう」

「これは有難い。何ですか?」

「令夫人が御病気です」

「お見舞いですか?」

「いや、お葬式です。随分長いですから、もう最近でしょう」

と香川君は待っているようだった。

「僕達は存在を認められていないんですな」

「そんなことはないでしょう。チャンと俸給を貰っていますから」

「それは然うですけれど」

と私は気がついて控えた。こゝだ。相手構わずに不平を言うなと三好さんから戒められている。

香川君とは机が並んでいたから、直ぐ懇意になった。私は用心しながら話す。先方は故参だから遠慮がない。

「毎日斯うやってセッセと働いていても、下積みは詰まりませんな」

と或日香川君の方から不平を言い出した。

「私なんか下積みの下積みですから。ハッハヽヽ」

「君は幾らでお出になったんですか?」

「八十円です」

「それなら特別好い方ですよ。学校を出たばかりのものは六十五円です」

「はゝあ。私の下にまだ下があるんですか?」

「ありますとも」

「尤も私は学校を出てから、もう十年以上になります」

「今まで矢張り会社丈けでしたか?」

「いや、新聞社だの雑誌社だのって、方々歩きましたよ」

とつい告白して、私は急に口を噤んだ。方々で首になったことを喋るなと言われている。

「世の中の荒浪に揉まれましたね」

「はあ」

「しかしこゝは大きいですから、清濁併せ飲むって具合で、首なんてことは滅多にありません」

と香川君はもう察してしまった。

「勤め運の悪いものは仕方ありません。まあ/\、こゝで拾って貰ったのを振り出しに、下積みから仕上げます」

「八十円なら必ずしも下積みじゃありませんよ」

「しかし大抵の人は上でしょう」

「それは上には上があります。課長だって上を見れば果しがありません。重役連中は半期に四五万ですからね」

「はゝあ」

「ガラマサどんは十万からですよ」

「社長ですか?」

「えゝ」

「ビールを飲ませて、世間を酔っ払わせて、うまい話ですな」

「本当に」

「何うです? 冷蔵室へお供しましょうか?」

「昼から参りましょう」

「此方だって働いているんですから、飲むぐらいの権利はありましょう」

と私は初めて冗談を言った。

「ガラマサどんは勲三等ですよ」

「それは承わりましたが、何んな手柄があったんですか?」

「矢っ張りビールですよ」

「ビールを拵えて同胞を酔っ払わせて、勲章が貰えるんですか?」

「それは半面観に過ぎません。国家の自供自足という点から見ると豪いものです。国産奨励の意味からでしょう。ガラマサどんがビールを拵えなければ、外国品が入って来て、日本の金が海外へ出てしまいます」

「成程」

「国家事業の積りでやっているんです」

「これは驚いた」

「しかし昨今のガラマサどんにはそれぐらいの意気込みがありますよ。勲三等を貰ってから、悉皆人格を上げてしまいました」

「ガラマサどんてのは大将の綽名ですか?」

「えゝ」

「何ういう意味ですか?」

「蟹のことです」

「はあ?」

「蟹です。蟹に似ているでしょう? 大将の体恰好が」

「成程」

「勲三等になった時、社員が祝賀会を催したんです。大将、大喜びでした。酔っ払って、歌い出したんです。上の句は忘れてしまいましたが、『ガラマサどんの横這い這い』ってんです」

「はゝあ」

「ガラマサどんの横這い這い、キンキラキンのキンキラキン」

「成程。そんな恰好をしたんですか?」

「えゝ。如何にも蟹らしいでしょう。それに体つきが似ていますから、以来ガラマサどんで通っています」

「何処の言葉ですか?」

「熊本の方言だそうです。大将は熊本の産です」

と香川君はガラマサどんの由来を説明してくれた。

然う聞けば皆ガラマサどんと呼んでいる。無論、陰へ廻ってのことで、面と向っては社長様々だ。

「昨夜は到頭ガラマサどんに取っ捉まってしまったよ」

「金曜の晩に行くものじゃない。大将、手ぐすね引いて待っているんだ」

「道理で初めから取り持ちが好いと思ったよ」

「お師匠さんが来ていたろう?」

「うむ」

「何をやったい?」

「例によって日吉丸三段目さ。君、立派な見台を拵えたよ」

「ふうむ」

「上下も出来た」

「着て語ったかい?」

「うむ。でっぷりしているから、如何にも太夫さんらしい」

「イヨ/\本式だね。相勤めまする太夫、竹本蟹太夫か? ハッハヽヽ」

「ハッハヽヽ」

と課長同志が話し合っていた。

私は早速香川君に、

「ガラマサどんは義太夫を語るんですか?」

と訊いた。

「やりますよ」

「聞いたことがありますか?」

「えゝ。宴会には必ず出ます。あれで悉皆酔が覚めてしまいます。尤もそれを察しているのか、酒丈けは全部社長持ちです」

「そんなに下手なんですか?」

「横這い/\の方です。しかしガラマサどんが語り出したら油断はなりませんよ」

「何故ですか?」

「秘書の松本君が見張っていて、居睡りをしたり欠伸をしたりするものを手帳につけます」

「後から報告するんでしょう?」

「えゝ。勤務上の参考としていつまでも残ります」

「ボーナスに影響しますか?」

「そんなこともありませんが、俸給を上げません」

「尚おいけない」

「皆知っていますから、固唾を飲んで聞いていて、終ると直ぐに大喝采です。大将、それを自分がうまい所為だと思って、大喜びをします」

「後生の好い人ですな」

「えゝ。やかまし屋ですけれど、斯ういう具合に間の抜けたところがありますから、決して憎まれません。徳人ですよ」

と香川君は社長を推奨した。

その後、私は新年宴会で社長の義太夫を拝聴した。香川君の言った通り、三味線が鳴り出すと共に皆かしこまった。語り物は寺子屋の段だった。それもサワリ丈けの座興でない。本式に源蔵の戻りからやる。

「すまじきものは宮仕え……」

と来た時、私は成程と思って涙を流した。秘書が帳面につけるとすれば、私の勤務成績は満点だったろう。

しかし社長は実際人気がある。義太夫ばかりでない。何をやっても、ガラマサどんが会社随一だ。ゴルフは重役連中丈けの娯楽で下積みの端倪すべきところでないが、社長が一番強いらしい。玉突きも天狗で、屋敷に玉突台を三つまで備えている。社長の将棋については、同僚の畑君が、

「ガラマサどんは神さまですよ」

と感歎した。

「何故ですか?」

と私は妙に社長に興味がある。

「初段です」

「それじゃ本当に強いんですね」

「いや、弱いんです。免状を買ったんです」

「成程」

「会社では工場長の鬼島さんが一番強いんですが、社長と差すと、いつも大汗です」

「それじゃ社長の方が強いんでしょう」

「いや、うまく負けてやるのに骨が折れるんです」

「成程」

「僕でもうっかり差していると勝ちますよ」

「君もやるんですか?」

「えゝ。大会へ出ようと思って、去年から始めたんです」

「この間のですね?」

「えゝ。毎年社長の屋敷でやるんです。鬼島さんが二等賞を取りました。時価百円からする骨董品を頂戴しましたよ」

「一等賞は誰でした?」

「そこが面白いんです。『一等賞は何うせ我輩に定っている。我輩のものを我輩が貰っても仕方がないから』って、初めから欠員にしています」

「成程」

「皆態と負けをしますから、何うしたって社長が一等になります」

「それが分らないんでしょうか?」

「神さまですよ。あれ丈け部下を信じていてくれると思うと、僕達は犬馬の労を厭いません。矢っ張り将に将たる人ですよ」

と畑君も社長に敬服していた。

ところでガラマサどんのことよりも自分のことだ。宣伝部へ廻って俸給の上ったのを力に、一安心すると間もなく、甚だ好ましからぬ形勢になって来た。或日庶務課長の中島さんが、

「熊野君、一寸」

と呼んだのである。

「話したいことがあるから、応接室へ来てくれ給え」

「はあ」

と答えて連れ立った時、私はもう落胆した。以前この手でやられている。

「熊野君、君は小説を書くってね?」

と中島さんは果して変なことを訊いた。

「さあ」

「何とかいう雑誌へ出して懸賞を取ったってじゃないか?」

「あれは記者をしていた頃の友人がやっているんで、つい勧められたんです」

「何を書いたね?」

「探偵物です」

「ふうむ」

「しかし会社で書いたんじゃありません」

と私は弁解を始めた。

「無論家でやるんだろうけれど、あれは時間のかゝるものかね?」

「はあ」

「会社でやるとしたら、一日に何枚書けるだろう?」

「事務と違いますから、会社では書きません」

「しかし仮りに書くとしたら?」

「仮りにも書きません」

「君、心配は要らないよ」

「はあ」

「他の人は何と言うか知らないが、僕は会社の宣伝部に君のような文士がいるのを結構だと思っている」

「何うぞ宜しく」

「仮りに家で書くとしたら……」

「本当に家で書いているんです」

「それじゃ家では一晩に何枚出来るね?」

「五六枚でしょう」

「案外捗の行かないものだね。五枚というと、月に百五十枚」

と中島さんは考え込んだ。

「…………」

「探偵小説と立志伝は書き方が違うだろうね?」

「さあ」

「君はもっと堅いことは出来ないのか?」

「はあ?」

「例えば青年訓とか成功要訣とかいったようなものさ」

「記者時代には可なり書きました」

「この頃はやらないかね?」

「はあ。成功しない人間が書いたって売れません」

「成程。ハッハヽヽ」

「…………」

「しかし昔取った杵柄だから、材料さえあれば書けるだろう?」

「はあ」

「君のは好い隠し芸だよ。碁や将棋よりも気が利いている」

「…………」

「いや、忙しいところを有難う」

「何う致しまして」

「この話は何れ沙汰のあるまで内聞にして置いてくれ給え」

「はあ」

「それじゃもうこれで……」

「中島さん」

「何だね?」

「僕が小説を書くのが問題になっているんでしょうか?」

「そんなことはなかろう。本務に差支ない限り、何をしたって構わない筈だ」

「余暇を利用しているんですけれど、これから気をつけましょう」

と私はそれとなく穏便の計らいを願って引き退った。

さあ、心配だ。

「あなた、何うかなすって?」

と妻は直ぐに感づいた。

「毎度のことで面目ないが、又いけないかも知れないんだ」

「厭ですよ、あなた。厭ですよ、あなた」

「十中七八まで又不可抗力らしい」

「何か前触れがございましたの?」

「うむ。おれは能く/\勤めの運が悪い」

と私は悄げ返って、一部始終を物語った。

それから一週間たったが、何とも沙汰がない。中島さんは相変らず機嫌よく口をきいてくれる。宣伝部長からは来月の仕事について相談があった。出張の内命さえ下った。首にするものなら、そんな筈はありようがない。して見ると、あれは中島さんが一存で注意をしてくれたのだろうと私は少し安心した。二日三日と何事もない。好い塩梅だと思っているところへ、

「熊野さん、社長さんが御用でございます」

と言って、給仕が呼びに来た。

「へえッ」

と私は忽ち飛び上った。

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