四
前にも述べたやうに、一口に釣りといつても、いろいろに分類が出来る。私は以前釣人を中心にして、「海鳥型」と「野猫型」に分類した事があつたが、海釣りの好きな人と、川釣りの好きな人があり、更に大物の好きな人と小物の好きな人とがあつて、その人の特有なコンデイシヨンで釣るのが、釣独得の興味のあるところである。その他に又近頃盛んな釣堀、競技釣り、ハイ縄などがある。
「海鳥型」の釣人は、主として海を翔り、十尋から三四十尋の深所で、赤鯛、スズキ、黒鯛、サバ、太刀魚、鰺、鯒、カレヒ、ブダヒ、モヨ、カサゴ、タコ、イカ、アイナメなどを釣る。もちろん昔の艫で押して出掛けるのと違つて、現今は悉くモーター船であるから、品川から三崎までだつて楽に行ける。然しそれには船頭も腕の相応にある者をつれて、一昼夜とか二晩泊りぐらゐで出掛けるのであるから、乗合ひで三四人行くならともかく一人では相応に費用が要る。なかには房州、三崎、浦賀、或は遠く鳥羽に、清水に、佐渡に行つて漁船にさへ乗せて貰ふ人があるが、先づ日帰りか前夜に出て翌日夕方帰る程度がよろしい。そしてこの釣りにはブルジョア階級の人が多い。テクニツクは大略手釣りで糸は三四十尋ものびる。
「野猫型」の釣人は、ブルジヨア型の人が、鮎に遠出して、旅館に滞在し谿谷を漁る人は別として、先づプロレタリアの釣りだ。どこの川でも池でも、随時に出掛けて行つて、厭ならすぐ帰る事も出来るし、朝から晩まで誰にも逢ふ事なく、魚を友として閑日月の快適さを味ふによい。特にこの型の逸なるものは寒鮒だ。寒中の吹曝しの川の藪の中に跼つて、置竿の先の微動を見つめてゐるなどは、独釣として南画にありさうな興趣である。殊に又鯉などになると、二十日に一本釣れればよいとして川へ通ふ。鮒を釣るに三里も歩く、その他鮎にしてもハヤにしても、或はイナ、マルタ、川エビ、タナゴにしても、とにかく野原の猫のやうに、草の中を馳け廻つて、魚の棲家を探し、場所を選定してから、徐ろに釣り始める。誰しもが少年時代には、必ずこの「野猫型」から、釣技といふものを覚えてゆく。
釣堀は、鯉、鮒、或は海魚のもあるが、弊害は賭博釣りだ。そして釣つた魚が飼ひつけで、色も悪いし、海や川の原生的溌剌さが失はれてゐるから、決して面白いものではない。然し初心の人、殊に婦人や子供のためには、在つても面白いものである。そして又東京には釣堀通ひ専門の人があつて、竿や道具に苦心し、魚にも相応の技巧が必要となつて来て、所謂「通」があるから、うかつな事は云はれない。但し私は釣堀の釣りは、あんまり好きでないといふ事は、個人的に云ひ切れる。いかに魚に痛疼感が無いといつても、飼つてあるのは不自然だ。